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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

『拝啓、魔王へ』~勇者である私は、貴方と【世界】を壊したい~

作者: 白旗太郎

『拝啓、魔王へ』


 たった一言、用意してもらった羊皮紙の上に筆を走らせて、彼女は手を止めた。

 

「扉の前に突っ立ってないで、入ってきたらどう?」


 その声が静寂に包まれていた彼女の部屋に響くと、直ぐに正面の大きな扉が開かれた。


「流石ですね、リエラ様。足音は完璧に消していた筈ですが」


 生気の乏しい声と共に扉の先に現れたのは、漆黒の厚手のローブに身を包んだ男だ。容貌も、体格も包み隠しているその人物を見るたびに彼女――リエラは、不気味だとそう思った。


「そうね。完璧に消せてたわ。こんな力がなかったら、私は気づかなかったでしょうね」

 

 ようやく書き始めたばかりの羊皮紙を机にしまって、リエラは椅子から立ち上がる。立ち上がったと同時に、窓の外から不意にリエラの視界に映り込んでくる外の景色は真っ黒だった。

 「不気味ね」と、リエラは誰にも聞こえない声を漏らす。

 

 そして数歩進んで、目の前に置かれている鎧を見つめた。名前も知らない鉱石で作られたそれは、光を反射して美しく輝いている。

 その表面に映るリエラもまた、純白の長い髪に整った顔立ちと、美しく輝いていた。


「もう、行くのね」


「はい、我々も準備は出来ています」


「……分かったわ、シャド。それじゃあ直ぐに行くから、あんた達はお願いね」


「承知しました」


 最後まで生気を感じさせない声で会話を済ませて、ローブの男――シャドはリエラの部屋を後にした。

 部屋に一人残されたリエラは、身に着けていた服のボタンを外し始める。そしてゆっくりと、その純白の肢体を暗がりの部屋の中で露わにしていく。



 リエラにとって、「戦い」とは使命だった。


 生まれた時から望んでもいない「勇者の力」とやらを授けられ、読み書きも定まらない内に耐え難い躾をされ、同世代の女子たちの笑顔を横目に見ず知らずの誰かの希望なんてモノを押し付けられてきた。

 

 欲しかったのは髪飾りだった。与えられたのは、鈍色に染まる剣だった。

 欲しかったのは友人だった。周りに集まったのは、見ず知らずの権力者だった。

 欲しかったのは普通だった。用意されていたのは、苦痛だった。


 だから、嫌だった。


『戦いなんて、誰も幸せにならないじゃん』


 その事実に気づいても、他の誰も気づいていない。皆はただ、リエラの中に眠る力を見ていたのだ。

 そしてその力で、「魔王」を倒してくれることを期待していたのだ。


 リエラという、たった一人のか弱い少女を蔑ろにして。


 だけど、


『――リエラ様、私は何に変えてもあなたを守ります』


 悲しいことだけでは無かった。


『ちょっとリエラ、いつまで支度してんのよ! さっさと行くわよ!」


 そこには、リエラを笑顔にしてくれる人たちもいたのだ。


『リエラ殿にお仕えできること、我々は誠に感謝しております』


 彼らは、


『リエラさん、あなたに救ってもらえて私は幸せです』


 彼女らは、


『信じてるぜ、リエラ。お前が世界を救ってくれるってな』


 本当の意味でリエラを見てくれていたのだ。



 カチャリと、音を立ててリエラは剣を腰に携えた。

 その音で視界が、呼吸が、世界が、鮮明に変わる。


 覚悟を決めた瞳を窓の外に向け、それを持ち上げる。冷たい風が顔に当たり、少し振り返るとそこには、先程の手紙を書くために用意した羽根つきペンが立てられていた。


「手紙の内容、考えなきゃね」


 それだけ残して、リエラは窓から飛び降りた。異常に高い場所から地面への降下だが、問題など無い。

 

