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第62話 王域舞踏会・包囲

「シャッツカマーが包囲されました」


 王城高層の議室に、伝令役の議員が入る。

 人手が決定的に不足している今、下々の者に混じって、こうして高嶺(たかね)の官僚どもも出来る事を手伝っている。

 王は男を部屋に招き入れると、大勢の軍人や議員らが詰めるその場所で再度宣言した。


「これより、バルトブルク王国は最終的抗戦行動を開始する。本作戦によってもたらされるものが、自陣の壊滅、国家の敗北である可能性は大いに高い。しかし、敵の破壊に報いるため、いずれ来る再起への足がかりとなるため、我々は魔女をひとりでも多く倒さなければならない」


 青年は、自身がいまだ青年であることを感じさせない。

 この絶望的な背水の陣、その筆頭に頑として立ち続ける若者の姿は、金色の出で立ちと共に後世に伝えられよう。

 場の者は彼の言葉の下、まさに一丸となっていた。


「自身の命、それ以外の為に戦うというのは、簡単な事ではない。だが、我らの戦果によって明日が変わる。この国の子らの未来が変わる。愛すべき者達の平和を突き崩さんとする敵の刃を、叩き落とす。それが、我々の死によって成し遂げられる」


 カルロスは立ち上がった。


「戦え。未来のために」



 シャッツカマーの外周は、要塞、城壁によって囲まれている。

 内部には中心の王城の他に、憲兵駐屯要塞、監獄、法廷、各種役務施設が存在する。正に国家の中核だ。

 そして、肝心の王城には脱出、補給用の地下通路がある。

 いくつかのルートに分岐してアーテム北部の山岳を目指すそれは、現在、住民や官僚の避難のために使われている。

 しかし大勢が通れるものではなく、隠されているために大規模な輸送は難しい。生き残りの半数程度は逃がすことができたが、まだかなりの時間がかかる。これを稼ぐことが、憲兵と魔女狩りの最期の仕事となる。



 北門がわずかに開く。火傷に塗れて帰り着いたのは、盲目の青年だった。背には脚を折った女性。手は彼女の息子らしき幼子を引いている。

 門の内ではまさに、夫が制止を振り切り妻子を探しに出て行きそうだという悶着が起きていた。

 その男は青年の連れ帰った顔ぶれを認識するや、息をするのも忘れて二人に飛びつく。

 上手くその場を離れたフーゴは、お礼の言葉をすり抜けて憲兵の要塞に足を急がせた。

 いよいよといった緊張が(たぎ)る道中、彼はローズマリーに捕まえられる。


「ようやく戻ってきやがったか! もう時間がねえ」


 これで最後だと焼け焦げだらけの青年は言う。

 二人は縄に引きずられるように駆けだした。

 正門方面に向いた要塞の門を叩くと、急かしの言葉と共に裏手に通された。上方に立ち並ぶいくつもの砲塔や銃座をちらとだけ見上げて、フーゴの暗い世界の暗雲はいっそう厚くなる。

 石と鉄筋の寒々しい廊下は、不穏な雷の轟く悪天候をひしひしと感じさせた。


わたしら( 魔女狩り )に出された命令はひとつだ。ハイラントフリートを殲滅せよ。未遂行での退去は許さんとよ」


 ローズマリーは死を覚悟しているらしい。半ば投げやりな態度で後方のフーゴに言い捨て、前だけ見て廊下を走る。

 フーゴもまた、その様子から限界の状況を悟った。


「ああ。わかってる」


 彼の心が定まり切らないでいるのが、誰の目にもはっきり映った。

 一区の民間人を助けに走り出したのは、ただの正義感ではない。駆けることで目を背けたかったのだ。アリーを撃てなかった、事実から。そのはずだ。

 青年の言葉には、まるで覇気がなかった。そのよろめいた返事を聞き届けるや、ローズマリーの足は音を立てて止まる。

 そして振り向きざまに、腑抜けた男を力いっぱい殴り飛ばした。


「ふざけるな!!!」


 倒れ際に頭を打たないだけ、まだ彼の身体は現状についてきている。

 しかし、そこから起き上がって殴り返すだけの気迫は、すでにない。

 女はわめいた。


「テメエみたいなヒツジ野郎は此処には要らねえ!!」


 打たれた青年は、倒れ伏したままだ。

 ローズマリーは手始めに、アリーを取り逃がした場で呆然としていた事について叱責する。次に、男の決意のもろさ、脆弱さを罵る。不甲斐なさを責めたてる。

 そして、最後に語る。直前までの威勢を抑圧して。


「てめえはもう選べない」


 フーゴはハッとして、ようやく上体を起こした。

 ローズマリーは拳を強く握る。


「戦うしかないのさ。守りたくもない、救う価値もないモノのためにでも。意味なんか無くても」


 彼女の目は、彼には見えない。

 だが、それが語るものを知ることはできる。

 魔女狩りの()は、左胸を親指で指した。


「俺も、そうだ」


 青年は、彼女の声に素顔を見た気がした。

 絶対的な静寂を見送った後、ゆっくりと立ち上がり、頷いた。

 この廊下の先に踏み出す一歩は、もう二度と踏みなおせない最後の一歩、最後の猶予。彼にとって、それはあまりにも慎重に経過した。


 狭い作戦室に入ると、二人を迎えたのは数人の尉官とリコ・シュトラウス。現場であるだけに、最先端、もとい末端の者達がそこに集った。

 開口一番に、リコはこう告げた。


「死ぬ覚悟はありますね」


 ローズマリーが片鼻で笑い飛ばしたのにたいし、フーゴはそこそこに頷く。

 相変わらずの無表情のまま、相変わらずの平坦な口調でリコは作戦概要を共有する。

 およそ十二倍の、覆された数的劣勢。しかも敵の全てが魔女である事。地下通路からの補給も乏しく、想定できる最大防御時間は十時間。王国はこの条件のもとに全ての避難を完了させ、自滅を選択する必要に迫られていた。

 そうした要点だけをまとめて述べると、彼は地図上で正確な配置を指示した。


「偵察力のない我らは散開し、全方位の脅威に対応する必要がある。ベンヤミン卿は依然所在不明、故に戦力は三人と確定する。よって、リコ・ラインハルト・シュトラウス、イオニアス・ベンソン、ローズマリー・フリードリヒ・ゼーベックを特殊分隊長として動員。それぞれ、北、南東、南西の小要塞に配置する。そして――」


 そこまで言うと、リコは言いよどんだ。

 長く繊細な髪がうなだれる。口に出す予定の言葉が、相当に惜しいものであるらしい。

 ついに、彼は決意を表明した。


白旗(しろはた)を使う」


 以前からその旨を知っていたローズマリーは沈黙し、意味を理解できないフーゴは眉をひそめた。


「禁忌など、既にこの王下には無用のもの……私が扱います」


 神妙な面持ちをわずかに維持した後、彼は戦力の確認を始めた。

 配備と補給の説明が終わると、さっそくリコは出発の為席を立つ。その足取りは、異様なほどつまずきのないものだった。

 そして、去り際に最後の顔ぶれを振りかえる。

 ローズマリーに対してはとくに視線を送り、もう一度向き直った後ろ姿で別れを告げる。


「二度と会う事はない。さらば、同志よ」


 女のような声は、いつにも増して透き通っていた。

 尉官が武運を祈る旨を述べ終わるまえに、彼は去る。

 二人の魔女狩りは、すぐに後を追った。



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