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リア0to10   作者: ウイクエ
4/8

第3幕 会長

嘉館グループ本社ビルの、エレベーター前にて。

火宮と上尾が立っている。


既に時刻は、23時を回っていた。

「何でこんな時間に会長の所に?」

「それは言えん。嘉館の一大事に関わることだからな。」

欠伸を上げながら問う上尾に、火宮が答える。


こんな時間に彼らがここにいる理由。それは勿論ーー

「例の手紙っすか? 何の内容なんです?」

上尾は興味津々といった様子で、火宮に尋ねる。


火宮はため息を吐くと、上尾に言う。

「いいか、我々執事に最も求められるものはなんだ?」

その問いには上尾も、少し考えて答える。

「……有能さ?」


火宮はそれに対し。

「ただ有能なだけなら、超一流の執事にはなれない。最も求められるものは、見ざる、言わざる、聞かざる。」

「日光東照宮!」

「言うと思ったわ! ……つまり、主人の事情に対して妙な詮索をしないことだ。」

相変わらず茶化す上尾に、火宮は諭す。


「そんなもんすか?」

「所詮、主人の身の回りの世話さえしていればいいんだ、我々執事なんてものは。我々の主人になるような方々は、皆それなりの事情を抱えていらっしゃる。だから、さっきのようなことも含め、その事情を詮索することはよろしくないのだ。」

「要するに……面倒には巻き込まれたくないってことでしょ!」

諭されているにもかかわらず、上尾は尚も茶化す。



「だから、口を慎めと……はあ、もう今日だけで何回言ったことやら……まあ、お前はお前で安心するよ。」

「褒め言葉って受け取っていいっすか?」

「調子に乗るな!」

相変わらずのこのやりとりの中、火宮の携帯から着信音が。


「はい、私です……はい、会長すみません! こんな時間まで起きていただくことになってしまい……え? 会長室へ?い、いえそんなお気遣いなく! ……え?会長が座ってお話したいだけ? で、ですよね〜……はい、失礼します。」

