作者も困惑
後輩藤平さんは、俺に二つの案を迫った。どちらかは必ず選べ。そういう条件の上、俺の願いに協力し、そして二つの案を示した。
一つは、最早言うまでもなく、エミの家にもう一度訪問しろ、というものだった。これは……正直、無理。だって怖いんだもの。
であれば、聞く前から既に俺の頭の中では、二つ目の案をする、ということで決まっていて、願わくばなるべく気楽なやつにしてくれ、と呑気に願っていたくらいだった。
『今日、吹奏楽部の練習終わり、音楽室に乗り込んでその場で決着させてください!』
呑気に願っていたもう一つの案は……公衆の面前でエミに話しかけろ、という選択肢だった。
一瞬、逡巡した。
どっちも嫌だ。帰る!
と尻尾を巻いて逃げ出そうと思ったのだ。
……だけど、常々この後輩女子に言われている言葉と、俺を見つめる彼女の熱い視線に気づいた時、逃げるという選択肢も俺の前から消え失せたのだった。
結果、こうして俺はエミにラブジェネ風告白シーンを決め込んだわけだ。
え?
世代じゃないだろって?
そういうのいいから。正論で苦しめるの止めろよ、ロジハラだぞ。
……ふう。
というわけで茶番に近い回想も終わったが、これどうやってこの場を収めようか。
一先ず、話をさせてくれ、と願った俺に対するエミの答えを待とうと思った。
「……嫌」
うっひょー。心おれそー♪
……ぐす。
ふう。
ええい、こうなりゃやけだ。
「なんでだよ。……頼むよ。話くらいさせてくれよ」
「嫌」
「エミ……」
「だって……ツヨシ、転校するんでしょ?」
「いや、しないけど」
「嘘っ!」
音楽室いっぱいにエミの声が木霊した。
気付けば、俺とエミの様子を……部員達と顧問が見守っていた。顔が熱い。穴があったら入りたい。
「だって、もう全校生徒の噂になっているじゃない! ツヨシがいなくなるって、再選しなきゃって! 生徒会長に俺はなるっ! て皆言っているじゃない!」
「この学校、そんなに野心家いたの?」
そういう野心は最初の生徒会選挙の時から出せよ。
俺が転校することになるからよかったものの、そうでなかったら君達のその野心、叶うことなかったよ?
いや、俺転校しないんだけどさ。
……というか、ふと気付いた。
「というかさ、俺が転校するから俺と口聞かないって、よく意味がわからないんだけど」
「わかってよ!」
「うおうっ」
一層大きな叫び声に、俺は思わずたじろいだ。
ようやくこちらを振り返ったエミは、涙を流していた。
「……ずっと一緒にいた。小さい頃、君が転校してきたあの日から、お姉ちゃんになった気分で、弟が出来たみたいな気持ちだった。
君を虐めるのが楽しかった。凹む君を見るのが好きだった。ちょっと慰めるとコロッと微笑む君の顔が好きだった。あたしを置いて成長しようとする君が好きだったっ。
好きだった!
ずっと好きだったの! ツヨシのことが好きだったの!」
……顔が、熱かった。
「でも、君はあたしを置いて行くんでしょ……? 置いて行って……この気持ちを、無下にする! あたしを不幸にしようとする!」
「だから、転校しないって」
「嘘言わないでよっ!」
いや、嘘ってなんだか、もう俺にはわからんわ。
……なんだかなあ。
この一週間、エミからもおじさんからもクラスメイトからも学校の生徒全員からも、転校する転校する言われ、結局信じてくれたのは藤平さんただ一人。
理解されているんだかされていないんだか。
……でも、あれか。
こういうの、初動が大事って言うもんな。パンデミックの時も、何より一番大切なのは病原菌をそこに入れないこと。つまり、初動が全てを決めるのだ。
そういう意味では俺は……初動で大失敗を犯したわけで。
その結果がこれであれば、やはり悪いのは俺なのだろう。いや、パンデミックとこの件を一緒くたに語っていいのかはわからんが。
ただ思っていた。
いっそ認めた方が楽になるんじゃないかって。
多分どうせ、時間が過ぎれば皆、俺が転校するとか宣っていたことを忘れるだろうし。これ以上頑なになるくらいだったら、人の噂も七十五日。それに賭けてみた方が最終的には早期解決が見込めるのではないだろうか。
うん。もういいや。乗ってみよう。俺は意固地だけど、その辺は柔軟な男なのだ。そうなんだと言い聞かせた。
「もしかしたら、確かに俺は転校するかもしれない」
あくまで、かもしれない。まあ、一寸先は闇とも言うし。
涙を蓄えたエミに睨まれた。
「でも……別に一生の別れってわけじゃないだろう?」
「……ぅん」
「おじさんに、大学に入ったらエミの家に住み込みしていいって言われたんだ」
「え?」
「だから……その、なんだ」
俺は言い辛そうに頭を掻いた。何が言い辛いって、別に高校生活も彼女が卒業するまでは別れるわけではないからだ。
「少なくとも大学生になったら、また会える」
少なくとも、ね。高校卒業するまでも会えるし、何ならずっと隣の家にいるよ。
「それじゃ、不満か?」
エミはしばらく放心し、俯いて首を横に振った。
「浮気、しない?」
「へ?」
しばらくして言ったエミの台詞に、俺は間抜けな声を出した。
エミが俺を睨んだ。
「浮気はしないって聞いたのっ」
「し、しない」
「……時々デート、してくれる?」
「それは余裕」
「だ、大学は同じところに来てくれる?」
「そのつもりです」
頬を紅潮させたエミが、俺の胸めがけて飛び込んできた。
そのままうわんうわんと大泣きするエミを……俺は、苦笑して抱きかかえることしか出来なかった。
肝心なところは一切解決されていないが……少なくとも、これは関係修復は果たせたのだろう。
その結果に気付いた頃、俺達の修羅場を見守っていた部員と顧問から温かい拍手が巻き上がった。
祝福されているみたいで……少しだけ恥ずかしくて、嬉しかった。
彼女も同じ気持ちであれば、心から嬉しく思えた。
……肝心なところは、解決されてないけどねっ!
斜め上の展開すぎて思考がおいつかない。考えなしで書くものではない。




