第63話 王域舞踏会・白旗
「これより魔女は、最後の攻撃に移る。敵防勢は脆弱だ。様子見など要らぬ。慈悲など無用だ。恐怖など必要ない。ただ、殺せ。ただ、復讐せよ。ただ、満たせ。我らの剣は、我らに向けられた罵声を食い殺すために在る。号と共に唸れ。走れ。砕け。さあ魔女よ――」
高らかに槍があがった。
「進撃せよ」
アリーの叫び声は轟いた。
遠距離間を音でつなぐ魔法によって号令を受けた三軍団の戦士たちは、一挙攻勢に打って出る。
魔女の作戦は、シャッツカマーの軍の全正面と接触し、敵戦力を薄く引き伸ばしたところを、三個に分割した突撃部隊で突破するという数の利を活かした大胆なものだった。
それぞれの部隊長を務めるのは、やはりドロノフ、カミラ、ウラ。アリーは後方に待機し、魔女狩りとの戦闘など必要な局面に軍を投じる役割を担う。
魔女のほとんどは戦争どころか訓練さえ経験していない者達だったが、完全に指示に従う事。敵を憎む事。この二点だけは叩きこまれている。それだけで、十分な統率力が発揮された。
魔女の攻撃は相も変わらず圧倒的で一方的なものであり、一国の最終戦力を結集した防勢すら容易に引きちぎった。
鉄の要塞は濁流に粉砕され、機関銃は射程を得る前に焼き尽くされる。
最後の抵抗とばかりに出撃する戦闘機も、百万に届く魔女の雷矢にかかれば紙も同然。
どんな全力をもってしても、どんな作戦を投じてみても、魔女の怒りは猛るバケモノのようになだれ込んでくる。
一時間の経過も要さずに、前線は総崩れとなった。
「遮蔽物を作れ!! 隠れて撃つんだ!」
片腕の大男は叫び、石造りの地面を割って隆起させた。
機関銃は惜しくも彼の頬をこする。
ブランクやエルザのように物質を維持できる魔法の持ち主は少ないが、この国の全ての魔女から選び抜かれた者達だ。砲をやり過ごすことなど息をする程度のもの。
迅速な連携で、平坦な道路だけが広がる土地を谷か森に変えてしまう。
新発明の自動車が悠々と走っていた風景は、あっという間に立体的な現実と化していった。
敵兵士の嘆く声が届く前に、ぼこぼこになった地形から火の雨が発せられる。
最新式の砲撃をかき消すほどのそれは、前大戦以上の規模を一目の内に悟らせた。
「よし!! 前進――」
ドロノフが腕を振り上げようとした。しかし、彼は次の行動を選べなかった。
目を覆う事を強制されたのだ。
壮烈な、太陽が降ってきたのかと疑うほどの、あまりにも強大な光。それそのものによって。
人間の目から視力をはく奪するのには十分すぎる光撃をやり過ごした彼は、必死の思いで発生源を探る。
それは、北方の空――いや、城のたもとだ。
当該地には、ウラの部隊が居る。
青ざめた男は、通信魔法を使える者を呼びつけた。
「アリー様に伝言! 今しがた強烈な光を確認した! ウラの部隊からの連絡はあるかと!」
しかし、返しの文句はこうだった。
「劣勢報告は無し。進撃を続けよ」
しばらく黙ったうえでの回答だった。
通信魔法を使える者同士の伝言であるから、彼女の口調から様子を量ることはできない。しかし、動揺しているのか、確認を取っているのか、確かに間があった。
ドロノフは舌打ちをしつつも、指揮混乱のリスク回避を優先して命令に従う。
彼は、ひたすらに王城を目指した。
光が収まった頃、間近でそれを喰らっていたウラの部隊は停止を余儀なくされていた。
それだけではない。リーダーの彼女が目を開けた時には、周囲の魔女たちは皆焼死体となり転がっていたのだ。
建物の影に居たウラは吹き飛ばされる程度で済んだが、これはあまりにも酷いダメージだ。
状況が飲み込めないままに辺りを見わたすと、真っ先に彼女の目に飛び込んできたものがある。
少女は、唖然とした。
「白き……旗――」
目玉が零れ落ちそうなほどに目を見開いたウラは、全身の力が抜けてしまっている。
そして、彼女の隙に満ちた気配を悟った敵は言い放った。
「出てくるがいい。二千人は死んだ。残るは一万程度です」
そのあまりにも正確な見切りと、歴然とした戦力に震えあがった魔女たちは、ちらほらと敗走を始めてしまう。だが、この事実に最もはっきりと応えたのはウラだった。
周囲に音が聞こえるほどに歯ぎしりして唸り声をあげた少女は、憎しみに満ちた表情で敵の前に飛び出した。
「貴様ァ――!!!」
高いがなり声がたくましく響く。
「それは……それはカーティスの物――」
血が滴るほど強く握られた拳を見て、敵の男は目を細めた。
「ゼルマ様の……いやアウレリア様のものだ!!!!」
ウラが強く指さした先には、男の携える白く長い槍があった。
輝く槍には、大きな、たった一点のくすみも無い真っ白な旗がなびく。
彼女は、その煌めきを備える人物に怒りの視線を刺しつける。
「この旗の歴など与り知らぬ。が、貴女をここで殺したということは覚えておきましょう」
女声で挑発を繰り返したのは、リコだった。
魔女狩りの隠し玉とやらは、この旗の事だったらしい。
たまりかねたウラは、激昂して地面を踏みつけた。
たちまち突き出た六本の槍は、彼女の華麗な演舞で投げ飛ばされ、次々にリコを襲う。
しかし、彼がその旗をひと薙ぎもすれば、あっという間に全ては蹴散らされる。
大輪の熱風とともに、ウラも鈍い悲鳴をあげ吹き飛ばされる。
路上に叩きつけられた少女は、よろめきながら立ち上がり、睨みをきかせた。
リコはその長身を一歩たりとも動かすことなく、少女を寄せ付けない。
我が物のように旗を使いこなす男に、歯を噛み折るほど怒ったウラは突進していく。
恐らく、彼女がこれほど憎悪に歪んだ表情を晒すのは初めてのことだろう。
それだけあの白い旗の持つ価値が、彼女にとって高かったのだ。
なんとしても取り戻さねばならない。激烈な悲鳴が台詞の代わりをする。
ウラの伸ばした手の先で、鉄が伸びて槍になる。
それを絶叫と共に敵めがけてまっすぐに投げつける。
ものともしないといった様子で白旗を振りかざしたリコだったが、一瞬のうちに勘が異変を理解した。
彼女の槍に、鋭利な風が宿っている。
刹那に速度を増した槍の一撃は、男の動きの半歩先を捉えた。
かわしきれなかったリコは、右腕を刃に切り裂かれ、よろめいた。
「これは――!」
明確な変化が発生したことに、男は動揺した。
出血を伴いながら、リコは少女を睨む。
彼女の血走った眼は、今にも第二撃を繰り出さんと吼える。
「魔法の昇華……よもや目にする時が」
ウラは渾身の力で大地を踏みしめ、両腕を投げ捨てるように振る。
あたり一面におびただしい数の槍が突きだし、一斉に天へと舞い上がる。
さながら雨のようにリコに降りかかる鉄槍。新たな風を纏った攻撃は、視認することすら困難なスピードを演出した。
旗の効力が間に合わないと悟ったリコは姿を消し、一瞬の間に数十メートルも移動した。
彼はカウンターでは追いつけない。その眼は、白旗を全開放する覚悟を決めたと見えた。