つぐみと武道の初デート in 横須賀
武道くんと付き合い始めて半月ほど経過し、私たちはもうファーストネームで呼び合うようになっていた。
八重桜も散ってしまった日曜日、私たちは部活の大会予選で横須賀の不入斗競技場に来ていた。彼と初めて言葉を交わした、一生忘れない思い出の場所。黄金色の葉を付けていた木々はすっかり裸になり、代わりにあのときに裸だった木々が透き通るみずみずしい葉を付けて春風に揺られている。
先週の日曜日、私たちはここ横須賀で初デートをした。
今回も湘南海岸学院の隣にテントを張った鵠沼海岸学院。テントを張る場所は各校決まっていて、毎回同じ場所となっている。
テントの中で出場の順番を待ちながら、デートの日を振り返る。
この横須賀という街、全国的には米軍の基地や海軍カレーなどで知られているけれど、実は私の大好きないくつかのアニメがこの街を舞台に描かれていて、以前から街を歩いてみたかった。
部活ではただ競技場に行くだけで街巡りはできず、せっかく来ても「いつかゆっくり観光したいな」という願望を抱くだけだった。
武道くんは以前から艦艇が気になっていたというので、お互い合意に至った。
アニメに登場する場所も艦艇がある場所も、ほとんどが横須賀の中心部。朝10時ころからゆっくり街巡りをしても、15時ころには行き尽くした感に見舞われた。
もうちょっと一緒にいたいね。
そう思うも、部活以外では訪れなかった横須賀を私たちはよく知らず、少しの間、外国人の多いどぶ板通りや中央のメインストリートを当てもなく歩いていた。
どぶ板通りはまるでアメリカのストリートを歩いているようで、開け広げられたバーでは昼間にも拘わらず外国人たちがガヤガヤ酒盛りをしていた。歩いている人々は武道くんを凌駕するほど体格が良く、ギャングのように堂々としていて、物怖じした私は思わず彼に身を寄せた。
「凄い通りだったな」
「そ、そだね……」
引っ切り無しに路線バスが行き交うメインストリートに出た。
行き先別にバス乗り場が異なるようで、バスターミナルでもないのにいくつもの停留所が縦列。バスに乗れば新しい発見ができるかな。
「ねぇ武道くん、路線バスの旅、してみない?」
「おう、いいなそれ! 最近流行ってるよな! やってみよう!」
バス停のポールに記された行き先の一つが聞き覚えのある場所だったので、そのバスを待って終点まで行ってみた。
観音崎。東京湾、浦賀水道に面した断崖絶壁に近い地形の崎で、武道くんには少々窮屈な日本初の洋式灯台に上がった。
そこから見下ろす景色は、深い緑に覆われた岸壁、深く青い海にはタンカーが往来し、その向こうには房総半島の深い緑と、標高の低い所に構える小さな建物もぽつぽつと見える。
左手をよく見ると、ずっと遠くに横浜ランドマークタワーがうっすら見えて、全体を見渡すと地球の丸みを実感する。
半島に囲まれながらも広い広い水平線の見えるきらきらした茅ヶ崎の海、対してここ観音崎は、すぐ近くの房総半島と向き合っていて閉鎖的なのに、高いところから見渡すと360度の青と緑を見渡せる、まるでジャングルのような果てしない自然の神秘を感じる、深い広さがある。
茅ヶ崎と横須賀はそんなに離れていないのに、こうも違うんだ。
普段、茅ヶ崎からあまり出ず、他所の街へ出掛けるといえば部活の遠征くらい。アニメの聖地巡礼をしてみたいとは思うものの、インドア派の私は茅ヶ崎に留まっている自分の暮らしに大きな不満はなかった。
不満はないけれど、たまにはこうして外へ繰り出して、ご当地アニメや艦艇、このダイナミックな景色、茅ヶ崎にはないものを知るのも、とても楽しいと思った。
もちろん、茅ヶ崎の街も大好き。落ち着きたいときは茅ヶ崎、ワクワクしたいときは横須賀や他の街かなと、私は思った。
「風、強いね」
「あぁ、でも、地球って本当に、丸いんだな」
「うん、凄いよね。なんだか自分がとてもちっぽけな存在に感じる」
「おう、なんだかよぉ、俺も学校ではでかくて浮いちまうけど、横須賀には自分よりデカイのがわんさかいて、極めつけはこの景色だ。なんだかよ、普段言われてる悪口とか、どうでも良くなっちまうなぁ」
「悪口?」
まさか武道くん、イジメられてるのかな。そうだったらやだな。とても大切で、純粋ないい人だから、そんな彼が苦しんでいるのはイヤだな。
「あぁ、ちょっとな」
「クラス? 部活?」
「部活だな。俺だけが言われているわけではないが、粗探しをして悪口を言いたがるヤツらがいる。見ていてすこぶる不愉快だが、どう注意すればいいのか美味い言葉が見付からなくてな。ああいうのは、過去の出来事とか家庭の問題とか。闇が深そうだから」
「そうなんだ。話してくれて嬉しい」
私はにっこり笑顔を作って、武道くんと顔を合わせた。
「俺のほうこそ、聞いてくれてありがとう、気持ちが楽になった」
「良かった。これからも、いいこと悪いこと、なんでもないこと、色んなお話を聞かせてくれたら嬉しい」
「おう、ありがとう!」
武道くんの苦しみはしっかり心に留め、再び非日常の世界に身を委ねる。
他にも2組、同じく時間、空間を共にしているカップルがいた。少し前まで私もいつかはと憧れていた彼らの仲間に、私も入っている。
そして夕方、横須賀駅前の波止場に浮かぶ黒く大きな艦艇は、オレンジの照明が灯され叙情的だった。ファーストキスにこそ至らなかったものの、やんわりした海風に包まれながらとてもロマンチックな時間を過ごし、あぁ、傷付いた分の幸せが訪れたと、ようやく報われた実感を得られた。




