一話
大事なことなので最初に言っておく。
俺は弱い奴が嫌いだ。
俺の足を弱い奴が引っ張ってくるのはマジで許せねぇ。
俺は間違いなくこのゲームで最強クラス――ゴッド級に上りつめる自信がある。だからこそ、弱いプレイヤーは俺の言うことを聞いておけばいい。
それなのに――
「あなたが倒されました」
学校のコンピュータ室でこのアナウンスを、もう何度聞いただろうか。
俺、尼子政那は親友の一也に『ゴッドサモナーズ』というマルチプレイヤーオンラインバトルアリーナ――通称MOBAと呼ばれるジャンルのオンラインゲームを勧められ、今から五ヶ月前に始めた。
そのゴッドサモナーズというゲームは、五対五のチーム戦で、それぞれのプレイヤーが『ヒーロー』と呼ばれる多種多様なキャラクターを動かし、協力しつつ三つの道沿い(上の道からそれぞれトップ・ミッド・ボット)に建っているタワーを破壊、最終的に相手チームの本拠地を破壊できれば勝利となる。
その一也は最高クラスのゴッド級プレイヤーであり、すでにいくつかのプロチームから勧誘を受けている。今は学業を優先したいということで丁重に断っているらしいが、そのくらい上手いプレイヤーだと俺も確信している。
俺と一也は、たまに一対一ができる特殊なマップでタイマンの勝負をしている。もちろん一也のほうが勝ち越しているものの、それでも俺が二割程度勝っていて、一也からも「政那は必ずゴッド級に行ける」というお墨付きも頂戴している。
それなのに、だ。
「何でまたミッドにジャングラーが来てるわけ?」
先程、ジャングラーという、レーンとレーンの間にある森の中のモンスターを討伐してお金と経験値を稼ぎつつ、各レーンを襲ってキルを狙うという役割の敵プレイヤーが、一対一を仕掛けている俺のところ――ミッドレーンを襲いに来た。
そいつが来なければ確実に仕留めることができただろう。味方にもジャングラーはいるが、そいつにも「キルできそうだからミッド周辺の視界を取れ」と言ったばかりだ。にも関わらず、そいつは自分の役割を遂行せず、視界外から襲われ、そして俺は死んだ。
「だって……近くの草むらに映ったから退いたほうがいいって私言ったもん」
またこれか。
この使えないジャングラーは俺の隣に座っている、同じ高校――石雲高校で同じくコンピュータ研究同好会所属の一年、毛利沙羅だ。
こいつは俺より少し遅れて三ヶ月前にこのゲームを始めたが、どうしようもない役立たずで困っている。たまたまレートが同じくらいだから二人で試合をこなしているが、実力差は歴然。こいつにタイマンで負けたことはないし、俺はプロの試合も暇さえあれば観てるから、知識においても違いがある。
まぁ、下手くそなのは俺より遅く始めたわけだし仕方ないにせよ、最大の問題はこいつが他人(俺)の話を聞かないことにある。
「さっき、キルできるから視界取れって言ったよな?」
「ミッドは有利そうだったし、相性悪くて苦戦してるトップの人を助けないといけないから……」
「あのな、俺が勝てればトップもボットも後で助けてやれるっていつも言ってるだろ? ミッドをキャンプすればいいんだよお前は」
隣同士でプレイしているため、マイクを使わずに俺と沙羅は会話をする。沙羅は俺の言葉に納得できないような、悲しい顔をしているのを横目でちらっと確認したものの、そんなことはどうでもいい。最終的に勝てばいいのだから。
こいつは俺の力を見くびっている。俺のいるミッドレーンをキャンプ――つまり、駐留して何度も何度も襲い、キルを連続して取って相手を無力化させることが勝利への近道だと何度も説明しているのに、沙羅ときたら味方全体を助けようとしてミッドを疎かにしてしまっている。
「でも……」
「いいからやれ」
