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第60話 大火踊れ

 アリーは、魔女の家を訪れていた。

 兄エドガーの能力で影の中を移動し、誰にも覚られず、十数分の間にここまで来た。

 彼女は小高い丘に建った三階の屋根に上がり、郊外から街の様子を見渡した。

 そこは、一面の火の海だった。

 一切の妥協を許さない、際限なき赤。

 これが、彼女の見たかったものなのだろうか。

 アリーは、じっくりと光景を見渡すや、目を見開いて大口を開けた。

 高らかな笑い声が打ちあがる。

 あちこちで乱発する爆発音が、佳境(かきょう)を盛大に盛り上げた。

 そして、満を持して叫ぶのだ。

 彼女は、大きく叫ぶのだ。

 あまりにも巨大な声で、こう叫ぶのだ。


「念願、成就せり」


 血の滲むほどに強く握った拳で両腕を広げる。

 焼け消える家々をしばらく眺め、彼女は、次の一手に踏み出す。

 その脚で屋根を蹴り、炎の中へと飛び出した。


 恐ろしいほどに軽快な足は、瞬く間に地獄を横断した。

 熱をすり抜け少し開けた通りまでやってくると、そこには数百とも言える少年少女が密集していた。

 彼らの目の前に降り立つと、指で空を切り裂き声を挙げる。


「続け!! 復讐を完遂せよ!!」


 それは、魔女の軍団だった。

 奴隷から解放された彼らは、アーテム中に散らばり時を待っていた。じっと息をひそめて、ハイラントフリートなどとは無縁となったかように、静かに。

 見えない爆弾は窺っていたのだ。この世のすべてに、復讐するべき時を。

 そしてこれからが、全く以ての正念場というわけだ。

 若き者達は、アリーとエドガーに続いて一斉に西へと走り出した。

 魔女の行進が目指す結果はただ一つ。市民を皆殺しにし、敵軍を挟み撃ちにすることだ。

 アーテム中で火を放った魔女たちが、一斉に、アリーの神への宣誓と共に動き出す。

 バルトブルクは、今日をもって世界から消えるのだ。


 魔女たちは、進撃の最中にも徹底した破壊を行った。家を燃やし、道路を切り裂いた。

 男が惑い狂い、慌てて家から出て来たところを斬り殺した。

 若者が軍団に気付き、付きそう女を庇うところを焼き殺した。

 老人が諦め、神に命乞いするところを貫き殺した。

 子どもが泣き叫び、母を呼ぶところを(くび)り殺した。

 魔法は飛び、ひたすらに人が死ぬ。

 全ての命は、魔女の前にひれ伏し消える。

 誰も逃れる事は出来ない。

 誰も抗う事は出来ない。

 過去と現在のツケを払ったのは、平和な世界だった。

 虐殺は、狂笑と共に完璧に行われた。






 王は、城の高窓から火を見つめていた。

 今は無線停止の原因を究明中。徹夜の末の、しばしの休息の時間のはずだった。

 しかし、彼はそこから目にしてしまった。

 刹那の内に、自国の民が絶ち消える様を。

 烈火が走り、悲鳴が叫ぶ地獄を。

 王は、ただ一言だけを零し、落とした。


「それがお前の答えか」


 惜しむような、憎しむような、そういう言葉だった。

 しばらくして、彼のドアを誰かが叩く。無線に関する報告の兵だ。

 青年は、背中でそれを聞いた。

 曰く、憲兵隊が通信監理局に向かったところ、そこは取り返しのつかない血の海だった。

 魔法で焼かれた跡があり、アリーの宣戦を全国に放送させられた末、抹殺されたものと考えられた。

 無言の王は、了とだけ返し、しばらく憮然(ぶぜん)としていた。


 後に緊急の招集に応じた青年は、再び議室に足を踏み入れた。

 しかし、そこには既に、小一時間前までの物々しい気配はない。

 机の資料に手を付ける者はなく、全ての大臣、軍人が姿勢を正して静座していた。

 その訳を理解できない王ではなかったが、彼はあえて問う。


「何をしている」


 ベレンキ陸将が、真っ先に口を開いた。

 年齢のわりに若々しかった男は、その威力を膝に落とし泣いた。


「王国、もはやこれまで」


 男が猛き人生のうちに初めて流したと言えよう無音の涙は、状況をたった一言で物語った。


「別の管理局との連携で一部の無線が回復。王、率直に報告申し上げます」


 ベレンキの向かい側に座った海大将が、誇りに泣く巨人の代わりに事を告げる。

 青年王は、入り口に立ち尽くしたままだ。


「この国は滅びました」


 その一言がどれほど悔しく、虚しく、苦痛であるかを、大陸軍大将につられた皆の表情が語る。

 奮闘虚しく。

 国を守る軍人にとって、これほどの無念はない。

 海大将は、続けて結末を話す。


「王都アーテムの、第四区を除いたほぼ全域において、魔女が蜂起。ご覧の通り、火が放たれ、殺戮が繰り返されています。また、事態は此処に留まらず。アーテムの主要都市、ベルネブット割譲県でさえ、同様の作戦行動が展開されている模様。この国全土が――」


 海将は、最後まで言葉を続けることができなかった。

 その震える声を抱きとめるように、いつの間にか近くへ寄ってきた王が彼の肩に手を置く。


「城がある。王が居る。バルトブルクは、まだ死んではいない」


 だが、海将は彼の言葉に怒りの形相で振り返った。


「何を仰られるか!!! 民が居ねば国ではない!! 土地が無ければ王ではない!! 降伏の余地なし! 殲滅を待つのみの我らに、自衛せよと、足掻けと言うのですか!!」


「その通りだ」


 怒鳴り声でまくしたてた男は、あまりにも凛然とした王の瞳に黙らされた。

 常に己の確信を覆さない彼の出で立ちは、たったそれだけであらゆる者を平伏させる。


「シャッツカマー憲兵隊に、周囲の民を保護するよう命ぜよ。同時に、区門の防衛強化を行い、一時間で出来得る限りの避難を完了させる。可能なら第四区の主力軍へ、無線で撤退を命ぜよ。交戦を徹底して避けること、住民の救助。それを優先事項とせよ。然る後に、最終防衛に臨む」


 ただ一人諦めていなかった王の、全く動揺の無い透き通った指示に、議場の軍人たちはハッとさせられた。

 簡単に投げ捨てられるわけがない。

 全身の命を預かる頭脳が考えることを止めてはならない。

 使命を思い出した男たちは、最大限の()をもって腹に力を込めなおす。

 復讐戦争は、未だ終わらない。



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