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肉じゃがの味付けは千差万別です。

「わ、あ、可愛いポーチ」


「看護師だと、色々と入れておくものがあるだろうと思って、」


コーヒーを淹れながら、鹿島はそっと、もう一つの小箱をポケットから出した。


ちら、と後ろを見ると、小梅はポーチをくるくると回したり、中を開けて覗き込んだりしている。


その姿にほっと胸をなで下ろす。


鹿島は冷蔵庫からケーキの箱を取り出すのと引き換えに、リボンの掛かった小箱をその中に入れた。


「ほら、さっき食べ損ねたケーキを食べよう」


小梅がこの家へと来た最初、先に昼ご飯を食べることとなり、後回しにしたケーキを冷蔵庫に仕舞っておいたものだ。


ポーチのプレゼントを喜んでくれた小梅の嬉しそうな笑顔を、このケーキでまた堪能できるかもと思うと、鹿島の気持ちも少しだけ軽くなった。


小梅が大好きな苺がたくさん乗ったホールケーキを、鹿島自らが注文して取りにいったものだ。


そのケーキを机に置くと、小梅がすぐに座り込んできて、見て良いですか? と問うてくる。


子どものようにそわそわする小梅を見て、可愛いなと笑いながらも、鹿島がいいよとオッケーを出す。すると、小梅は箱を器用に開けると中からケーキを引っ張り出し、案の定と言える興奮した声を上げた。


「わああ、すごいっ」


小梅の弾んだ声が、鹿島の胸に響く。どこかがこそばゆいような気持ちになり、鹿島は慌てて頭を掻いた。


「会社近くのケーキ屋が美味しいって聞いたもんだから」


「すごいです、これ、私の名前まで……」


「小梅ちゃん、なんて子どもっぽかったかな?」


「そんなことないです。おばあちゃんが居た時は、」


一呼吸あって、小梅が続ける。


「……こういうの、買ってもらってましたし」


亡くなった祖母を思い出し、声が震えそうになるのを我慢している姿を見て、鹿島はぶわっと湧いてくる愛しさ見舞われた。


その愛しさに押されるようにして、鹿島は小梅を抱き締めた。


「誕生日、おめでとう」


胸の中で、「ありがとうございます」と小さく聞こえてくる。


鹿島は頬をくっつけて、小梅の体温を確認した。


(おばあさんは亡くなってしまったけど、君は生きている……)


