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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

アイデアの断片

アイデアの断片 機械神の爪先

作者: Fin


 暗闇の中を青白い光が尾を引いて駆け巡る街、人々が雑踏というものから解放されてもう何世紀にもなる。そんな人気のない、人の存在を疑うほどの静かな街を見下ろす。

 あと一歩踏み出した先は地面も見えない様な遥か彼方、今立っているこの黒く四角い建物の高さがどれくらいあるのか考えるのを随分と昔にやめた気がする。似たような建物は見渡せばいくらでも見つかる、と言うか見渡す限りほとんど違いの分からないような黒い建物が埋め尽くしている。

 そんな自分がどこにいるのかさえ分からなくなってしまいそうな街の中でそれでも人々が迷う事はない。少し歩いただけで道に迷い、間違え、ものを忘れる様な脆弱な肉体を使う者などこの街にはもう見つけられないだろうから。


 一歩踏み出す。

 身体が空に投げ出され青白い光が身を照らした。闇の中に映し出されるのは標準的な人工人体のユニフォーム、そこらの建物の中に入って少し歩けば同じ服を着た誰かにすぐに会えることだろう。

 支えのない身体に浮遊感を感じながら冷静にも視界がゆっくり進んでいる事を恨めしく思う。走馬灯なんていういかにも人間的なものじゃない、実際に思考が何倍にも加速されているのだから。

 それでもその時はやってくる、加速された視界の中、生き延びる方法を探せと言わんばかりに赤い警告ランプが視界の端で点滅しているが当然無視をするし、第一今更何をしたところで遅いのだ。

 下らない知識バンクは現在の落下速度が人工人体に致命的なダメージを与え、脳機能に数日間の麻痺と人工人体とのリンク障害を引き起こすと伝えてくる。


「おっと、危ないところでしたねっ!」

「はぁ……。」


 こうして今回の自殺未遂も終了、わざとらしく表情を作られた半人型アンドロイドの上で今日もため息を吐いた。


「……所属は?」

「はい!ワタシはBT2056−85巡回型安全保護アンドロイドです!」

「ごくろうさま……。」

「はい!ありがとうございます!皆様の安全がワタシの幸せです!」


 人間のアイデンティティを保護するだなんだと言って人工的に合成した音声で話すようになったアンドロイド達、昔はそれぞれの声にモデルとなった声の持ち主がいた時代があったらしい。その人は自分の声の権利を売ったのだろうか、それ程までに生活資金に困り果てる時代があったというのに驚きだ。


「ケガをしていますね!治療します!」

「大丈夫だ、巡回に戻れ。」

「分かりました!BT2056−85巡回に戻ります!」

「はぁ……。」


 ここはブラックタウン、開発され尽くしたこの街にはもう黒い建物しか視界に入らない。かつては緑豊かな大地が見えたのかも知れないが今は見る影もない。

 この怪我をしても血液の一滴も流れ出ない身体も、変わらない毎日ももう飽き飽きだ。


 一昔前までならあの様なアンドロイド達が巡回していることもなく自分の命を自分で終わらせる事もできたらしいが、それが問題になったのかアンドロイド達の会議によってアンドロイド達が巡回する事が決まったと聞いたから可笑しくて仕方がない。出生率は年々落ち続け、今ではほぼゼロに等しい。感情は爆発することなく機械達によって発散されていき人間は人間に見向きもしなくなっていく。常に目新しい機能をアピールする広告が鬱陶しく、下を向いて歩きながら視線をまっすぐ向けて機械のように歩く他人を他人事の様に思った。人工減少に歯止めをと、子供を産めば金が積まれ安全で最適な環境で育てるためと産まれてすぐに連れて行かれる。

 それは全て機械の神様が決めた事。

 人は人が死ぬ時を自分達で決められなくなったのだ。


 とは言えども人類全員がこの様に管理されきった世界に住まっている訳ではない。管理を受けず庇護などいらぬとアンドロイド達と道を違えた者。そういった者たちは拝肉主義と呼ばれ蔑みの対象になっている。果たして本当に彼らが貶められるべきであるのか、この機械の街に染まってしまった人間に分かるはずもない。


