転校することになったから、好きな彼女に本心を全て話そうと思う。
翌朝、家族会議ならぬ家族大げんかをし迎えた外は曇天模様。まるで雨が降っている俺の内面を空が写しているようなそんな天気に、一層俺の気分は滅入ってしまった。
どうして家族大げんかをしてしまったのか。
そんな後悔はあるものの、どうしても譲れないことだったのだから口論になるのはしょうがない、という気持ちはあった。しかし、口論しても自分の思い通りにこの後展開が進むかと言えば、どうもそうなる気はせず、俺は心の底から辟易としてしまっていた。
種子島への父の転勤が決まった。
先日、京都旅行を転勤と勘違いしてしまった時と同様に、どうか俺の勘違いであれと心で何度か祈ったが、どうやら今度は勘違いではなかったらしく、俺はどうしようもない展開に頭を抱えてしまうのだった。
専ら、昨日の口論内容は引っ越しするか否かの話だった。
父の転勤を妨げる術は恐らくない。それは家族三人の共通認識だった。だから、せめて俺は……父に単身赴任してもらえないかと、そう願ったのだった。
父は否が応でも俺達に付いてきて欲しいと懇願してきた。
一人で島に移住するのは孤独感で死ぬ、だそうだ。まあ、わからなくもないから仕方ない。仕方ないが……俺はそれでは困るのだった。
俺は母に助け舟を出した。口では言えなかった。オブラートに、視線で言った。
「安納芋、美味しそうよねえ」
母は引っ越しに賛成派だった。今更ながら、母は楽観的な人だった。旅行気分で種子島への引っ越しを、既に脳裏で描いて楽しんでいるのだった。
俺は声を大にして引っ越しの危険性を説いた。全力で説いた。
「そんな島に東京もんが行ったら、村八分にされちゃうよ!」
種子島の人、ごめんなさい……。
「移動は船。俺は船酔いが酷いんだ! そんな島なんて行けるはずがない!」
種子島の人、ごめんなさい。
「そもそも俺は種子島が嫌いだ!」
ごべーん!
おれが悪がったァー!
一見しても二見しても我儘極まりない文句をぶーぶーと垂れ続けた。今思えばそんな言い訳よりも、生徒会長だからとか言っておいた方がまだ恰好もついたのだろうが、切迫した俺は直情的な言葉を続けてしまったのだった。
その結果の喧嘩。そしてふて寝だった。いやはや愚かな行いをした。あそこまでしてしまっては、両親も俺を連れていくことに意固地になるだろう。何せあの両親から生まれたのが俺だから。逆の立場ならば、俺は間違いなく息子を否が応でも連れていく。
だって、寂しいし……。
……両親の気持ちがよくわかる。
だけど、どうしても俺はここにいたいのだ。勿論それは、ここに好いた人がいるからだ。
ガチャリ
突然部屋の扉が開いて、俺は慌てて上半身を起こした。両親が説得のために入ってきたのか、と思った。
「あれ、起きてる」
エミだった。
「おはよう、ツヨシ」
「……おはよう」
エミの顔は直視出来なかった。何せ、あれだけ転校は嘘だと言っていたのに、それが本当になりそうだったから。
「今日は随分と早起きね」
エミに言われて時計を見た。時刻は朝の五時半。確かに早いし、そもそもそんな早い時間にどうして彼女はウチにいるのだろう。
「今日は朝練だから、学校に行く前にツヨシの寝顔を見ていこうと思って」
「……そう」
「おじさんとおばさん、もういなかったけど、仕事忙しいの?」
「そうなんじゃないかな」
父は転勤の準備。母は……なんだろう? これを機に会社辞めて専業主婦になるのかな。種子島は物価が安いだろうし、転勤手当もつくだろうし。
「何よ、今日は暗いわね」
エミは呆れたようにため息を吐いて、部屋の電気を灯した。薄暗かった室内が明るくなった。
「あれ」
エミは何かに気付いて、俺に近寄った。
「何さ」
「目、赤いね」
