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第57話 魔女が来た

 午前二時。アーテム近郊より接敵の一報有り。

 とたんに、無線を管理する通信塔周辺が慌ただしくなり、凍夜を緊張が押しつぶす。

 既に避難と防御用意が完了している区域には警報が走り、十数分後には王室及び司令部に詳しい情報が届けられた。

 魔女の攻撃( 開戦 )だ。

 大量の首都住民は第一区だけに収まりきらず、最終的に完全に無人化した武装区域は第四区のみ。一から三区までが避難区域となった。

 バルトブルクは国家機能の全てが結集する都市を、そこに住まう非力な国民を、最大限の迎撃をもって死守する必要に迫られている。



 王室から急ぎ足で城内司令部に向かうカルロス王。彼は、その扉を勢いよく開いた。


「状況を」


 すでに長卓には地図が開いており、無数の資料がばら撒かれている。

 戦略指揮責任者のベレンキ陸大将は、数秒で脳内に押し詰めた内容を纏め、王に説明する。


「敵は魔女。数は目測約三師団。偵察戦闘機による正確な把握が進行中でありますが、迎撃されたとの報告もあり、あまり期待はできませぬ。そして――」


 ベレンキはわずかに言いよどんだ。

 忙しく地図に線引きをしていた佐官が、歯ぎしりをして机を強く殴りつける。


「……全て魔女です。陛下――!」


 半分以上も涙目になってしまっている佐官は、焦燥と絶望をまんべんなくその表情に浮かべていた。

 彼の言葉が意味するのは、数万の魔女が迫りくると言う恐怖そのものだ。

 ハイラントフリートの規模を軽視していた本部は、敵軍の全てから恐ろしい魔法が放たれるとは考えてもいなかったのだった。

 魔女の前では塹壕もそれほど効果を発揮しない。

 恐るべき速さで防御線を突破された区外軍は、既に直接の衝突で乱戦となっていた。


「落ち着け盟友よ」


 王は、悔し紛れに涙をこぼす数人を激する。

 上座に腰かけ、一言一句を丁寧に語る。


「冷静に対処し、機を逃さなければ、必ずや勝利できる。我々は脳。脳の揺らぎは即ち停滞。行動において、我々に停滞するという選択肢はない」


 まるで乱れた様子の無いその声色に励まされたのか、強く頷いた佐官は再び作業に取り掛かる。

 ベレンキは、小さくため息をつきながら戦況についての説明を再開した。


「……まず、予定通りの波状展開は完了しています。接敵地点を計り、敵の動きを受けて覆うように徐々に編隊を変形させ、最終的には大規模包囲、殲滅を目指す。まあ……その時間があればの話でありますが」