 そしてそのままリエラは駆けていった。枯れた大地を踏みしめ、朝日の昇ることない永久の夜空を見つめ、冷たいだけの剣を握って、リエラは駆けて行った。

 向かう先はそう遠くはない。何故ならもうすでに、迫ってきているのだから。


「――ゴォォォァァァアアア!!!」


 リエラの眼前に現れたそれは、龍だ。


 鎧のような皮膚に、大地を蹂躙するほどの尻尾、大樹のような四肢は鋭い爪で支えられており、何よりもそれらを一部として支配するその暗赤色の巨体は、正しく災厄。


 一匹いれば、人類が築き上げた大国と呼ばれるモノの一つや二つは一晩で消し炭と化す。ゆえに厄災。


 そんな恐怖の象徴である龍が、リエラの視界には既に三匹は映っていた。


「ガァァァゴォォォアアア!!!」

「グォォォォウウウアアア!!!」

「ギシャァァァェェェエエエ!!」


 大気を切り裂くような咆哮が、リエラを飲み込む。しかし、リエラの足は止まらない。


「――うるさいわ、ね」


 たった一線。


 剣を振りぬいただけで、一匹目の龍は首を落として死んだ。


 続けざまに再び一線。


 今度は二匹同時に、鮮血を雨のように降らして死んだ。


 しかし、龍はそれだけではないのだ。気づけば、何十体もの龍がリエラを囲んでいた。


「今回は、随分とやる気出してるじゃない」


 圧倒的な質量の差を利用して、龍の群れは一斉にリエラに襲い掛かった。

 