俺は慌ててそっぽを向いた。泣き腫らしたことがバレてしまう。
「……もしかして、今更引っ越すことに絶望でもした?」
「……悪いかよ」
「あら、もう嘘はいいの?」
「……嘘が本当になったからね」
「そう」
また変なことを言っている、とでも思われただろうか。ただそれが真実なのだから、何も間違ってはいなかった。
「まあ、京都だったら新幹線ですぐだし、いつでも会いに行く」
「……京都じゃなくて種子島だよ」
「え……それは、中々辛いわね」
エミは腕を組んで唸っていた。
「……種子島、行きたくないんだ?」
しばらくして、エミは聞いてきた。
「行きたくない」
「どうして?」
「それは……エミに会えなくなるからだ」
詭弁も含めて、両親に自分が種子島に行きたくない理由を話した。でも結局、その一番の理由はそれだった。
エミと離れたくない。
勘違いで京都に行くと思った時もそうだった。
エミと離れたくない。でも、離れなければならないのだろう。そうだと思ったから、せめて後悔しないようにと全てをエミに伝えた。それにより色々と迷い悩みいざこざが生まれたが……結局そうなった全ては、エミと離れたくない。エミと一緒にいたい。その想いが理由だった。
「あたしもツヨシと離れたくないよ」
エミは、いつもなら同調せず茶化すような言葉を恥ずかしげもなく言った。
彼女の顔をゆっくりと見た。
彼女はいつも通り、いたずらっ子みたいな顔をしていた。そのいつもの無邪気な笑顔が……彼女が本心でそう言っているのだと、告げていた。
……同じだった。
同じ気持ちだった。
エミと。
好いた彼女と。
同じ気持ちだった。同じ気持ちを共有していた。
それがただ、嬉しかった。
気付けば俺は、また涙を流していた。そんな同じ気持ちを抱いている好いた彼女と別れる時が来る。そのことが耐えられなかった。抗う術はないとわかっているから、余計に辛かった。
「嫌だ……」
女々しく呟いた。俯いていたら、毛布に目からこぼれた涙が落ちた。
「別れたくない。エミと別れたくない」
俺は言った。
今度こそ。
今度こそ本当に……。
転校することになったから、好きな彼女に本心を全て話そうと思ったんだ。
勘違いで告げたあの時よりも、それは悲痛なものだった。結ばれて、気持ちが同じだと知った今だからこそ、それは余計に辛かった。
涙が止まらなかった。
「ウチに今の内から下宿するとか、出来ないものかな?」
エミの問いに、首を横に振った。
「両親はそんなの悪いから駄目だって。大学生になったら一人暮らしさせてやるから、それまで我慢しろって」
「……そっか」
エミの声は落胆しているように聞こえた。ただ先日より随分と余裕があるように見えた。俺がこんな調子だからだろうか?
「ツヨシ、今日学校サボろっか」
しばらくして、エミが言った。
「え?」
「このままだと……ツヨシ、ただ抱え込むだけじゃん。だから、ちょっと親に黙って出掛けようよ。それで気持ちを切り替えよう。
……まああれだ。家出? 一緒にしよう」
突然の申し出に、俺は言葉に詰まった。色々な感情が脳裏を巡った。そんなことをして君の内申に関わるだろ、とか、とにかくそういう否定の感情達だった。
「何さ。あたしの申し出を断れるとでも思ってるの?」
再び何も言えなかった。
確かにこれまで、エミがこうだと決めたことに俺が逆らえた試しはなかった。それは何より、好いた彼女の悲しむ顔が見たくなかったから。
「……わかった」
「ようし、決まりだね」
エミは嬉しそうに指を鳴らした。
「ただ、エミの両親にはキチンと話をしてから行こう。何かあったら大変だから」
「えー。生真面目ー」
「お願いだ」
「……わかった」
エミは不承不承な感じで了承してくれた。
「愛しのツヨシの頼みだからねっ」




