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アウレリア・カーティス

 ああ。


 私はあの日を、仮に種火の日と()む。

 多くの人間が死んだ日であり、そして、私自身が死んだ日である。



 私は、バルトブルク南西端のエアトベーレンで生まれた。森ばかりで未開の郡だが、我ら一族はそこに身を置いていた。

 隠れていたのだ。遥か昔に、兄の裏切りによって滅ぼされた女王の運命を、私たちは共有していた。

 そうだ。私はカーティス王家の末裔。

 滅びし魔女の王国の、正当なる後継者だ。

 その事実こそが、私の生まれ持った宿命だった。


 自我の芽生えよりも早く、私は氏族の経緯を教え込まれ、家族同様に密かに血脈を守ってゆくつもりで幼少期を過ごした。

 私は偉大なる王に近しい外見を持っていたから尚更のことであったが、息を潜めながらの小規模な生活だった。だが、それは決して苦しいものではなかった。

 穏やかで、良い空気を吸い、森に咲く苺を味わい、私は実に確かな幸せを享受していた。

 幾度か街へ資材を買い出しに行ったこともある。それはそれは、心踊ることだった。

 何もかもが異世界で、煙も立てぬよう隠された集落で生きる私には、幻想とも見紛う絶景だった。今にして思えば、そこはただの田舎町。港でもなければ城下町でもなかった。それでも、私にとっては、というやつだ。

 私は確かに、世界を美しく見ていた。

 だがそれは、終わったのだ。

 嵐のごとくやってきた、あの地獄によって、私は終わった。




 銃声が鳴り響いた。爆発音が轟いた。

 氏族の全てが瞬時に察した事だろう。ついに見つかったと。

 家族の連携は早かった。

 どこからか火器を持ち出し、剣を抜き、総勢四十人程度の戦える魔女たちは立った。

 私は兄に連れられ、妹と共に森のさらに奥へと逃げるため走った。本家の者だった私達は、最大の防衛対象だったわけだ。

 父母が心配でならなかった。家々をいくら縫おうとも、混乱する人々をかわそうとも、激音の気配は途絶えなかった。

 そして次の瞬間には、私は頰を切られていた。

 振り返った時そこには、十数人の敵と、気配からして魔女らしき男が立っていた。

 戦慄した。私の足は竦み、喉は凍えた。

 兄は二人の妹の前に立ち塞がり、わざと土埃をあげて私達を逃した。

 掃射の中、私達は死に物狂いで走った。

 途中、妹は掴みかかった誰かに取り押さえられ、泣き叫んでいた。だが私は、それを見捨てた。

 恐怖しかなかった。混乱しかなかった。私はとにかく、何とかして自らの命を繋ぎたかったのだろう。

 走りに走り、気づけばそこは、立ち入ったこともない森の奥地だった。

 私は、いつのまにか失神していた。


 日の落ちた森で静寂に気づくと、今度は激しい頭痛と焦燥に襲われた。

 どのくらいここに倒れていたのか、村は無事なのか。私は、人として至極当然の心配をした。

 すぐに引き返したが、火器の音は全く聞こえてこなかった。

 そして林の隙間から窺った集落の様子は、今でも忘れぬ。克明に、全ての臓器が記憶している。

 そこは、血と火の海だった。



 総勢百人強の氏族は、皆顔見知りだった。

 私が本家の人間であるからか、誰もが娘や孫、兄妹のように扱ってくれた。

 計算のやり方を教授下さったボーン老人。

 芋作りの名手でいつも裾分けを下さったレア婦人。

 私の秘密のイチゴの狩場をバラしてくれたいたずら者のマレーン。

 野兎の捕り方を教えてやった可愛いアダム。

 童心ながら淡き恋をした紳士のノーマン殿。

 そして、常に優しく、大らかで、会話する者を安堵させる事における最高の才を備えていた美しい母。

 氏族の団結の中心に居続け、あのような閉鎖的な環境で皆を円満に纏め上げていた、素晴らしき明晰(めいせき)な父。

 数えきれないよ、思い出すべきストーリーを。


 ああ、そしてそうだ。もう一人だ。

 愛すべき妹。肺病を患った可哀想な妹。

 まだ幼かったが、とても賢く、私を常に気遣い、兄を慕い、家族をよく笑わせ、ひょうきんで、可憐で、美しい赤髪の我が妹、ラウラ。

 彼女達は、全て死んでいた。

 死体の山と積まれた彼女らに火が放たれるところを、油を投げ、焼却せしめる瞬間を、私は忘れはしない。

 私は、忘れはせんのだ!!!!!!!

 それが私の憎しみ!!!

 それこそが!!!

 この私の!!!

 呪いでしかないのだ!!!

 たったそれだけだ!!!

 それだけで十分なのだ!!!

 私の全てはそこで終わった!!!

 そこで、殺され、燃やされたのだ!!!

 貴様らがこの怒りを理解できるか? 貴様らごときが、この私に巣食う決定的な憎悪を理解できるのか?

 (いな)だ!!!

 それは、(いな)!!!

 私が奴隷と囚われたことで歪んだと思うか?

 吊るされていた兄と二人連れ出され、その後に受けた屈辱がこの私を変えたと思うか。

 そのおかげでこのような気狂いになってしまったのだと、憐れむか? この私を。

 貴様らは知らぬ。本当の憎悪が何なのかを。

 目の前で愛する全てが八つ裂きにされるその様を目撃してもなお、真の怨念を知る事はできぬ。私の立つ場所に、届く事はできぬ。

 誰も私の絶望を止められはしない。

 誰も私を咎め、憐れみ、正す事などできはしない!!!

 なぜなら。



 それが復讐だからだ。


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