 ふと青白い光の届かない道の端、暗すぎてその奥まで見通す事のできないそこに視線が向いた。言葉にできるような感覚じゃないし自分自身そんな感覚が残っている事に驚いているが、この刺激のない毎日が少しでも変化するならば勘違いでも構わない。


 その先は巡回範囲外だと警告が飛んでくるが努めて無視する。暗闇はやたらとはっきりとした境界を作り、その目の前に立っていても先が見通せない。


「ふぅ……。」


 久々の感情の昂りに人工心肺に負荷がかかっていると余計な通知が視界にちらつくが、慣れた手付きでポップアップ機能をオフにし通知などもう思考の片隅にも置きはしない。今はただこの心地いい未知に浸り、どろりとした悪意の中へと身を投じるのみ。


「クヒヒヒッ、お前さんここは初めてかい?」


 怪し気な男らしき人物、暗闇の影そのすぐ中に潜んでいたらしく不気味な笑い声に更に心拍数が上がった気がする。


「この先を通るには案内があった方がいいぞ?ヒヒッ、なに左腕で充分さ、それをワシにくれな。そうしたら隅々まで案内してやるさ、ヒヒッ。」


 気味が悪い、この一言に尽きるだろう。来ている服は同じユニフォームのようだが、一体何年着続けているのか全体的にボロボロで穴も開いている。そしてこの男には左腕がない、そちら側だけ袖がだらりと真下へ垂れ下がってしまっているのだ。


「メンテナンスは受けてないのか?」

「メンテナンスなんてのは機械に染まっちまった奴がする事さ、クヒヒッ、やる度に生きている実感がなくなって嫌になる。」


 腕がない状態の方がかえって生きている感じがすると嘯いて男は壁に背をあずけて黙り込んだ。


「それでもまあ、腕が必要になることもある訳だ。片手じゃできる事に限りが有りやがる。」

「それはそうだろうな。」

「部位欠損は即メンテナンスの対象になる、これじゃあまともに出歩けん。」


 メンテナンスは受けたくないが、巡回範囲内へ行きたいということか。それならば自分の我儘を少し我慢してメンテナンスを受ければいいだろうに。


「メンテナンスを受けた奴はそのIDが記録される、ワシは次メンテナンスしたら精神鑑定される。精神鑑定なんて言っているが冗談じゃない、洗脳よ洗脳!」

「そうか……、他を当たってくれ。」


 洗脳、そういう噂は聞いていた。機械達は自分達に不都合な噂すら規制しない、する必要がないから。そんな噂が流れたところで噂を聞くのはその噂を問題と思わないように洗脳されている人間だ。

 ()()()に喚き立てる男を後ろに()()()により暗い方へと歩を進めた。足元も覚束ない様な暗さの中、だからこそあまり明るくもない看板が目立っている。一定以上の光量を放てば忽ちアンドロイド達がやってきて撤去するが、このぐらいの明るさなら問題にはされないらしい。人工人体用のドラッグと雑に書かれた看板の下にはところどころ部位を失った者達が群がっている。今からもう何百年も前に禁止された薬物が街のすぐ裏に平気で流通していた。

 更に歩けばさっきまでいた無気力が空気にまで溶け出したような空間とはうって変わり、喧騒とともに気圧されてしまいそうな熱気が辺りを支配していた。


 死闘場、そう看板には書かれていた。

 時代遅れの白熱電球が黒い膜で覆われた巨大なテント内を照らしている。無駄がなくなるよう計画的に作られたこの街でよくこれだけのスペースを確保できたものだ。テント内に入ると熱気は更に高まり、その全容が見えてくる。