「敵は速い。当初の作戦では後手に回る。後方に待機させた機甲師団を先行させ、能動的に囲むしかないだろう」


 隣に座るマルトリッツ陸大将が、付け加えるように論ずる。同じ場所で開かれた御前会議の場で、アリーの力も最も軽んじて見せた男だ。

 しかし、ベレンキは車両の足でも猛進する魔女の背後を捉える事は難しいと反論する。

 しばしの話し合いの結果、いわゆる人海戦術(・・・・)をもって敵の勢いを削ぎ、包囲の時間を稼ぐしかないという結論に落ち着いた。

 議室は慌ただしく攻防の計算に追われ、未曽有の対魔女戦闘に苦戦する様相を呈する。

 更にそこに追い打ちをかけるかのように、無線から新たな音声が叩きつけられた。


「司令部応答せよ! 司令部応答せよ!」


 海少将が返答すると、慌てふためいた様子の声はわめきたてた。


「敵後続二部隊を確認! 繰り返す! 敵後続二部隊を確認! 進入角度……城角()西北西、南南東!」


 それは、城から見て南西の地点で衝突している魔女の大軍が、新たに二つもやってきたという絶望的な報せだった。

 司令部は、鉄弾の雨で後続部隊を足止めし、先攻一部隊を迅速に仕留める短期決戦を決断する。










 深く寒い森を、馬が数百頭駆けている。

 アーテムをはるか北に置き去りにした旅団の内容は、国外へと脱し、亡命を図ろうという者達だった。

 その中でひときわ目立つ金色の髪。彼女は布で外見を隠ぺいし、巨躯の執事に抱かれながら馬に揺られていた。

 寒さと不安、そして長旅の疲れに震えながら、少女は必死に馬につかまる。


「あと少しです。あと数分もすれば中継地に着きます」


 腕の間に挟まった少女を励ましながら、執事は三日も駆け馬に跨った疲れと向き合う。

 旅団全体が、かなり疲弊していた。



 刹那、ひときわ強い風が吹きつけた。

 先頭の馬が暴風に煽られていななき、立ち上がる。()き手は思わず振り落とされてしまった。

 後ろに続いた団長が馬から飛び降り、銃を手に駆け寄る。

 不自然な転倒を見て何があったのかと問う男に、先導の者は慌てて警告しようとした。


「風向きが変だ……! これは――」


 彼が言葉を正確に言い終えるのを、時は待ってはくれなかった。

 あっという間に積もった雪が巻き上げられ、周辺に居た団員は暴風に吹き飛ばされる。あまりの風圧に、その四肢を引き裂かれながら。

 雪の代わりにぼろぼろと降ってくる肉塊に、状況を理解した残りの人員は進行方向を転換。

 引きつけに小隊を残して逃げ去った。


「ベリエス……? どうしたの? 大丈夫?」


 途端に呼吸の荒くなった執事、そして入り乱れ方向を変える旅団に動転した少女は、彼を気遣う。


「いえ……! 大丈夫です。殿下は必ずお守りいたします――」


 旅団には、騎士道に通じる名門の出ばかりが顔をそろえる。

 彼らは王の妹君を護る十分な盾となり得るはずであったが、それは数世代も前の話だったようだ。

 通り風はあっという間に追いつき、旅団を清々しく吹き飛ばしていった。

 二人の駆る白い馬もついに撃ち抜かれる。

 けたたましい悲鳴と共に打ち倒れ、姫と執事は投げ出された。

 大男に抱きかかえられて辛うじて傷から逃れた少女は、なおも執事をいたわった。

 その優しき無垢な心に決意を新たにした男は、すくと立ち上がる。


「……何者だ!」


 あまりの俊敏に姿の見えなかった敵は、ようやく二人の前に現れる。

 彼女はそこに倒れる姫と同様の、金色の髪、そして翡翠の瞳をした少女だった。


「ベヒトルスハイム公――」


 少女は、柔らかな表情を浮かべている。

 まるで、春の森を散歩する野兎のような、楽し気な目だ。

 背には、処刑人が如き大げさな大刀。それは、華奢な美女には似つかわしくない風貌だった。


 すると、次の瞬間意外な音が響いた。

 鉄のかち合う音だ。

 敵の少女に斬りかかった者がいたのだ。

 イヤリングの印象的な赤毛の青年は、二人に向かって叫ぶ。


「早くお逃げを!!! (とど)めます!!!」


 それほど腕が立つとも思えない青年だったが、敵にできた隙をついて執事は姫を抱き逃げ出した。

 青年は投げ出したも同然の命を振りかざし、必死に金髪の少女に斬りつける。

 ひらりとかわされては、防がれ、いなされ。完全に遊ばれているのが明白な戦いだ。


「何故です……!!」


 一方的な戦いの切れ目に、青年はがなる。

 彼は、あのダンスパーティの日とはまるで変ってしまった様子の少女に訴えた。


「あなたは……!!」


 脳裏に焼き付く黒き憂いの美女が、思いもよらぬ悪鬼となって再び現れた。

 彼の心は多少なりとも痛んでいたことだろう。

 だが、それはすぐに現実の苦痛となって彼の胸を襲った。


「ギルベルト卿よ……少しはましな振る舞いができるようになったなぁ」


 男の腹を貫いた少女は、刃を押し込みながら彼の耳元でささやいた。

 青年の瞳は最後まで彼女に訴えたが、蹴り飛ばされてすぐに死骸のものと成り果てる。

 少女は、嬉しそうに伸びをしながら逃げた獲物を追いかけた。




「一晩隠れ、夜が明けたら国境へと急ぐのです。そこには、迎えの隊が構えております」


 執事は、姫に別れの言葉を遺した。

 偶然見つけた農家の穴蔵に姫を隠し、一人、レイピアと甲冑を引っ提げて発つ。


「待って……! 待って! ベリエス! ひとりにしないで!!」


 執事は振り返ると、唇と鼻の頭に指をかけ、いつものように微笑んだ。


「大きな声はいけません。今日は、もうお休みの時間ですよ」


 決まりの文句を遺言に、彼は蔵の戸を閉めた。

 姫は混乱したあげく、結局その場にうずくまることしかできなかった。

 時は、無情な静寂をもって彼女の頭上を通り過ぎていった。

 一体全体どれほどの時間が経ったのかはわからないが、彼女にとって我慢ならないほどに、誰の帰りもなかったのは事実。

 とうとう諦めて、少女はふさぎ込んでしまった。





 すっかり眠ってしまっていた姫は、蔵の戸を小さく打つ音に気が付く。

 そのあまりに控えめなボリュームに、敵を何とかやり過ごした執事がこっそりと連れ出しに帰ってきたものだと、彼女はそう考えた。

 急いで戸の方へ走る。

 だが、その直前でやはり立ち止まる。

 もしも、ノックの主があの少女だったら?

 幼いながらに、ここで応答すれば居場所を告白してしまうのと同じであると、姫は悟った。

 少したじろいだが、戸にわずかだが穴が開いているのに気付いた。

 少女が恐る恐る覗くと、そこには黒いスーツが。これは間違いなく、執事のものだ。

 だが血が付いているように見えた。

 彼を介抱せねばと、姫は戸を開けて声を挙げた。


「ベリエス――!」


 戸にもたれかかる執事。

 深く傷ついた彼を抱きとめようと寄った。

 しかしその時、少女は気付いた。

 彼の巨躯が、ぐらりと傾いたことに。

 その向こう側で、目玉をひん剥いた悍ましい表情が笑ったことに。

 執事の身体に押しつぶされた少女は、必死にそれを押しのけて逃げる。

 凍り付いたように冷たかった。

 彼女を生まれた時から世話してくれた、恋心さえ抱きもした、そんな優しき青年は、凍てつく血液に塗れて死んでいた。

 恐れおののき混乱を極める少女の様子を、快活に笑い飛ばす金色の強敵。

 彼女は、王妹に告げた。


「安心しろ王女殿よ。お前にこれ以上苦痛を与えはしない。お前は、単に死ねばいいのだ」


 にじり寄る敵は、姫の目の前まで来るとしゃがみ込んで瞳を覗いた。

 喉元を撫でつけるナイフのような声色が、少女の頬をつねりあげる。


「お前は幸せだ。もしも(ながら)えれば、お前は生きて地獄を味わわねばならぬ。永劫の憎しみに臓を焦がさねばならぬ。だが――」


 大刀を姫の首に押し当てる。

 彼女は、ボロボロと涙をこぼす少女に笑いかけた。


「私は慈悲深い」



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