 一匹の息吹が、リエラを凍てつかせる。

 一匹の前足が、リエラを薙ぎ払う。

 一匹の尻尾が、リエラを叩き付ける。

 一匹の牙が、リエラを喰らう。

 何十匹の猛攻が、リエラを覆いつくす。


 何十匹の首が、斬り落とされる。


 何十匹の血だまりの中で、リエラは立っていた。傷なんて無い。至って無事であった。


「龍なんて、いくら用意しても無駄なのに……」


 と、その時。リエラの身体が何かに拘束された。見れば、リエラの全身を無数の漆黒の刻印が包んでいる。


 それは魔法だ。しかし、普通の魔法ではない。この刻印一つ一つに、百人程度の命が贄とされている特殊魔法だ。

 百人の命で生み出された刻印は、一つだけでその部位の動きを完全に封じる。それをリエラの全身に、だ。


「やっぱり今回は本気なんだ」


 すると今度はリエラの目の前、本当に目の前数センチに、小さな赤い球体が生み出された。音もなく現れたその球体は、じっとリエラの前で浮遊している。

 その無垢な球体に、思わずリエラは見とれる。


 そしてその瞬間、球体は膨張した。


 リエラを飲み込み、大気を焦がし、大地を蒸発させ、その球体は先ほどの龍をも凌駕する大きさに膨張した。

 無垢なまま、暴力でしかない無尽蔵の熱を無差別にまき散らす。


 遠くから見れば、それは小さな太陽だ。だがそれを観測した瞬間に、熱は無責任に命を奪う。


 それの中心にいればどうなるのか、わざわざ言うまでもない。跡形もなく、消えるだけだ。


 と、誰もが思うだろう。


 しかし、消えたのは球体の方であった。

 地面を消し、水分を蒸発させ、全ての生物を死滅させるほどのその脅威は、一瞬で消え去ったのだ。

 その偉業を成し遂げたのは他の誰でもなく、球体に飲み込まれていた筈のリエラだ。


 熱に飲み込まれ、身動きも取れなかったのはほんの一瞬。瞬きを終えた次の瞬間には、拘束を強引に解いて、剣を振るっていた。

 勇者の剣の一振りの前にはその小さな太陽は、無垢な赤子のように簡単に崩れてしまったのだ。

 そしてリエラは再び、その輝く姿を現す。


「本気だけど、私を殺すにはまだ足りないわ」


 先程の太陽のせいで、地面は消えていた。だからリエラは浮いたまま、前へと進んだ。

 この先には、まだリエラを待ち構える敵がいるのだ。リエラが倒さなくてはならない敵が。


 数分進むと、リエラの瞳にようやく地面が見えてきた。しかしその地面は何故か蠢いていた。

 地面の表面が波を打つ液体のように、不気味に揺れているのだ。


「なんて数の……魔物」


 そう、リエラの口から漏れた言葉の通り、地面だと思っていたのは「魔物の大群」だ。

 剣を手にするスケルトン、鉄球を持つゾンビオーガ、不気味な声を上げるゴースト、槍を持ち馬に乗る首のない騎士。それ以外にも多くの種類の魔物が、リエラの視線の先で蠢いていた。

 そしてそれらは、辺りの地面全てを埋め尽くしている。地平線の先までリエラが降り立つ地面など無い位に、何百、いや何千万の魔物がそこにはいたのだ。


 その様子は、昆虫の死骸に集まる無数の蟻を観察したときのように、本能の奥底が逆らえない程の嫌悪感を訴えてくるものだ。

 思わずその光景に躊躇いと恐怖を抱いていると、不意に背後に気配を感じた。


「――リエラ様、準備は整いました。核は……既に私が」


 突然の不気味な声に振り向くと、そこには漆黒のローブが浮いていた。容貌は伺えないが、その生気の乏しい声と不気味な見た目で、リエラはシャドだと直ぐに理解する。

 そして、彼が口にした言葉の意味も。


「そう、じゃあもう皆は」


「はい。皆、リエラ様に感謝を申し上げておりました。そして、必ず我々の願いを果たしてください……と」


 その言葉で、リエラは口を塞いだ。もう出会うことのできないかけがえのない仲間たちが、脳裏に浮かぶ。

 しかし直ぐにリエラは、前を向いた。


「……分かってるわ。これは、私が始めた戦いだもの」


「……誠に立派でございます。リエラ様、貴方の勇者としての決断は我々にとっての誇りです。どうか、貴方は一人ではないことを忘れないでください」


「ええ、ありがとね。シャド」


 そしてリエラはその剣で、シャドの胸を突き刺した。するとガシャンと、ガラスが割れるような音がする。その音と同時にシャドの存在が消えてしまったのをリエラは感じた。

 すると、先程までは中に何かを抱えていたはずのシャドのローブが力を失い、風に飛ばされて遠くに飛んで行った。遠く遠く、何処まで行くのか分からないほどの風の力を受けて、空の彼方に消えていった。

 それを見て、リエラは悲しく「最期まで、不気味なのね」と呟く。


 目元が熱くなるのを感じながらリエラが自らの剣先に視線を移すと、そこには漆黒に染まる禍々しい水晶玉が突き刺さっていた。

 それを見つめながら、リエラは剣を握る両手に力を込めた。

 すると水晶玉は砕け散り、その破片と漆黒のオーラが剣の中へと吸い込まれていく。今にも弾けそうになるそれを、リエラは強引に力を加えて押さえつける。

 この力が、皆がリエラに託してくれた思いだ。だがこれ程にも大きいものだと、リエラは思っても居なかった。素直にうれしくも思ったが、同時に心が揺らぎ始めた。

 

 本当にこんな思いを、力を自分が扱えるのかどうかを。


 あまりに強大な力は、剣を飲み込み、その先にあるリエラまで飲み込んでしまいそうになる。

 その程度の頼りない想いでは、この剣は扱えない。

 このままでは、剣の内側からあふれる爆発を抑えられないのだ。思わず負けそうになると、覚悟が折れてしまいそうだと、そう思った。


 もう自分を支えてくれるかけがえのない存在はいない。皆がリエラに思いを託して消えてしまったのだ。

 シャドは、一人ではないと、そう言ってくれた。それには頷いたが、それも強がりだ。本当は怖かったのだ。

 皆が消えてしまった後で、一人で頑張れるのか。

 本当に、真っ直ぐに自分の覚悟を貫けるのか。

 

