俺、魔王になります。
邪悪な魔王が率いる魔王軍と人の戦いが起きている世界。
魔王上のほど近くにある王都カルビ、そこでは日々魔王を倒すために冒険者が依頼をこなしていた。
そして都の中央の広場、そこに勇者を名乗る男がいた。
「俺は女神より神託を得た、勇者マコトである!」
名乗りを上げながら聖剣を掲げる。彼の持つ聖剣は文字通り女神からの授かりものだ。
彼自身も女神の加護によって、超人的にまで能力がブーストされている。
地面を蹴れば軽く20メートルほど飛ぶことができ、その剣は風圧を起こし天候すら変える。
いついかなる劣勢時でも余裕と笑顔を忘れず、そしてすべてを救う英雄。
彼を勇者と認めない人はおそらくこの世界にはいないだろう。
でもそれでも俺におよばない。
俺は何故か生まれた時より超人的な力を持っていて、100メートルの跳躍が可能だし、
パンチで天候を変える。でも英雄になる気はなかったのだ。それは勇者とかに任せればいい。
できれば静かに生活していきたい。
俺はそんな旅芸人だ。世界最強の最弱職業だ。
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昨日、魔王を倒した。それもグーパンチで。
あれはそう、無理して遠くまでクエストに行った時のことだ。
慣れない土地で道に迷い、途中で地図を風に飛ばされ、金は尽き、腹も減り
まさに死にそうなところ偶然魔王城に着いてしまい、疲れていたので一日だけ休ませてもらおうと城の主のところまで行った。
寝ぼけていたのでその時は気づかなかったが突然襲い掛かってきたのが魔王だった。
俺はとっさに襲い掛かってくる魔王に向けて拳を振るうと、暴風が発生した。
その暴風が消えたころには魔王は魔王城の壁にめり込んでいた。
「見事なり……勇者よ……。」
寝ぼけている旅芸人に一撃でやられたことは教えないであげた。魔王の面目のためだ。
魔王を倒したことをそっくりそのまま民衆に伝えるわけにはいかない。
それでは俺が英雄にされる。もしくは嘘を吐いたと晒しものにされるかだがどちらも嫌だ。
勇者に取り入って合わせてもらうかも考えたが勇者とは仲良くしていないし、
プライドが高そうなのでそれも面倒だ。
俺は魔王の鎧を借りて、魔王城にある食料を食べながら一つの案を考えた。
そして今日に戻る。
「フハハハハハ!よく来たな、勇者よ!」
「魔王!今日こそ倒してやる!」
俺が魔王になり切るしかない!
勇者マコトは俺と対峙している。向こうは殺意むき出しだが俺には彼を殺す気はない。
魔王をやっている以上、仲間の魔物たちのことも気に掛ける必要があるため、
先ほど広場で聖剣掲げながらドヤ顔で発表していた、勇者の行軍ルートで待っていた。
予想通り勇者たちはやってきたのだが、
「ねぇ、この後予定ある?」
「いや。ないよ。」
「じゃあさ後で新しくできた防具屋行かない?かわいい鎧が欲しいの。」
「わかったわかった。そうやって俺に買わせる気だろ。」
「買ってくれないの?」
「もちろん買ってあげるさ。下着まで全部ね。」
「あ~ずる―い!私も行く!」
「じゃあみんなで行こうか。」
男女女のなんともうらやましい編成だ。俺が勇者を好まないのはこういうところだ。
彼は人からの好意に気づいていて、そのうえでハーレムをやっているのだ。
俺が潜んでいた岩場から出ると、おもむろに勇者の顔がオスから男に変化した。
「魔王?!なぜここに!」
見てたのか?とも言いたそうなその表現に俺はほんの少しちょっとだけむかついた。
「私がどこにいてもいいだろう!」
「何で少し泣いてんの?」
「黙れ!泣いてなどいないわ!」
「まあちょうどいい!まだ俺たちが消耗しないうちに会えたのは好都合!」
勇者が聖剣を抜き構える。それだけで場の空気が変わる。
