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第68話 流星

 衝撃に眩んだ視界(・・)。ぐらつく頭。

 青年は判然としない景色の有様を、もうろうとしながらも確認し始めていた。

 やがて全身の痛みに気付く。火傷らしい。

 服はボロボロに落ち、目を覆っていた眼帯までもどこかへ消えてしまっている。

 やっと意識と呼べるものを取り戻したフーゴは、すぐに直前まで一緒に居た者の心配をする。

 視界を研ぎ澄ませる。

 すると、わずかに何かが動いたのに気が付いた。

 脚を引きずりながら彼女のもとへ向かう。倒れている少女を抱き起す。

 名前を呼び、傷を探る。

 彼女に負わされたそれらが、取り返しのつかないほどのものだと言う事を知る。

 弾けた自分の衣服を破き、懸命に手当てを試みる。だが、少女自身がそれを止めた。

 弱々しく自分の手を握り、そして落ちた手のひら。

 青年は、愛する人から体温が失われていくのを感じていた。

 涙など出ない。

 あまりに苦しい声をあげて、青年は死を抱きしめた。

 同じ位置に居たはずなのに、彼だけ傷が軽かった理由がわかる。彼女の身体は、背中から多くの血を流していた。

 絶叫のうちに青年は、うずくまり塵の風に吹かれる。

 マルクを殺したのが誰なのか、彼にはすぐにわかった。

 眼球の無い閉じた目で前方を睨み付けると、女をそっと降ろし、あまりに酷い形相で走り出す。

 復讐だ。

 彼の疾走は復讐だ。

 浅ましき王の首を掻き切るために、イオニアスは風を薙ぎ倒して走った。


 ふと、前方の存在感に気付く。

 気配は、息を荒げてぐらついているようだ。

 大きな、大きな影だった。

 青年にいつも背中を向けていたその存在感は、はっきりとこちらに向かっている。親しんだはずの空気も、風向きが変われば恐ろしく思える。

 さきほどの爆風を凌いだ自分以外の物体。それが誰であるのか、なぜそこに立っているのか、フーゴにはすぐに分かった。


「退け!!!」


 声は、かつてないほど荒げられた。

 相手は一歩も下がらない。言葉も、ない。

 彼はすぐにでもそれを殴り倒してやろうと意気込んだが、思ったよりも傷つけられていた身体がきしむ。この期に及んだ善良すぎる絆が更に髪を引きちぎる。

 弱き盲目の鬼が歯を食いしばっていると、あちら方から声が転がってきた。


「これで……最後だな――」


 その瞬間、双方は己のすべきことを悟ったことだろう。

 たった二十年程度の壮大なる人生の末尾に、その足はどこを目指すべきかを知っただろう。

 ただ、前へ。

 自分にとっての前方へと、彼らの足は速められる。

 走って、吼える。

 残骸の砂丘と化した王都に、憐れで、猛々しい鼓動が響いた。

 一度きりの、果てしなく臓器を震わす打撃音。空へ舞い上がった塵と共に、それは(まり)のように落ちて消えた。

 後に続いた液体の垂れる音を最後に、空間は無音となった。

 少なくとも、悲運に涙ぐむ傍観者にとってそこは静かだった。

 墓石のように、互いを拳で支え合う影だけが、荒野に残った。




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