わたしの笑顔見つけてよ
ヒグラシの鳴く季節。
不気味な湿度。
幼馴染の羽衣子は、突然辺なことを言い出した。
「わたしの笑顔見つけてよ」
羽衣子は"かくれんぼ"する時、決まってこんな言い方をする。「わたしを見つけてよ」がいつもの言い方。だけど、今日は"笑顔"が追加されてる。
「どうゆうこと?」
羽衣子は確かに、笑わなかった。正確には笑ったところを見たことがない。
「わたし笑いたい。君と居る時は楽しい、けど、笑顔が分からない」
今年で中3。部活は引退した。
羽衣子とも同じ中学で、家も近いから、夏休みはよく家に来た。
色んなとこに連れてってって言われたけど、中学生の財力なんて底が知れてる。自転車で行ける範囲に絞られる。
公園に行って、思い付く限りの遊びをした。
羽衣子は楽しそうだった。けど、笑いはしない。
川にも行った。山にも登った。汗だくになって、蚊にも刺されて、変に腕が腫れたりして散々だったけど、楽しかった。けど、笑わない。
感情を表に出さない人は居る。内心楽しんでるって人。羽衣子は、その類なんじゃないか。
大金を絞り出して、映画まで観に行った。
これは観る映画を間違えた。ホラー映画で笑えるわけがない。案の定、羽衣子は怖がっていた。
「ご、ごめん」
羽衣子は顔を横に振った。
あとは、何処に連れて行こう。
「肝試し、しよう」
羽衣子の口からは、意外な言葉だった。前から怖がりじゃなかったっけ。
羽衣子が言うならと、近隣では有名な心霊スポットに向かった。
まずトンネル。特に何ら反応しない。
次に廃屋。ここには興味を抱いていた。
「中に入ろう」
珍しく手を引かれ、今にも崩れそうな廃屋に侵入する。
割れた鏡。
湿った布団。
少し歩いただけで舞う埃。
蜘蛛の巣。
夕暮れ。
ヒグラシの声。
木造の柱が軋む音。
その音は徐々に大きくなる。
ん?大きくなる?
床は抜け、その反動で天井が落ちてくる。
羽衣子の叫び声が聞こえた気がするけど、直前で突き飛ばしたから無事だろう。
頭は冷静だけど、凄く痛い。
「しーー、ふーー」
歯の間から息を吸って、汗を吹き出しながら息を吐く。暑いからなのか、痛いからなのか分からない汗が。
落ちてきた木材で、脹脛が切れた。
しかも、かなり深く。
何とか上半身を起こし、右脚を見る。見てしまう。あまりに痛々しい姿に、思わず目を逸らした。
見たせいか、痛みが増した気がする。
それにしても、静かだな。まさか、羽衣子も巻き込まれた?
「羽衣子、大丈……ぶ……」
目をかっ開き、瞳孔を広げ。
歯を剥き出しにして、羽衣子は笑った。
傷口が焼き切れるくらいに見続け、羽衣子の視線はゆっくりと割れた鏡に移る。
声には出さないまま、唇は確かに動いた。
"わたしの笑顔みーつけた。"