勇者の聖剣は大剣なのでそれなりの重さがあるはずだが彼は軽々と扱う。
女神の加護か、本人の努力かは知らないが。
俺も拳を構える。大抵の攻撃なら魔王の鎧で無効化できるがさすがに聖剣は無理だ。
「今日こそお前を倒す!うぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
そして勇者と魔王がぶつかり合った。この時少し地形が変わり地図を作る業者が大忙しになった。
勝負は引き分けだ。とはいっても終始俺がリードして逃げるタイミングも作ってあげたのだが。
勇者からすれば、なんとかして逃げるタイミングを作ったと思っているらしい。
今は鎧を脱いでいる。鎧さえ脱げば魔王じゃなくなるので楽だ。
今も町は妥当魔王ブームの真っ最中で、
「魔王をどっちが仕留められるか競争しようぜ。」
「魔王を倒したものには俺の娘と結婚する権利を与える!」
「俺と魔王討伐のためのパーティ組んでくれる人はいるかぁー?!」
「ビフテキ食べたい……」
(ごめんなさい。もう倒しちゃってます。)
皆口々に魔王討伐についての話をしている。やる気に満ち溢れているがその魔王がもう死んでいることを
誰も知らない。俺もビフテキが食べたい。
町にいる俺はただの旅芸人。身体能力が高すぎるのだがそれが見た目に現れないので、
パーティにも入れてもらえないかわいそうな旅芸人という見られ方をしている。
基本的に憐みの目を笑いながら向けてくるのが主だが、何事にも例外はある。
「よお!ソロ芸人。今日も生活に困ってるのか?」
聞き覚えのある声がしたので振り返ってみると知る人間がそこにいた。
「……イクスか。お前は今日も順調みたいだな。」
イクスとは一応長い付き合いだ。名声では俺と天と地ほどの差がある。
彼の職業はバトルマスター。武器は魔剣イヴィルブリンガー、最高ランクの大剣。
そして彼自身高いステータスを持っており、剣だけでなく格闘も可能。
正直勇者と競えるくらいの力はあると思う。
こいつはそれを鼻にかけて何かと俺をバカにしてくる。
「おうよ。今日は10メートルくらいのトロール倒したんだぜ。」
「だからそんなに女連れてるのか。」
イクスは、ちょっとでも功績をあげるとすぐにパーティを開きたがる。俺も一度招かれて行ったがそこは
大量の女、酒、金、たまにバイオレンス。俺には1兆年早いステージだ。
「お前も来るか?」
「ひけらかしたいだけだろ。行かないぞ。」
「まあソロ芸人のお前じゃ、俺のパーティに来ても何もできないか!」
さすがにこれには少し腹が立った。こいつはこういうことがたまにある。
「お前……人が黙ってればべらべらと。」
「お?なら闘るか?ちょうど暴れたりないんだよなぁ。」
イクスはシャドーボクシングをしながら挑発してきた。
少し考えてみた。イクスと喧嘩したらどうなるかを。
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酒場でも冒険者の乱闘はよくある。日常茶飯事だ。
そのせいで冒険ができなくなるほどの、深手を負ったり最悪死ぬ冒険者が出始めた。
だからか喧嘩が起きるとジャッジが付いてやりすぎないようセーブするようになった。
いつの間にか駆けの要素が加わり娯楽と化しているのだが。
「いくぜ!ソロ芸人。俺にたてつこうとしたこと後悔させてやるよ。」
「お手柔らかに。」
イクスの喧嘩とあってか観客が多い。彼らは仕事しなくていいのだろうか。
「さあ!ご立会いの皆さま!どちらが勝つか、賭けてください。」
「まあ普通イクスだよな。」
「イクスが勝つっしょぉ!」
「イクスー!!応援してる!」(黄色い声)
「いや……もしかしたら、イクスは昨日カキを食べて腹を壊しているかもしれない!」
「それならイクスが負ける可能性もあるな。」
