転校撤回する術はあるのだろうか?
一夜が明けて、ベッドから体を起こすと、どうしてかいつもより体が重くてうだつが上がらない気分だった。
カーテンを明けて朝日を浴びて、体を伸ばすとゆっくりと昨日の記憶が蘇ってきた。
……恥ずかしいことをした。
エミとの関係修復という当初の目的は果たせたものの、衆人が拝聴している中であんな話をしてしまうだなんて。
若気の至りだ。盛り上がった内心を止めることは、どうにも出来なかった。
「人は後悔を繰り返して成長していくんだろう」
「そうだね。急に悟ってどうしたの?」
「えっ」
部屋の中から聞こえた声には覚えがあった。というか、昨日あれだけやんちゃした相手の声だった。
「エミ、なんでいる?」
「おはよう。いやあ、今日は良い天気だね」
「そうだね。で、なんでいるの?」
早速俺、若気の至りでもないのに後悔してしまったじゃないか。悟りを開く情けない姿を見られて。
「ツヨシ君。そんなわかりきった話を聞くのかい?」
エミは腕を組んで俺の部屋の勉強机の椅子にふんぞり返っていた。なんか少し腹が立つなあ。
「昨日あれだけのことがあって、それは白々しいんじゃないかい?」
「……はあ」
つまり?
口には出さず、顔で気持ちを訴えた。どうやらそれは伝わったらしく、エミは少し怒ったように眉をひそめた。
「……あたし達、もう恋人同士じゃないのかよぅ……」
囁く彼女の言葉を理解した。
……うむぅ。恥ずかしい。
確かに、昨日あんなことをあんなところでやれば……そうなるのだろう。
あれ、でもそれ、恥ずかしいけど嬉しいな。
「そうなるな」
「……しかも、ただの恋人じゃないんだよ?」
伏し目がちにエミが言った。
「……小さい頃からの付き合いで、両想いだったんだよ? 気持ちが抑えられずに家に押しかけるに決まってるじゃん」
「ふむ」
まあわからなくもないし、嬉しい限りだ。
ただふと思い出した彼女の告白は……随分とサド的な物言いだった気がする不思議。
「それに、こういう機会ももう限られていくんだよ?」
「ん?」
「ツヨシ、そろそろ転校しちゃうんだよ? 大学進学すればまた会えるとは言え、それまでは会えなくなっちゃう。思い出をたくさん残したいと思うのは当然じゃん」
「それで、家に来たと」
「うん。たくさん寝顔の写真撮ったよ」
「えっ」
いつの間に。
少々驚いていると、エミが微笑ましい笑顔でスマホの待受にした俺の寝顔の写真を見せてくれた。
愛されているな、俺。
しみじみと思った。そして、彼女に愛されていることを自覚して思った。
……昨日は面倒になりまあいいやと思ったが、キチンと話して信じてもらえるなら信じてもらいたいなあ。
ずっと彼女の隣に立てる男になりたいと思ってきた。そのためにしてきた努力は数知れず。成果を出せたものもあれば、徒労に終わったものもある。
だけど、結果を残せるようにいつだって全力でなにかに当たってきた。後腐れないようにぶち当たってきた。
あの件は、エミとの関係が修復出来た今、俺に残された最大の後腐れる話。
出来る事なら、彼女が忘れる前にキチンと解決したかった。
彼女に、俺はゆっくりと近寄った。
「エミ」
「ぴゃあっ!」
両肩を掴み、真剣な眼差しでエミを見つめると、彼女から不可解な声が漏れた。
「な、何? ……もしかして、オオカミ? オオカミになっちゃう?」
「いやそれはない」
首を振ると、エミがご立腹とばかりに頬を膨らませていた。
「謝りたいことがあるんだ」
「……なあに?」
「転校のこと」
エミが俯いた。
「あの件な。ごめん。俺の勘違いだったんだよ。父さんが京都に行こうなんて変な顔で言うもんだから、転校するんだと勘違いして、そうして伝えるチャンスがないと思ったから、エミに好意を伝えた。でも、実は俺達が京都へ行くのは旅行で……。とにかく俺、転校なんてしないんだ」
結構詳細に語った気がするが……結果は果たして。
「……ツヨシ」
熱っぽい瞳で、エミが俺を見つめていた。
……もしや?
「さすがにそんな漫画みたいな話、信じるわけ無いじゃんっ」
駄目かー。
「そんなの、あたし読んだこともないけど、漫画どころかラノベくらいでしかないよ。あれね。売れないラノベ。一巻は発売されるけど、売上が低調で、二巻には打ち切りされる。
そんなつまらないラノベみたいな話だよ? 信じないよー」
下手なラノベみたいな展開にして悪かったな。
……ふう。
まあ、これでも駄目となるならば、時間をかけてゆっくりと誤解を解消していくしかないのだろう。
なにせ俺、本当に転校するわけじゃないからな。
「とりあえず、学校行くか」
「うんっ! 手を繋いで行こうね!」
それにしても……恋に積極的になったエミに、俺はたじたじだった。




