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「音楽はいいよね」澪は言う。澪は目を閉じて通信機の画面の中で音楽を聞いている。
「ううん、音楽だけじゃない。絵画もいい。映画もいい。芸術っていうのかな? そういうのって素晴らしいよね」澪はわかったような口を聞く。……まだきっと子供なのだ。
「たまには芸術家の魂に触れてさ、感動して、こう、創作をしてね、心に水を与えてあげないといけないよね。そうしないと心が枯れてしまうんだよ。いつの間にかね」澪はきっとその言葉を遥から教えてもらったのだろう?
少し考えてから、それはきっと遥だろうと夏は思う。夏も昔、遥から同じような内容の話を聞いたことがあったからだ。画面の中で目を閉じて、澪は心に水をあげている。澪は水のたとえを出したけれど、夏はどちらかというと心に鏡というイメージを持っていた。水をあげるのではなくて、鏡を拭くのだ。毎日、お風呂に入るように、毎日、歯を磨くように心を磨く。そうしないと心はいつの間にか曇ってしまう。ずっとその状態で放置していると、曇りは取れなくなってしまう。すると世界がよく見えなくなってしまうのだ。
……いや、世界だけじゃない。そこに映るものすべて。自分の顔だって、きっと見えなくなっちゃう。友達の顔も、見えなくなってしまう。そういうのはすごく嫌だな。夏は空を見上げる。そういえば最近、心を磨くことを忘れていたなと夏は思う。