「でも本当にカキを食べていたのか……?誤って生肉を食べていた可能性のほうが……」
「いや生肉は食わんだろ。」
まあ自分の妄想だとしてもこうなるよな。
そしてあらかた、予想が終わった。
結果は圧倒的にイクスに入れている人が多い。俺に入れているのはごく少数。
それもスリルを楽しみたい人種とか考えなしに投票したバカばかりだ。
「お二方、準備はよろしいですかー!それじゃ始めー!」
ゴングが鳴ると同時にイクスが俺に向かって飛び込んでくる。
顔面に右ストレートを打ち込む気だ。そこに俺も拳を合わせる。
「おおっとー!これは!クロスカウン……」
言い切る前に轟音が鳴った。そう俺とイクスの拳は同時に当たった。
そのおかげでイクスは俺の拳をもろに受けて、天候を変えるほどの風圧によって吹き飛んだのだ。
「えぇ……。」
観衆もジャッジも呆気に取られている。彼らは互角の喧嘩かイクスのワンマンプレーが見たかったのだろう。
それを最初の一撃で俺が全て吹っ飛ばしてしまったのだ。
イクスは失神してしまっている。
野次を飛ばす観客。状況に置いて行かれるジャッジ。
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そんな地獄が連想された。
「……いや、いい。」
「マジでビビんなよ。冗談だって。」
俺がビビっているのは、イクスをぶん殴った後のことなのだが、
そんな俺の心中はつゆしらず、イクスは調子を良くして去っていった。
イクスと別れてほどなくして背後から再び話しかけられた。
「あれ?久しぶりね。」
またもや知る声だ。今日は知り合いと会うことが多い。
とはいえ俺の個人的な知り合いはイクスと目の前の彼女だけだ。
「久しぶりだなガチャ姫。」
「だからガチャ姫言うなって言ってるでしょ!」
ガチャ姫。本名不詳。ガチャ姫の由来はまた後にしておくとして、彼女も
めちゃくちゃ強い。下手したらイクスどころか勇者よりも強いまである。
でもさすがに俺には負けると思う。
彼女は腰まで届く金髪を揺らしながら会話を続ける。
「最近会わないなって思ってたのよね。もしかしてあなたも魔王討伐を目指してるの?」
彼女とは一回クエストに行っただけなのだが、彼女も俺も基本がソロな為か会えば話す程度の中になっている。
まあそれはそれとして魔王討伐を目指しているのか、それを俺に聞くか。
「おぉ……おお!まあな。」
「魔王が復活してから15年たったと言われていたけど、つい最近まではその魔王の存在自体が曖昧だった。勇者が存在を確認してから、冒険者たちが活発になってそのおかげで魔物の被害も減っているのだから別に魔王にこだわる理由もないのよね。」
面倒な部分をすべて説明してくれる彼女の優しさに俺は涙が出そうだった。
彼女はおそらく魔王を討伐した後のことを言っているのだろう。
魔王を倒した後、力を持て余した人の矛先はどこへ向かうのか。
真摯に魔物退治に取り組むような善良な冒険者が果たして何人いるのか。
それを考えると俺がやっていることも無駄ではない気がする。最初は全くそんな気はなかったけど。
「お前、いい事言うなぁ。」
「そ……そう?ありがとう。」
ガチャ姫の頬が赤くなる。彼女は少し褒めるとすぐにこうなるのでチョロくて面白い。
その時、王都の教会に備え付けられている鐘の音が鳴った。
「これは?!」
「緊急事態を知らせるロデオコール!」
そんな名前だったのか。今知った。
「な……なんだ?!」
「魔王軍の侵攻か?」
「くそっ魔王め!まさか俺のビフテキを取りに来たのか!」
魔王はもうすでにいません。どこかの旅芸人が一撃で倒してしまったのです。
今後こういうよくわからない感情が芽生えることが増えるのだろう。
しかし今の状況下で緊急事態などいったい何が起きているのだろうか。