朝ご飯
父と母は、既に会社へ向かい出社していた。いつもなら自分で朝ご飯として、トーストを焼いたり軽食を用意するのだが、
「ツヨシツヨシ! あたしが作るよっ!」
大層楽しそうにそう宣言したエミが可愛らしかったので、俺は彼女の振る舞う朝ご飯を椅子に座り待つことにした。
ただまあ、現在時刻と登校時間を考えると、そこまで豪勢な朝食は振る舞ってもらえないだろうと思っていた。
俺はかつてから、朝がひたすらに弱かったのだ。
「……おお」
朝ご飯が出てきた時、思わず感嘆の声を上げてしまった。
数十分しかない朝のこの忙しない時間にエミが振る舞ってくれた朝ご飯は、わざわざ手加工を加える必要のあるタコさんウインナーにスクランブルエッグ、フレンチトーストだった。
……これ、もしや。
「もしかして、俺が起きる前から準備してた?」
「あら、わかっちゃった?」
エヘヘとエミは幸せそうに微笑んでいた。
「どうせだからおじさんおばさんにも挨拶しようと思って、結構早くから来てた」
「えっ、話したの?」
「話したよ。泣かれたよ」
「おう……」
我が両親よ。
そんなことで泣いてて、ええんか? ただまあ、不思議と絵面は容易に想像出来た。
「ウチの愚息なんかとありがとう。ありがとう。迷惑かけることになるけど、ごめんねって言われたよ」
……迷惑かけることになるけど、か。
もしかしてエミ、その迷惑をかけることを転校のことと曲解してしまったのではないだろうか。
だとしたら、両親から説明してもらう線もないのか? いいや、まだそうと決まったわけじゃ……ううむ。
「……難しい顔して、どうしたのよ」
「え」
間抜けな顔で物思いに耽っていると、エミが子供でもあやす親のような優しい微笑みで俺の隣の席に腰を下ろしていた。わざわざこちらを向くように腰掛けているから、足が触れ合っていた。ほのかに足伝いに、彼女の温もりを感じていた。
「何か不安なことでも……あるか。あって当然だよね。あたしだって、ツヨシと一時でも離れ離れになるの、嫌だもん」
エミの両手が俺の手を優しく包みこんだ。突然の行動に、俺の思考は追い付いていなかった。
「……このまま駆け落ちでもしよっか」
「たかだか転校で!?」
重い空気を醸し出すエミに、思わず突っ込んでしまった。
エミは不機嫌そうにぷくっと頬を膨らませていた。
「何よ、あたしと一緒にいたくないの?」
「いやそんなことはない」
「……じゃあ、いいじゃん」
重い重い重い重い。
仮に転校したとして。長くても離れ離れになる期間は一年とちょっとだぞ。そのために駆け落ちだなんて、家族のフォローを放棄するだなんて、ちょっと飛躍しすぎでは?
なんとも言えず、俺は間抜けな顔をしていた。
「……っぷ」
堪えきれなくなったのは、エミだった。
「あはは。冗談だよ冗談。最近ツヨシいじりが足りてなかったなと思って、ちょっといじめたかったの」
……心配して損した。
「もうー。不貞腐れた顔しないでよ、このこの。あはは。本当もう、この顔たまらないなあ。魚拓にして部屋に飾りたいくらいだよー」
「いや怖いわ」
なんで俺、不貞腐れた顔を墨まみれにされなきゃならんのだ。
「ただ……約束だよ? ちゃんと大学は一緒のところに進学してよね」
突然しおらしくなったエミに、俺は一瞬戸惑った。そして、温かい気持ちが胸に溢れた。
「わかった。必ずそうする」
「ラインは毎日必ずしてよ」
「わかった」
仮に転校したらね。
「もし電話出なかったら、出るまで五分おきに電話するから」
「いちいち病んでる風を装わないでくれる?」
「……もし装ってなかったら、ツヨシはどう思う?」
「またそんなことを言う」
呆れたようにそっぽを向いて、しばらくしてエミを見た。
……エミの顔は真剣だった。
「……エミに心配されることは、どうあれ嬉しい、かな」
真剣な顔に気圧されて、変なことを宣った。
しばらくして、
「あはは」
エミは満足げに微笑んだ。
「もう学校行かなきゃいけない時間だね」
「え」
ほ、本当だ。まだ朝ご飯、一口も口つけてないんだけど。
「ほら、着替えてきて」
「いや、朝ご飯」
「今日は我慢して」
えぇ……。
「また明日、作ってあげるからさ」
エミの微笑みはとても魅力的に見えた。
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