 目の前を塞ぐのが難攻不落の絶対的な存在ならば、今ここで剣を離して闇に飲まれてしまいたい。

 そんな弱気が、不安が溢れてきたきた。

 先程の水晶から流れてきた漆黒のオーラが、リエラの心を不安にさせる。一人になって寂しくなったリエラの心を脆くさせる。


 そして泣きたくなって、心が折れそうになったその時だった。

 

『――リエラ、お前は俺たちの希望だ』


 不意に、声が聞こえた気がしたのだ。


『リエラさん、あなたに救ってもらえて、あなたを救うことが出来て、私は幸せでした』


 もう会えない声だ。


『リエラ殿……貴方様にお仕えし、その強かさを間近で拝見させて頂けたこと、感謝の極みに御座います』


 だけど、悲しくはない。


『リエラ……最後くらい笑顔を見せなさいよ』


 何故なら、リエラの心が。


『リエラ様、私はもう……あなたを守れません。ですが、これからも私は……あなたを見守っています』


 これ程にも、温かいのだから。


「――ありがと、皆」


 その声と同時に、溢れて爆発しそうなその力が、剣と一体化した。そしてその剣が、漆黒の禍々しいモノへと変形し、世界を闇に染めた。光の遮られた大地にさらに闇が覆いかぶさり、世界は深淵かのような黒一色に染まる。

 

 本物の闇に覆われた世界では、何も見えない。肌に当たる冷たい風が恐怖を植え付け、蠢く雑音が頼りない鼓動に拍車をかけ、焦げたような匂いが脳を刺激する。

 この現象に立ち会えば、誰もが救済を懇願するだろう。それ程の恐怖に満ちた深淵へと、世界は唐突に突き落とされたのだ。

 

 しかし永遠にも感じられた恐怖に一筋の純白が現れた。

 まるで天からの恵みのような光が、降り注いできたのだ。それは次第に輝きを増し、漆黒という恐怖へと抗い始める。

 闇も負け時とその力を膨らませるが、それよりも光は強かった。強い光が世界を照らし、微かに見えていた色が鮮明なモノへとなる。


 そして、遂に世界に彩りが蘇った。


 彩りを取り戻した世界は、闇に染まる前と変わらずにそこにあり続けていた。しかし、この恐怖を体感したものの心には、確かに光への大きな感謝が芽生えていた。

 リエラの剣が生み出した闇。それを消し去ったのは、何処ともなくなく現れた新たな光だった。

 そして見れば、遥か上空に確かに光を放つ者がいた。

 

 その光の主は、他の誰でも無い。リエラであった。


 リエラの身体が、自らの手に収められた剣の闇に対抗するように、光を放っているのだ。

 闇と光。相反する二つの要素をその身で体現するリエラは、誰も目にしたことのないような神聖さを醸し出していた。


「――それじゃあ、行くわ」


 その言葉を宙に置き去りにし、リエラは魔物の軍勢へと突撃して行った。闇に染まる剣を振り、光を放つ力で敵を吹き飛ばす。

 その力は圧倒的だ。先程比喩したように、魔物の軍勢はリエラの前では正しく無力な蟻に等しかった。

 剣を振れば地面が爆ぜ、闇を撒き散らし、無力でしかない魔物達に死という名の残虐な手を差し伸べる。

 動けば光を、駆ければ光を、触れれば光を一面に放ち、魔物達を跡形も無く消し去った。


 勇者であるリエラは名も無き剣を手にしていた時でさえ無類の強さであったのに、新たな漆黒の剣を手にしたその力は正しく壮絶であった。更にはその漆黒に呼応するようにリエラが生み出す光も、リエラの強大さを飛躍させる。

 