か細い彼女の声を断ち切るように俺は語気を強める。沙羅は渋々口を閉ざし、死んだ俺の代わりにミッドレーンに入り、敵がミッドタワーを破壊しようとするのを妨害した。
彼女の操るヒーローは敵を倒すタイプではなく、味方のヒーローを回復させたり、敵のヒーローをスタンで行動阻害したりと、かなりサポート色が強い。ジャングラーであれば、もっとキル取れるヒーローをやったほうがいいと俺は前から提案しているのだが、彼女はいつもこう言う。
「私は味方をサポートして、その味方が活躍するところを見たい。それが楽しくてこのゲームをやってるの」
その言葉だけは、やけに俺の胸に響いている。
俺がガンクに遭って死んでから二十分後、俺と沙羅の画面に映っているのはDEFEATの六文字だった。そう、俺たちはこの試合――負けた。
「はぁ……勝てた試合だったのに。相手のミッド雑魚だし」
溜息を吐きながら、俺はパソコンのモニタ脇に置いてあるペットボトルを右手で掴む。左手で蓋を開け、スポーツドリンクを口に運び、試合中渇いてしまった喉を潤す。
試合の敗因は、やはりミッドが勝てなかったからだろう。俺が今回使ったヒーローは、序盤敵を圧倒できる性能を持っている。しかし、そこで敵をキルできないと、最終的には性能で劣ってしまうため、今回は強くなれないまま終わってしまった。その弱点をよくわかっていたからこそ、俺はリスクを承知で敵に積極的な嫌がらせ(ハラス)をして芽を摘み取ってしまおうとしたのだが……それを理解しているかいないかのジャングラー同士の差で負けてしまった。
沙羅は黙ったまま、マウスを操作している。ムカついたので「もうミッド以外行くな」と言おうとした時、背後から肩を掴まれた。
「そうカッカするなよ。沙羅も視界取って頑張っていたけど、今回はトップもミッドもボットも劣勢になったから仕方ない。できることはやっていたと思う」
声で誰なのかわかったが、念のため椅子を回転させて振り向くと、そこには俺の師匠、山中一也の姿があった。
彼もコンピュータ同好会の一員であり、このコンピュータ室で一也と遊ぶことも多い。しかし、ゴッドサモナーズにおいてはレートがかけ離れすぎており、ランク戦を一緒にプレイできないのが残念だ。それも俺のレートが低いせいなので、彼に追いつくしか手はない。
「いやいや、ミッドは本来劣勢にならなかったはずだし」
「政那はキルを取るのに夢中で聞き流してたかもしれないけど、沙羅はきちんと警鐘を鳴らしていた。確かにキルが欲しい場面だったけど、あそこは沙羅も遠くて援護できないし、大人しく引き下がるべきだよ」
そう言って、一也は沙羅の左肩を軽く叩いた。沙羅はそれが恥ずかしかったのか、少し顔を赤らめてキーボードに視線を落とす。
「時には我慢も必要。味方に怒っても、悪循環が生まれるだけだから。どんなに上手くても負ける試合はあるんだし、切り替えていこう」
一也は自分の手をパンパンと数回叩き、俺を諭す。
師匠であり、日本でも有数のミッドレーナーの一也の言うことは、だいたい信用して受け入れてきた。しかし、俺にだって譲れないものはある。
「いくらカズがそう言っても、さっきの試合は俺が正しいに決まってる――じゃ、俺は帰るから」
「あっ、あの――」
隣に座っている沙羅が何か言いたげだったが、それを無視し、パソコンをシャットダウンさせつつ立ち上がり、荷物を持ってコンピュータ室から出た。
俺は謝罪を求めているのではなく、一戦、一場面ごとの学習を求めていることに一体こいつはいつ気づくのだろうと、むしゃくしゃしてたまらない。
帰宅して飯も食わず、すぐにランク戦を回したが、結局この日は一勝もできず、ただレートが下がるだけで終わった。
このままでは底辺であるブロンズ級へと落ちてしまう焦燥感に駆られつつ、今日のところは不貞寝するしかなかった。