後悔を続ける
「はい。お弁当」
エミに連れられた先は屋上だった。昨今の学校事情だと、屋上が解放されていない学校は増えてきているらしい。自殺防止だとか、諸々の理由からだそうだ。
ただ、我が校では今でも屋上に足を踏み入れることが出来る。
具体的には、非常階段で三階まで昇り、屋上へと繋がる固く閉ざされた扉をよけるように手摺伝いに昇っていくことで、屋上へと行ける。
それ、絶対禁止されているやつ。
最早言うまでもなくそれは確定的に明らかなのだが、模範生であるべき生徒会長の立場の俺は、暗黙の了解だとばかりにそれを黙認し、むしろ一緒に罪を重ねるのだった。ろくでなしだな、俺って。
管理の行き届いておらず、雨風が吹き荒れっぱなしの屋上はとても汚かった。一部マットが凹んでいる部分もあり、雨の日の翌日だとかはその辺に水たまりが出来るそうだ。エミという少女は、なんでかそういうことを良く知っていた。
「不良少女め」
「付いてきた時点で同罪だよ」
「ぐうの音も出ない」
「はい。お弁当」
彼女に持たせていた弁当をやっと受け取った。満足げにエミが微笑んだ。
「ツヨシの好きな物だけ入れておいた」
「至れり尽くせりだなあ」
「そうでしょ? あたしの彼氏になれて良かったね」
「心の底からそう思っています」
おどけて言うと、エミは楽しそうに笑い出した。
そんな彼女の様子を見れていることが少しだけ嬉しかった。つい先日までは、何せ関係修復出来ないと凹んだくらいだし。
「おっ、これはシャウエッセンか?」
「そうだよ。ツヨシはシャウエッセン以外のソーセージ認めてないもんね」
「うん。シャウエッセン以外のソーセージはソーセージにあらず。シャウエッセンのソーセージはシャウエッセンである」
「あはは。つまんねー」
口が悪い人だ、この少女は。
冷えたソーセージを齧りつつ、いつもよりも少しだけ大きなお弁当箱に視線を落としていた。
「……この弁当箱、今更ながら見覚えないな」
「うん。ウチのやつだもん」
「え」
そうだったの?
「大食漢の弟の弁当箱を拝借した。洗って明日も使うから、食べ終わったら返してね。あとで、残さず食べてくれると嬉しいな」
そう微笑むエミに、心の底から温かくなっていくような気持ちを抱いた。そうか、そこまで尽くしてくれているのか。
どうして、そこまで尽くしてくれるのか。
思わず聞きそうになったが、寸でで止めた。だってそれは、聞くまでもなく明白だったから。
彼女はもうまもなく、俺が転校すると思っているから。
どれだけ言っても聞いてくれないことに少しだけ思うところはあるが、その結果ここまで尽くしてもらって、最早それが少し真実になれば良いかなと思っていたりするくらいだ。
濃密な数日だった。
転校報告(嘘)をし、告白(本当)し、こじれにこじれなんとか軌道修正して今に至る。
一部軌道修正されていない事柄もあるが、現状には意外にも満足している。
……全ては全部、後悔するなと言った後輩のおかげ、なのだろう。
勇気を出して踏み出して、その結果失敗もしたが乗り越えて、後悔ない今を送れているのは、藤平さんのおかげなのだろう。
ふと、昼下がりの屋上で好意を抱いた少女と一緒にいる中でそう思った。
……藤平さんは、どうしてあそこまで後悔を毛嫌いするのだろう。
そして、そうも思った。
後悔してきて、後悔の辛さを理解して、思ったことは一つ下の少女がそれを俺に口酸っぱく指摘してきたことだった。
後悔するな。
後悔しないようにしないと、と、まるで藤平さんはこれまでにたくさんの後悔でもしてきたかのように俺にそんな叱咤を繰り返した。
あれではまるで……。
「あ、昼休み終わっちゃうね」
昼休み終了の予鈴のチャイムが鳴った。
「……戻ろうか」
「そうだね」
非常階段の手摺を伝い、先に屋上から脱した。
振り返って危うげな道を進もうとするエミに、手を差し伸べた。
「ありがとう」
エミは嬉しそうに俺の手を握り、屋上から出た。
丁度その時、校舎と非常階段を繋ぐ扉から人気を感じた。
「……藤平さん」
そこにいたのは、寂しそうな顔をする藤平さんだった。
まるで後悔でもしたかのように。
まるで絶望でもするかのように。
寂しそうに涙を流す……藤平さんだった。
藤平さんが走り去っていった。
俺は彼女を追えず、ただぼんやりと扉に据え付けられた窓を見ていた。
「何してるの」
「え?」
エミに背中を押された。
「行きなさい、ツヨシ」
なんだか色々なものが繋がった気がした。
これまであやふやだった何かが、一筋の糸になったような。
そしてその糸の先を見据えられた気がしたんだ。
糸の先に繋がる答えは、どうしてか上手く受け入れられる気がしなかった。
エミがいたから。
だけど……今彼女は、俺に行けと言った。
誰かのためじゃない。
自分自身のために行けと言ったんだ。
言って、くれたんだろう。
「ちょっと行ってくる」
「うん。気を付けて」
微笑むエミの顔に不安が滲んでいるのがわかった。
だけど、後悔をしたくなくて、僕は非常階段を後にした。




