ジャガイモはキタアカリです。
「どうぞ、入って」
マンションだとは聞いていたけれど、ここまで高級マンションは見たことも聞いたこともないので、想像のしようがない。
「うわああ、すごい」
玄関は広く目の前の廊下を進むと、ぱあっとひらけて広いリビングが目に飛び込んできた。
ソファや絨毯はふかふかだし、全ての家具が新品みたいに綺麗でピカピカと光っている。
ほえーと思っていると、「小梅ちゃん、鍋、ここに置いて」キッチンへと入っていく。鹿島さんの身長に合わせてあるのか、シンクやカウンターが高い位置にある。カウンターを手でそっと触ると、滑らかな石の冷たい温度を感じた。
その上に鍋を置く。
「広くて綺麗なお部屋ですね」
「ありがとう。でも全然生活感はないだろう? 平日は仕事から帰って寝るだけだし、休日はほとんど本とか読んで過ごすから、あんまり汚れないしね」
私が、辺りを見回していると、鹿島さんが笑いながら、ぐるっと見たら? 案内するよ、と言った。
「うわあ、大きいベッドですね」
寝室は、ちょっとだけ恥ずかしくて見られない。けれど、いつも鹿島さんはこの大きなベッドで眠っているんだ。ふかふかそうな布団。さっきから、ふかふかばっかりだな。
「で、ここが洗面所」
一通り、見回ってからリビングへと戻る。戻ると、いつのまにかケーキの箱が、テーブルの上に置いてあった。
「ケーキでも食べようか」
「はいっ」
「コーヒー淹れるよ」
「私も作ってきたんです。後で食べましょう。ちょっとコンロを貸してもらっても良いですか?」
「ん、いいよ」
コーヒーを淹れる鹿島さんの横で、私はブランケットを開けた。
「何作ってくれたの?」
鹿島さんが覗き込んでくる。
ドキッと心臓が跳ねた。
この前は、このシュチュエーションでキス、をした。
「あ、えっと肉じゃがです」
新聞紙をがさがさと開けると、鍋が出てきた。蓋を開けると、湯気がほわっと上がり、良い匂いがそこら中に漂った。
「うわ、美味しそう」
優しい鹿島さんの声を聞きながら、私は笑って「秋田さんの直伝です。味は間違いないですよ」と言った。
けれど。
鹿島さんが。
「うん、それはわかっているんだけど……」
声が曇っていって、コーヒーのマグカップを持った手が止まる。
「?」
鹿島さんの横顔を見る。高い鼻の付け根に付いているその瞳は、半分ほど伏せられて、悲しそうにも見える。
「あの、鹿島さん、」
「彼は、その……よく小梅ちゃんに触るよね」
「えっ」
私は驚いて、持っていた蓋を落っことしそうになった。
「さっきも、頭、撫でられていたよね」
「え、え、え。あれは……秋田さん、挨拶がわりにああいうことするんであって、別に深い意味は……」
「俺も、触ってもいい?」
どわー⁉︎
「ちょちょ、待って、待って、いやいや、」
両手で真っ赤になっているであろう顔を、覆う。
「嫌、かな」
恥ずか死ぬう。
「嫌、では、ないです」
私の心臓はキッチンタイマーのように、いや、時限タイマーのように脈打っている。そのうち、いや近いうち、ぼんっと爆発するぞ。
後頭部そっとに手を置かれる。あのハンドルを握っていた大きな手が、頭をナデナデしている。
「うわあ、もうだめ」
「だめ?」
笑いを含む、優しい声。
両手を顔から外して、肉じゃがをコンロへと乗せる。IHのスイッチを入れると、鹿島さんの方を見た。
途端に、頬を両手で覆われる。鹿島さんの熱を持った体温がほっぺに伝わってきて、しかもそっと指先で耳を撫でた。
「ん、」
引き続き、火照った赤い顔と、爆弾を抱えた心臓と、震える手。
鹿島さんの顔が、とても近い。
「ああ、可愛い」
引き寄せられて、抱き締められた。
(鹿島さんの家に来たばかりだってのに、これ、どうなっちゃうのー‼︎)
私は、その震える手で、鹿島さんの背中をぎゅっと抱き締め返した。
ワイシャツから、鹿島さんの匂い。ほわわーっとしていると、頭を再度ナデナデされた。
肉じゃがの鍋から漂っていた匂いは、いつのまにか届かなくなっていた。