 しかし、対する魔物達もただの見た目だけの軍勢では無かった。

 その物量は雪崩のようにリエラに押し寄せてくるのだ。いくら蟻のように無力だとはいえ、その数が何千万とあれば、簡単に振り払えるようなものではない。

 スケルトンの剣が鎧に当たり、ゾンビオーガの鉄球が投げ飛ばされ、ゴーストの見えない攻撃が直撃し、首無し騎士の槍が突き刺さる。それぞれのダメージは皆無だが、それを無数の敵から無限に繰り返されるのだ。

 その脅威は、言わなくても十分だろう。

 

 だからこそリエラには新たな力が必要だった。

 目の前で蠢く魔物を殲滅するためにも、この先の長い長い戦いを勝ち抜くためにも、そして勝ち抜いた先にある夢へと。


 だからこそリエラは剣を振るった。闇を、光を放った。足を動かし、声を上げ、ただ前へと進んだ。


 そして剣をから流れてくる温もりに身を任せ、目を閉じた。


『拝啓、魔王へ』


 戦いの最中、リエラは心の中でそう呟いた。まだ書いていている途中の、いや書き始めたばかりの手紙の続きだ。


『この世界は間違っています』


 二十年も生きていない僅かな人生の中で、それがリエラが見つけた答えだった。


『敵だと決めつけ、一方的な憎しみを向けて理不尽に殺す』


 剣を交えることを強要され、数多くの命をリエラは奪ってきた。それが世界のためだという、抽象的でしかない理由でだ。


『残酷であるとしか表現できない事を、仲間達と共に沢山見てきました』


 そしてそれは、リエラの周りだけでは無かった。世界中で、かつての仲間たちと共に見てきたのだ。悲しみと、憎しみとが溢れかえる残酷な場面を。


『だからこそ、他の誰でもない私たちが世界を変えようと、長い間冒険を続けてきました』


 そしてそれを少しでもなくすために、少しでも悲しみの声が喜びの声に変るように、自分たちで世界を変えていこうとした。

 剣を収め、敵ではないと訴え続け、抱擁し合い、話し合いだけで歩みを進めてきた。


『そして私たちは、光栄にも貴方の元へと平和を求めて訪れるに至りました』


 数々の偉業を成し遂げたリエラ達は、魔王の元へと招かれることになった。それにはもちろん警戒した。しかし平和を願うリエラが拒んではそれこそが悪意の種になるだろうと、覚悟を決めて仲間たちと招待を受けることにした。

