仕切りに後悔するなという少女
まあとにかく、藤平さんが好いた少女がエミだったことは理解した。理解はしたが……中々了解は出来そうもない内容だなと思った。
いくら時代が寛容的になってきたとはいえ、それを周囲に理解されるには中々大変なことなはず。何にせよ、エミだってそれを聞いたら中々喜べることではなかろうに。
……ああ、そうか。
だから彼女、後悔をしたのか。
俺の存在のことはいざ知らず、自分の胸に抱いた恋心は周囲から応援されるものではなく、だからこそ彼女はエミ本人との接触だって、俺伝いというやり方を見定めた方法しか浮かばなったのだろう。そしてその結果は、最早言うまでもなかった。
後悔するな、か。
「先輩、あたしのことはもういいです」
藤平さんは気持ちも落ち着いたのか、先ほどまで上擦っていた声も元に戻っていた。
……本人がもういいと言っているのであれば、俺はそれに従う他なかった。
「先輩、先輩は現状に後悔していないんですか?」
「……現状に?」
「そうです」
藤平さんは頷いた。
「聞いた話だと……先輩、エミ先輩に自分が転校すること認めたそうじゃないですか」
「うぐ」
よくご存じで。
先日、最早信じてもらうのが面倒になってそんなことを宣った。少しずつ、あの時の浅はかな自分の行いを俺は悔い始めていた。
「まあ、時間が解決してくれるさ」
「無関係の人はそうかもしれない。でも、エミ先輩は違うんじゃないですか?」
何も言えなかった。
「先輩と一緒にデートに行く。先輩と一緒にご飯を食べる。先輩とキスをする。エミ先輩はこれから、ずっと先輩と行う何かを高校最後の何かと思うわけですよね。そんなの、そんな酷な話ってありませんよ」
「……まあ」
俺としても、何かをする度にもしエミが儚げに微笑んだら……少し辛い。
「とはいえ、万策は尽きているんだ」
ただ、手詰まりな状況であることは確かだ。頭を抱えて、エミへの釈明の会話を藤平さんに教えた。教えた結果、
「エミ先輩、中々人の話聞かない人なんですね。可愛い」
藤平さんは悦んでいた。何故だ。
立場が逆転し、恍惚とする藤平さんを目を細めて睨んでいた。藤平さんは俺の視線に気付いて、わかりやすい咳ばらいを一つした。
「先輩、もうそうなってしまったらやることは一つなんじゃないですか?」
「そうなの?」
「そうです」
藤平さんは、こじれた現状に介入することが少しだけ面倒臭くなっているように楽観的に見えた。まあ、協力を仰ぐ身である以上、それを指摘することは憚られた。
「先輩。もうこうなったら……エミ先輩が信じてくれるまで転校しないと言い続けるしかないんじゃないですか?」
……。
「だよなー」
激しく同意します。はい。
なんとも言えない気持ちで家に帰った。藤平さんとのその後の会話は、生徒会活動が始まったことで中断されたのだった。結果、悶々とした気持ちで作業を続けて、進捗悪くいつもより少し遅い時間に家に帰ることになるのだった。
電車の中でも、相変わらず俺の脳裏を巡っていたのはどうやってエミの誤解を解くか、ということだけだった。答えは中々出そうもない。
家に帰った時間は八時を過ぎていた。もう父も母も帰ってきているようで、リビングにある窓から蛍光灯の光が漏れていた。
「ただいま」
玄関で帰宅を両親に告げた。反応はなかった。
不可思議に思いつつ、靴を脱いで廊下を歩いた。そしてリビングへ。
「ただいま」
リビングで両親を見つけて声をかけた。両親は机で下を向いて、何故だか神妙な顔をしていた。
「どしたの」
「……おう、ツヨシ。おかえりおかえり」
父の様子がどこかおかしかった。
首を傾げていると、まるで不良行為に手を染め、反省している人のように両親が目を見合わせ合っていた。
「……どうだ、学校は楽しいか?」
「なんだよ、藪から棒に」
学校は楽しいか、か。
そりゃあ……なんだかよくわからないトラブルを抱えているものの、好きな人と結ばれて、生徒会活動も順風満帆で。
「楽しいよ、おかげ様で」
楽しくないわけがなかった。
「そっかそっか。それは良かった」
両親は何故か、俺と目を合わせようとしなかった。
……なんだかとっても既視感を感じた。一体、いつこんな光景を見たことがあっただろうか。
歯切れが悪く神妙でしどろもどろな両親。
いつもは気にもしないくせに、唐突に行われた俺の近況確認。
……一体、いつだっただろうか。
「……なあ、ツヨシ?」
脂汗を額にたっぷり溜めた父の歯切れは、相変わらず悪かった。
「なんだよ」
「種子島で行ったみたい場所とかある?」
種子島、か。
あれだよな。ロケットの発射地。あとは……安納芋とか有名じゃなかっただろうか。
でも不思議だ。
どうして突然、そんなことを。
それも、額に脂汗を一杯に溜めて、こちらを一切見ようともせず、一体全体どうしたと……ん?
あっ……(察し)。
「父さん、転勤が決まった」