火宮は電話を切り、ようやく来たエレベーターに乗り込むと行き先ボタンを押す。


「見事な中間管理職ですね〜!」

「こんな時にふざけるな!」

「……すみません。」

空気を読まぬ上尾に、火宮もついに切れる。


が、次には力無く額に手を当て。

「……はあ、お会いするだけでも緊張ものなのに、それが会長室へとは……」

大きくため息を吐く。


「執事長はこう、よくお会いしているのかと

思いました。」

「私ですら、お会いできるのは直属の秘書に特別な申請をし、更にそれが通った時だけだ。」

「え、よくこの短時間で……」

その上尾の言葉に、火宮はえへんと言わんばかりに胸を張り。


「そこは執事長の貫禄というものだ。それもこれも私が実直に……」

と、そこへエレベーター到着音が響く。


「あ、そろそろ行きましょう。」

「聞けよ!」

御託を途中で遮られ、火宮は憤慨するが。



上尾と火宮は、そのまま会長室と表札に書かれたドアの前に立つ。

「いいか? くれぐれも……」

「へいへい。」


上尾に釘を刺し、火宮がドアを開けるとーー

「お帰りなさいませ、ご主人様!」

そこには、メイド姿の少女が。


間違えましたとばかり、火宮は速やかにドアを閉める。

「ええっと、会長室はどこだ〜?」

「なんかドアの向こう、秋葉原に通じてましたね。」

え?じゃあどこ○もドア?などと二人が言い合っている内に、再びあのドアが開く。


「ひどいよ!渚をいじめた!」

憤慨するのは、あのメイド姿の少女である。


「やっぱここだったの〜!?」

「し、失礼しました!」

気を取り直して二人が会長室へ入ると、奥には嘉館グループ会長・嘉館清蔵(せいぞう)が座っている。


「とにかく、話を始めよう。こんな時間に私を起こしているとはどういうことか、分かっているな?」

咳払いをすると、清蔵は早くも圧をかける。


「はい……」

「お〜、やっぱり会長怖〜」

二人は怯え、縮こまる。


そこへ縮こまらない者が一名、いた。

「ご主人様、ひどいの〜、この人たち渚をいじめたの〜」

渚と名乗る、あのメイド姿の少女である。



「ばか、今この状態で……」

「会長ブチ切れるぞ〜」

二人とも小声で、渚を責める。


二人とも清蔵が激怒するのを、想像するがーー


「え〜、そうなんですか〜? ひどい人達でしゅね〜!」

清蔵から返ってきたのは、突然の猫撫で声であった。


火宮も上尾も、これにはさすがにドン引きする。

清蔵は咳払いをし、今度は火宮と上尾を真っ先に見つめると。

「……おほん、ではそこの執事君、火宮と話したいので外してくれないか?」

上尾に席外しを頼む。


「え……いや、そんな固い……」

相変わらず空気の読めぬ、上尾であるが。


「渚が一緒に遊んであげる〜!」

「ええ!? ちょちょちょ火宮さん!」

渚に腕を掴まれて引き摺られ、狼狽える。


「ま、ハードラック!」

火宮も親指を立てて、ただ見送る。

上尾は、そのまま室外に連れて行かれる。


()()()が居なくなり、気を取り直した清蔵は。

「それで、手紙の内容は?」

本題に入る。


「はい、手紙は会長宛のもので、内容は……『過去の罪を暴かれたくなければ自ら告白しろ』と」

「……そんな内容はデタラメだ! 私をそんなことで呼び出したのか!?」

火宮の話を聞いた清蔵は、激怒する。


「会長……」

「……お前はクビだ。明日から屋敷を出て行ってもらう!」

清蔵は火宮に、解雇を言い渡す。

本来ならば大きく動揺する所であるが、火宮は清蔵に引っかかるものを感じ、問う。


「……何を動揺されることがあるのです?」

「見苦しいぞ! 処分が不満か!? なら大枚の退職金をやろうか!?」

尚も怒りが収まらない清蔵であるが。


火宮は毅然として、続ける。

「そんなものは要りません! 出て行けというのなら出て行きます、でも! その前に、私を安心させていただけませんか?」


「……何だと?」

火宮のこの言葉には、清蔵も固まる。


「私には分かります。会長は、今動揺されていると。何がそこまで会長を不安にさせるのかは分かりません。それについて詮索することはいたしません。ですが、本当に何もないなら何もないと、何かあるなら何かあると言ってほしいのです。」


清蔵は椅子に座り直し、答える。

「……ある。私を不安にさせるものはある。だがそれは、お前の手をわざわざ煩わせるものでもない。信じてくれ。」


「……はい、お話いただきありがとうございます。」

火宮も穏やかに返す。

ならば安心だ。この身がクビになろうとーー


と、突然。上尾がドアを開け、入ってくる。

「ふははは、にゃんにゃん萌え〜!」

そのまま床に倒れ込む。


何やらマタタビでも嗅がされた、猫のようである。

渚も、遅れて入ってくると。

つまらなさそうに上尾を、足であしらう。

「もう終わり? こいつつまんない。ご主人様、遊ぼ?」


そのまま上尾から目を離した渚は、清蔵に甘える。

「おおよちよち……では、ご苦労だった。火宮、下がってよい。」


「はい……」

そのまま火宮は、出て行こうとする。

名残惜しいが、もうここに来ることもないのかーー


が、清蔵は去り際に、声をかける。

「明日は、成人の晴れ舞台だ。くれぐれもよろしく頼む。」


「!? ……会長。」

火宮は清蔵の方を振り返る。

それはまさかーー


「今後も、屋敷のことを頼む。」

清蔵は穏やかな顔で、火宮に言う。


「ありがとうございます。失礼します。」

火宮は一瞬顔を綻ばせるが、いけないとばかり、すぐに顔を引き締め。

そのまま上尾を引きずり、会長室を出て行く。


そのままエレベーターに乗り、一階に降りると。

「おい上尾、起きろ、上尾!」

上尾を目覚めさせようとするが。


「ふははは、もう中毒状態……」

上尾はまったく、起きる気配がない。

こうなったら。


「ほら、起きんか!」

「ひでぶー! ……は、俺は一体何を……」

火宮の()()()使()により、上尾はついに目を覚ます。


「秘書の毒に当てられたか……」

「秘書!? あいつが秘書!?」

上尾は驚愕する。あのメイドが、秘書!?


「他にそれっぽいのいたか?」

「い、いえ……一番ぽくないやつならいましたけど……」

「あれが秘書だ。」

「マジっすか……さっきは、その会長のご趣味がどうかって話してたんですか?」

ドサクサに紛れて、先ほどの会長室での会話の内容を聞き出そうとする上尾だが。


「そんなことお前が知る必要はない。」

火宮はすげなく返す。


「ええー、冷たいなあ……」

上尾のその言葉には火宮も、右の拳を上げかけるが。

かろうじて左手で抑え、引っ込めて言う。


「ただ、これだけは言っておく。あの手紙のことは気にするな、ていうか忘れろ。」

「いきなり何すか!?」

上尾はまたも驚く。じゃあさっきまでのあの深刻さはーー


「それだけだ、じゃあな。」

「あ、ちょっと」

新たに湧いた上尾の疑問に、火宮が答えてくれるはずもなく。


そのまま火宮は先に、本社ビルを出て行く。

上尾も、続く。

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