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私たちは青春に飢えている  作者: おじぃ
私たちは青春に飢えている
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私の周りにいる男子、結構粒揃いじゃん!

 ぞろぞろぞろぞろ、朝の通勤時間。私たち湘南海岸学院の陸上競技部員も通勤客に混じって電車に乗り込んだ。


 タララランランタンタラタンタタン♪


 5番線の発車メロディー『希望の轍』のイントロが流れた。電車で横浜よこはま、東京方面へ出かける茅ヶ崎市民はサザンオールスターズのこの名曲を耳に旅立つのだ。


 え? 同じ東京方面でも3番線は違う? うん、都内でも聞くような音楽だね。


 茅ヶ崎駅は相模さがみ線の始発点1、2番線と、東海道線のライナー(座席定員制有料快速列車)専用3、4番線、東海道線の普通や快速、一部のライナーと臨時特急まで全てが乗り入れる5、6番線にホームが別れるやや大きな駅。


 5、6番線には『希望の轍』が採用されていて、6番線はサビ部分が流れる。


 カタンカタン、カタンカタン。駅を出てすぐ、レールの継ぎ目を通過する心地よい音が響く。


『次は、辻堂です。The next station is Tsujido』


 自動放送が流れた。ハッキリと聞き取りやすい女性の声。


 茅ヶ崎駅7時1分発、東海道線(上野東京ライン)東京方面の上野うえの行き。部活の遠征でよく乗る電車。きょうは不入斗いりやまず競技場で今年最後の記録会。通勤時間帯の真っ只中で運転間隔の詰まった電車は原チャリでも追い抜けそうなくらいゆっくり走っている。駅を出て最初の小さな踏切に差し掛かったとき、熱海あたみ行きの電車と擦れ違って車体がビュンビュン左右に煽られ、ドアがガタガタ震えた。


 いいな、熱海。温泉入ってゆっくりしたい。しかしこの時間、熱海行きの電車に乗っている人も行楽客はごく少数。行き先が観光地というだけで中身はスーツや学生服姿の人が大半を占める普通の通勤電車だ。


 きょうは12月27日。もう仕事納めをした職場や冬休み中の学校が多いからか、電車はいつもより空いていた。とはいえ座席は全て埋まっていて、立っている人が十数人いる。普段この倍くらいは立っている。


 先頭車両同士が連結していて三方が壁になっているスペースに私とまどかちゃんは陣取り、スポーツバッグを前に抱え背を預けていた。


 背後には広々とした運転台がある。ハンドルやモニター、計器類があり、アニメに出てくる大きい人型ロボットのコックピットみたい。その向こうに後ろの車両のフロントガラスが見えて、車両が左右に揺れているのが一目でわかる。


 ここは車両全体を俯瞰できる位置。6割くらいがスマホを操作、3割くらいが頭を垂れるか窓や化粧板に頭を押し付け瞼を閉じている。残りの1割は読書していたり、じっと立っているか座っている。


 電車は人の物語を詰め込んだ箱。この車両に乗り合わせている人のほとんどは心に余裕がなく、何かに追われ、生きづらい日々を凌ぐのに精一杯に見える。


 画面を引っ張るようになぞったり、指でリズミカルに叩いている人はゲーム、画面下部でひたすら指を躍らせている人は長文メールや原稿の打ち込みだろうか。


 この人たち、学生時代はどう過ごしたのだろう。


 この中に、個性的で面白い人生を送っている人はいるのかな。


 電車内でもサングラスを掛けているセンコーは私たちの目の前にいて、手錠を嵌められたポーズで一つの吊り革を両手で掴み、ドア上の電光掲示板にスクロールされる文字を目で追っている。


 腹黒女子部員たちは車両の一番奥、トイレ横のドアの前でひそひそ盛り上がっている。なんか怪しい。


「おい、リュックは背負わないで棚に載せるか手で持ってろ」


 車両の中央部、武道のいる男子グループに部長らしく注意した翔馬。スーツ姿のおじさんたちが座る席の前でトーク中(トーンは普通だけど静かな車内では声がよく響いて迷惑だと思う)の彼らは、面白くなさげにリュックを棚に載せた。武道だけは最初から載せていて、心ここに在らずとぼんやりしている。これから想い人、つぐみちゃんに会う緊張感と彼女に対する日頃の恋煩いからくるものだろう。


 いいな、恋。


 でも、誰を好きになれっていうの?


 翔馬に注意された男子どもはガキ過ぎて論外。


 他に1年生の男子部員が一人いる。どのグループにも属さず大人しい、しかしほとんどみんなと分け隔てなく接せる子。霞がかった白いオーラを放ち、知的で洗練され神々しい。


 そんな彼の入部動機は、有事の際に逃げ切るため体力を付けたいかららしい。災害、事故、狂気などなど、世の中は危険がいっぱいだから十二分に納得できる。専門種目は短距離で、フォームやスターティングブロックの使い方などは主に私が教えている。


 分け隔てなさから『自由電子』と呼ばれる彼は単独で山側のドア脇、しかも着席中の人が鬱陶しくないようにパーテーションから少し身を離して立ち、私たちに背を見せ車窓を眺めている。