 そして、その夜のことは今でも覚えていた。ようやく今までの思いが実を結ぶのだと思うと、あまりの嬉しさに皆で祝宴を開いたのだ。

 その時の夜空を照らした輝きは、リエラにとっての大切な思い出となった。


『ですが、その仲間達は無念にも理不尽に――殺されました』


 しかし魔王城へ向かう最中、リエラ達は突然現れた謎の集団に襲われた。その集団はとても強かった。

 そして嫌いだった戦いから解放され、剣を握ることを忘れていたリエラを庇って、仲間たちは皆殺されたのだ。


『彼らは本物の平和を願い、貴方達との和平を望んでいました。たったそれだけの、それだけの勇敢な志で彼らは殺されました』


 仲間達から別れの言葉を受け、理不尽な死別を前にしてリエラの思考も感情もぐちゃぐちゃになった。

 何が悪かったのか。ぐちゃぐちゃな思考で考えて浮かび上がったのは、彼らが平和を望んだことだった。

 素晴らしいことではないか、立派な事ではないか。それなのに、何故彼らは殺されたのか。


『その時、初めて私の中に怒りという感情が芽生えました』


 分からなかったから、理不尽だと思い知ったから、悲しみとは何かを身をもって知ったから、リエラは剣を抜いた。

 そして敵を殺し尽くし、全身に鮮血を浴びて、魔王城へと向かった。


『そこから先は貴方の知っている通りです。貴方から力を分け与えて頂き、貴方の部下と共に長い間、魔剣を探していました』


 魔王城に着いたリエラは、何が起きたのかを説明せず、何が本当の敵だったのかを理解したとだけ口にした。

 リエラはようやく本当の意味で理解したのだ。目の前にいるのが、世界の敵ではなかったことに。

 そして背後にいたのが、本当の敵だったことに。


 そんなリエラの思いを聞くと、魔王はリエラに力を与えてくれた。魔王の力だ。

 それを授けられた勇者であるリエラは、光と闇の力をその身に宿すことになる。それが今のリエラだった。


 その後で魔王は告げた。


 さらなる力を望むなら、魔剣を探せと。魔王の軍勢を好きに使い、自らの願いを果たせと。力を扱えるようになり、魔剣を手にする間の十分な時間は稼いでやると。

 

『そしてようやく、私は魔剣を手に入れました』


 シャドを突き刺して手に入れた漆黒の剣。それが魔剣だ。

 何万という魔物の血と魂を一体の魔物に捧げると、それが核になるのだ。それを剣で貫くことが、魔剣の作成方法だった。


『私の持つ勇者の力、勇者の装備に、貴方から頂いだ魔王の力、魔剣。それが今の私が手に入れた力です』


 光の力である「勇者」、闇の力である「魔王」。それら二つの力と、それらの力を最大限に発揮することが可能になる装備をリエラは手にしたのだ。

 

『これがあれば、きっと私は貴方をも越えられるでしょう』


「……そうですよね。貴方ならそうだと言って、私の背を押してくれますよね」


 そう呟いて、リエラは意識を外に向ける。

 既に蠢いていた魔物たちは、大半が命を落としていた。その死体の大地と、血の海を歩いてリエラは前へと進んでいく。

 

 歩いて数分で、リエラは足を止めた。何か巨大な影が、リエラの正面を塞いでいたのだ。


 そこにいたのは、右手に闇を放つ大剣を、左手に雷を纏う宝玉を持つ、漆黒の巨体だった。

 炎が燃え盛っているような禍々しい漆黒の鎧を身に着け、風を受けてなびくマントを背に、畏怖すら覚える程の黄金の冠を漆黒の兜に生やしている。

 その姿を一言で表すなら恐怖だ。リエラが魔剣を手にした時と同じものを、その存在は自らの身体で体現していたのだ。


 しかし、リエラはただ真っ直ぐにその存在を見つめていた。恐怖なんてものは抱いていない。ただ純粋に、自らの覚悟を嚙みしめていた。

 何故ならリエラは知っていたからだ。その存在を。


「――久しぶりですね、魔王」


『――』


 そう、リエラが口にした通りそれは魔王だった。勇者に力を与え、勇者の背を押し、自らの軍を勇者に授けた魔王だ。

 しかし今はその存在が、勇者であるリエラの道を塞いで目の前にいた。何も口にせず、ただじっとそこにいるのだ。


『――』


 そして突然に魔王が剣を振り、宝玉を振りかざした。漆黒の斬撃が世界を引き裂き、轟く雷が大気を蹂躙する。

 それに対してリエラは華麗に剣を振って斬撃を受け流し、光を纏うその身で地を舞って雷を躱した。


 だが魔王は息を整える間も与えずに、リエラへと進撃する。

 間近で繰り出される大剣の一撃には、魔剣を両手で扱って防ぐしかない。その隙に魔王は宝玉をリエラに押し付け、雷を放つ。

 

 強烈なその一撃を受け、リエラは背後へと吹き飛ぶ。吹き飛ばされながらも何とか態勢を整え、直ぐに立ち上がる。


 しかし、既に眼前に魔王が迫っていた。大剣を振り上げ、がら空きの胴を宝玉で牽制している。

 その姿は正しく、完璧な布陣だ。

 攻撃しようにも魔王の鎧と気迫を前にすれば、誰しもが反撃など考えないだろう。

 攻撃を防ごうにも振り下ろされる大剣は、構えた剣を折り、鎧を粉砕し、一瞬で死を突き付けられるだろう。

 ならばと避けようものなら、懐で構える宝玉が雷を放ち、無傷では済まないはずだ。

 