小梅のおばあさんを何度も見舞っていた鹿島にも、胸に迫るものがあった。小梅を抱き締めている腕にぐっと力を入れると、鹿島はもう一度おめでとう、と言った。


「ロウソクにも火をつけよう」


「あ、その前にこれ、片付けますね」


ラップをしてある、残った肉じゃがを両手で持つ。


「明日、食べるよ。本当に美味しかった」


「あ、ありがとうございます」


小梅が立ち上がり、冷蔵庫へと向かう。


そして。


扉に手を掛けた時、鹿島は中に入れた小箱を思い出して、飛び上がった。


「失礼します」


小梅が冷蔵庫のドアを開けた。


半開きになっていた冷蔵庫のドアを、鹿島は小梅の背後から押さえるようにして、バタンっと乱暴に閉めた。


「お、俺が仕舞うよ」


しまった、と思った。


小梅から慌てて、肉じゃがの皿を奪うと、冷蔵庫の前に身体を滑り込ませる。


「ごめんなさい、えっと、……見えちゃいましたが」


鹿島は慌てて、「な、何が?」と訊く。


「プレゼント、でした」


もちろんプレゼント用に買ったのだから、それなりの包装にしてある。誕生日の小梅が、自分がもらえると勘違いしても、責められなかった。


鹿島は、慌てて言った。


「これは、違うんだ。これは、その……そういうんじゃないんだ」


小梅のきょとんとした顔。


「違うんだ、これはプレゼントとかじゃなくて」


そして、その表情が崩れていく。


「あ、ごめんなさい。他に誰か、」


「違うっ、そうじゃないっ」


鹿島が叫んだ拍子に、手に持っていた肉じゃがの皿が揺れた。汁が波を打って、かけたラップから溢れた。


「あ、くそっ」


「私、拭きます」


小梅がシンクの前へと滑り出て、台拭きを水で濡らす。鹿島の足元にしゃがみ込み、ささっと拭いた。


その顔が、眉が、唇が、歪んでいる。


鹿島は、自分の顔色が真っ青になって、血の気が引いていくのを感じた。


前にも、他の女性といるのを浮気と勘違いされて、小梅に距離を取られた経緯がある。


「小梅ちゃん、これは違うんだ」


床を拭き続ける小梅の黒髪に話し掛ける。


「はい、大丈夫です。大丈夫、大丈夫、」


顔を上げて、にこっと笑う。その間も、台拭きを持った手は、床を拭き続けている。


鹿島は、観念した。


(だめだ、こんなことで君を……失えない)


冷蔵庫を開けて、肉じゃがを入れ、そして小箱を取り出した。それはひやりと冷たくなっていて、鹿島の体温を奪っていく。


(また誤解されるだなんて……そんなのはダメだ)


情けない自分を奮い立たせる。


「小梅ちゃん、これ」


小梅の前にしゃがみ込み、そっと差し出す。


「実は……本当は、こっちが本命のプレゼントなんだ」


小梅は顔を上げて台拭きを側に避けて置くと、両手でそっと小箱を包んだ。


「あ、えっと、」


「本当だよ、君に買ったんだ。開けてくれれば、直ぐにわかる」


「?」


小梅は包装を解いていった。


(ああ、もうダメだ。嫌われる、……でも、誤解させたまま、終わりたくない)


包装紙を破るその指を見る。その左手の薬指には、二つのシルバーリング。


一つは鹿島が買い、そしてもう一つは小梅が自分で買ったものだ。


視線がその薬指に釘付けになる。


「うわあ、綺麗」


小梅の声にはっとして正気を戻すと、鹿島は無理矢理にも笑った。


「そんな大きなダイヤじゃないから、そこまで、た、高くないし、深い意味はないから、その、普段使いにしてもらえれば、と、……思って」


震えそうになる声を抑える。


「これ、本物ですよね?」


「んえ?」


思いも寄らぬ問い掛けで、変な声が出てしまった。


「本物のダイヤは、初めて見ました。これはすごい、これはすごいですっ」


「うん、まあ」


「綺麗ですねえ、キラキラ光ってますよ」


その小梅の反応に、戸惑う。


「そ、そうだね」


そして。


あろうことか。


「つけて良いですか?」


うん、と鹿島が答えると、小梅は左手の薬指にぶすっと差した。


「こ、小梅ちゃん、」


え、と思った。まさか、左の薬指にはめてもらえるとは思わなかった。


「い、いいの?」


シンプルな二つのシルバーリングに、ダイヤのリングが加わる。それを満足そうに見ていた小梅が、きょとんと顔を上げた。


「え? 何が、です?」


「あ、や、」


鹿島が混乱していると、次第に小梅の顔が真っ赤に染まっていった。


「あ、違います? もしかして、あわわわわ」


真っ赤になりつつも慌てて薬指からリングを抜こうとする手を、がっと両手で押さえると、鹿島も自分の顔が火照ってくるのを感じながら、叫んだ。


「違わない、違わない、違わないからっっっっ」


「いやいや、私、うわあ、やっちゃったあ。めっちゃ、恥ずかしいー‼︎」


悶える小梅を見て、鹿島はふっと吹き出すと、大笑いした。


「違う違う、良いんだ、ここでっ‼︎ サイズ、ぴったりでしょ?」


「ふわあ、ホントですか? ほんとに、ホント?」


「本当だよ、ねえ、小梅ちゃん……」


鹿島が小梅を抱き締める。


「俺の、俺だけのために、これからも肉じゃが、作ってください」


両手で大照れの顔を隠しながら、はい、と頷く小梅をさらに抱き締めると、愚かな自分をアホらしく思う溜め息と、心からの安堵の息とを、鹿島は盛大に吐いたのだった。



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