 山側のドアは私たちがこの電車を降りる大船駅まで開かず乗降妨害にならないほか、途中駅から座りたくて座席の前に立っている人にも迷惑をかけない。


 通勤時間帯の電車は同じ人が決まった位置に乗っていることが多く、あそこに座っている人は近くの駅で降りるからと、その席の前に立つ人が多い。


 彼がしていることは公共の場では当たり前の配慮だけど、それができない人の多いこの世の中では、際立って高尚に見えるのだ。


 貨物列車やライナーが走る上下2本の線路を隔て流れるはテニスコート、小さな畑、住宅地。普段と変わらない車窓。少しばかり紅が残る北東の白んだ朝空に、彼は何を感じているのかな。


 大船駅で横須賀よこすか線に乗り換え、更に横須賀駅から衣笠きぬがさ駅行きのバスに乗って十数分、不入斗橋いりやまずばしバス停で下車。山に囲まれた横須賀の街外れに位置する商店街は道路のアップダウンが激しく、まばゆい朝陽が照らす街を北風が吹き下ろしている。寒い。


 競技場に着くと各校早々にテントを張る。分担して柱を組み、木槌きづちで粘土質の地にプラスチック製の杭を打ち込む。プラスチックなので下手に打ち込むと折れてしまうから要注意。


「あ、木槌はね、柄の下のほうを持ってスナップを効かせるとラクで早く打ち込めるんだよ」


 自由電子くんが柄の中央を持って懸命に打ち込んでいたので、隣で別の杭を打っていた私が手本を見せた。柄の下のほうを持っての打ち込みは、慣れないうちは狙いが定まらず指を打撃しそうな気がして怖いんだよね。


「こう、ですか?」


 自由電子くんは狙いを定めつつ私が言った通りに木槌を振り、一発打ち込んで恐る恐る確認してきた。


「そうそう! 上手だね、この調子!」


「ありがとうございます」


「うん!」


 ふふっと、微笑みかけ、私は自分の杭打ちの続きを始めた。


 ふわっとした雰囲気で一見頼りなさそうだけど、彼はいわゆる男らしさとは違う、高潔な意思や思想を持った肝の据わり方をしている。目を見てそう思った。


 彼をもっとよく知りたい。


 そう思ったけど、深く知ると自分が呑み込まれてしまいそうで怖い。


 犯罪のニオイとか暴力的な類ではなく、その白百合のような高貴な品位に、私は接近を許されない、そんな感じがする。


 私の心情を察したのか、一足早く杭打ちを終えたまどかちゃんがフリーズした私を無言で見つめていた。


「まどかちゃんいつも早いね」


「うん、家で日曜大工やってるからね」


「カッコイイ、イケメン!」


「イケメンって言われても嬉しくないし。この応酬何度目だよ」


 そう言って頬を膨らませるまどかちゃんは、案外満更でもなさそう。


「知らん。カッコかわいい!」


「かわいいとは思ってないだろ」


「うん、まぁ、キレイ系だよね」


「そ、そう……」


 ふふふふふ、照れてる照れてる。頬が紅潮して、これはかわいいぞ。


「おはようございまーす!」


 私たちの隣の区画にテントを張る学校が到着した。私たちも努めて元気に挨拶を返した。


「おっ、湘南海岸じゃん!」


 湘南海岸学院。私たちが通う学校。


「おっはよー! そういう君たちは鵠沼海岸くげぬまかいがんじゃん!」


 鵠沼海岸学院。藤沢市にあるつぐみちゃんの所属している学校だ。


 いま私と会話しているのは小中学校の同級生で、中学では同じく陸上競技部にいた長距離選手の種差たねさしりく。陸上をやるために生まれてきたような名前で、小学生時代から「俺、中学生になったら陸上部入る!」と意気込んでいた。


 中学初頭から既に長距離走が得意だった翔馬をライバル視していて、当時そんなに速くなかった陸は努力重ね、いつしかタイムを競い合えるようになっていた。


 そんな彼を、私は純粋にかっこいいと思う。しかも気取らない性格だから会話しやすい。


 あれ? 私の周りにいる男子、陸、翔馬、自由電子くん、結構粒揃いじゃん……!


 近くにいると気付かないってやつだ。


「おはよう、沙希ちゃん、まどかちゃん!」


 陸の背後にいた一人の女の子がひょっこり顔を出して、まばゆい挨拶をしてきた。


「お、おはよう……!」


「おはよう。沙希、なにキョドッてんのさ」


「だ、だって、つぐみちゃんかわいいんだもん!」


 わああ、つぐみちゃんはきょうもかわいいなぁ。同じ茅ヶ崎東海岸育ちとは思えない芋っ子感とすべすべの白い肌! 武道が惚れるのも納得だわ。


「えっ、えっえっ、こういうとき、なんて言えばいいのかな?」


 動揺するつぐみちゃん。


「何も言わなくていい。素直に愛でられていればいいのだっ」


 ギュッ! つぐみちゃんに抱き付いて頬擦り。うおう、すべすべもちもちほっぺだ。


 さて、どのタイミングで武道とコンタクトを取らせようか。


 こうしてもぎゅもぎゅしている間にも我欲に溺れるだけでなく、ちゃんと仲間を想っている私はやっぱりスペシャリストだ。夢のような女子、白浜沙希、武道の恋を叶えるためにレッツアクション!


 お読みいただき誠にありがとうございます。


 物語はここで約4分の1。次回からいよいよ恋愛模様が動き出します!

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