 そのような地獄の選択肢を、剣が振り下ろされるまでの一瞬で決めなければいけなかった。それがどれほどの恐怖を植え付けるのか、言わなくてもわかるだろう。

 だからなのだろうか。リエラは、剣を構える素振りも、避けようとする素振りも見せず、ただじっとの場に制止していた。

 

 そして長いとまで感じられるような一瞬が終わりを告げ、魔王の大剣が振り下ろされた。

 

『――』


 魔王の大剣は轟音と共に地面を穿ち、大きな窪みを生み出した。そしてその窪みへと、剣を伝わせながら鮮血を流し込んでいる。

 その鮮血は他の誰でもない。リエラのモノ――では無かった。


「……貴方のお陰で、私は前へ進むことの覚悟を得ました。本当に、ありがとうございました。そして、どうか安らかに」


 言い終わると同時に、リエラは剣を収めた。そして魔王の胴体から首が落ち、鮮血の中に沈んでいく。

 先程の一瞬、リエラは動けなかったのではない。動かなかったのだ。

 最期の最後まで魔王を近くで感じ、悲しみを忘れられるまで待ってから、魔王が大剣を振り下ろすよりも速くリエラは剣を振ったのだ。そして一瞬で、魔王を殺したのだ。


 その強さは、一体何なのだろうか。


 以前の暴力的な強さを適当に振りまき、頑丈な肉体で強引に戦っていたリエラでは無かった。

 自らの力を最強だと、過信ではなく確信し、精密な戦闘を行っていた。


 いや、それは戦闘ではなかった。


 それが何なのかは誰にも分からなかった。ただ一つ言えるのは、今の彼女に敵う相手などいるはずがないと、そう断言できることであった。

 そしてリエラは駆けて行った。


 目指すのはこの【魔大陸】を抜けた先にある、選ばれた人間だけが住むことを許される大陸【世界】だ。


 【世界】には、かつてリエラも住んでいた。そしてそこに支配する者たちの願いを聞き、平和のために魔王を倒す旅を始めたのだ。

 嫌々始めた旅であったが、リエラは道中で出会った仲間達に救われ、何が本当の平和かを知った。


 未だ旅の最中であるが、彼女はようやく自らの足で前に進めた気がした。

 そしてもう振り返る事は無いだろうという思いを胸に、目を閉じて自らの内側へと意識を浸透させていく。


『拝啓、魔王へ』


 それが始まりだった。


『この世界は間違っています』


 そして知った。


『だから私は、【世界】を壊そうと思います』


 それが願いだ。


『でも、私は一人で成し遂げようなんて思ってはいません』


 数々の言葉が蘇る。


『私を信じてくれた人たち、私に思いを託してくれた者たち。皆と一緒に、共に描いた夢に向かって進んでいこうと思います』


 その覚悟を持っている。


『なので、貴方も私たちと一緒に行きませんか』


 だから隣で見てほしい。


『勇者である私は、貴方と【世界】を壊したい』


 それを伝えたかった。


『おかしな願いだけど、それが私の伝えたいことです』


 それだけ残して、リエラは目を開けた。



 元は戦いを拒んだ勇者であった。

 そして覚悟を決め、魔王の力を得た。

 願いは世界を壊して、平和を実現すること。

 数多くの仲間を失い、数多くの思いを受け取り、数多くの願いと共に歩んでいく。

 そして最愛の「貴方」を、胸に秘めている者。

 

 勇者、否。魔王、否。


 魔勇者リエラ。


 こうして彼女の【世界】を壊す物語は始まった。

ここまで読んで頂きありがとうございます。


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