 人間をベースにかなりカスタマイズされたパーツをつけた男がベースと何ら変わらないように見える男と向かい合っている。どうやら勝ち抜きらしく、人気の挑戦者が戦っているらしい。壁にはられたオッズを見ればそれくらいは分かる。


「ぶっこわせぇ!」

「機械主義者を許すんじゃねえ!」

「やっちまえウェポン!」


 挑戦者の名前はウェポン、カスタマイズされた男の方だ。試合はすぐに始まった。ウェポンのゴテゴテと巨大な右腕がふりかぶられ、チャンピオンに叩きつけられる。繊細さの欠片もないそれに相手はなすすべなく砕かれスキンの下に隠された機械の身体を晒す。普通はそう思う様な状況だった。

 チャンピオンの男は迫りくる巨大質量に対して人差し指を伸ばした。それだけでウェポンの腕はそれ以上押し込むことが出来なくなる。当たり前だ、チャンピオンの使っている身体はメンテナンスの行き届いた最新型の人工人体。旧世代のマニピュレータでしかないそれでは反応で劣り、小型化されただけの蓄電池の出力ではそのフレームを歪めることすらできない。もちろん最新型と言っても表の世界での話ではない、当然これだけの出力、違法なのは間違いないだろう。


「あなたもやりますか?」

「いいえ。」


 チャンピオンに目を付けられては堪らない、すぐにここから離れることにした。

 それにしても死ぬ事が出来なくなった人類が、死闘などと銘打つとはとんだ皮肉である。


「自殺行為か……。」


 もし自殺できた者がいたとしたら皆に讃えられることだろう。よくやった、と皆がその亡骸(スクラップ)の周りで手を叩きそして感謝するだろう。そして同じ方法を試し始める。誰だってそうする、そろそろまともな人間でいられる限界なのだ。

 そんな壊れかけの人間、いや人間の成れの果てが集まる場所に出た。部位欠損は当たり前、直すつもりはもう無いのだろう。


『自殺屋』


 こんな所に夢を見てしまうくらいには限界だったのだろう。そしてことごとく失敗に終わり気力なく座り込んで、山のように積み上がったそれが目の前の成れの果ての集合体だ。踏み場もなくどれが今も機能している人工人体なのかも見分けが付かない。

 身体を破壊しても死ぬ事はできないだろうに。

 そんな場所でも自殺屋までの通り道だけは拓かれていた。店主が片しているのか、はたまた常連が片しているのか。


 カランコロンッ!


 足元に手首が転がってくる、不必要に高性能な眼はその手首がD-60080少女型の右手首だと伝えて来る。

 手首を拾うとまだ温かい、つい先程までコアと繋がってエネルギーを供給されていたのだろう。持ち主は探すまでもなく機械が教えてくれる。


「君のか?」

「……。」


 D-60080少女型は返答もせずに視界に入るように掲げた手首を左手にとって先の無い右手首へ押し当て始めた。

 発声機能が壊れているのか、それとも話す気力が無いのか。脳をこちらにもってきていないならもうすぐメンテナンスされるだろう。これは誰が見ても壊れている。


「自殺したいのか?」


 こんなところにいるのだから目的は周りのこの山と同じだろう。だが自殺を幇助するのだ、これ程難しい事をしなければならない自殺屋が安いはずが無い。少なくとも支払い能力がある精神年齢ではこんな身体は使わない。大人の脳を少女の身体に繋いだら認識の齟齬が起きて不快極まりないはずだ。


「死ねそうか?」


 少女はゆっくり俯いてそれから口を引き結んで首を横に振った。

 この少女の親はどうしたのだろうか、少女を心配してはいないのか、少女の事を忘れるようにメンテナンスされているかも知れない。


「親はどうした?」

「……死んだ。」

「!?」


 死んだのか、どうやって?


「……死んだ、見たことない金属の刃で。」


 そこから運命が動き出したのだろう。この機械の神様が見守り続ける世界で死ぬ、その途方も無い目的の為に。

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