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第52話 魔女の攻撃への対策

「これより、王都防衛戦略につける会議を行う」


 アリーを交えた大会議を行ったのと同じ議室で、定位置に腰かけた王は声を張った。

 土砂降りが窓の外にうかがえる、夕方のことだ。

 その場に集められたのは、魔女狩りの二人。そして、召使いのような装いの女性。

 小さな、そして、大きな会議であった。


「失礼を承知で伺う」


 さっそく、まだ始まってもいない話の腰を折ったのはリコ・シュトラウスだった。

 相も変わらぬ抑揚のない話し口で、彼は王にいきなり切りつけた。


「なぜ防衛を主題とする会議をお開きになる」


 彼と対面する位置に座る召使いの女が、口元をわずかに歪ませる。

 そして、それとは対照的に、リコの隣で声を荒げる者が。ローズマリーである。


「あァ? なに言ってんだお前。そんな事わかりきってんだろ」


「お答えいただきたい」


 しかし、そのような威圧的な女性の声を抱え潰すかのように、リコははっきりと問い直す。

 王に向かった矢は当人に一瞬の変化ももたらさなかったが、少なくともリコにとって必要な答えを引き出させることには成功した。

 天候も相まって、瞬く間に緊張の糸が走るのが窺える。


「造反を想定しての事だ。ハイラントフリートの魔女、そしてデューク・アウレリアのな」


 カルロス・ダリウス・バルトブルク。彼の言葉は、さあ続けろとでも言いたげな、実にたっぷりとしたものだった。

 言葉に甘えるように、リコは整然と続ける。


「なぜそのように?」


 ローズマリーは癖球ばかりのリコの発言にイラつく。

 召使いの女は、相変わらず淑やかに黙っている。

 王は彼の目論見に大らかに付き合い、歩を進め合うばかりの将棋を指す。


「危機を現実のものと認めるだけの確信を得られたからだ。彼女らの攻撃準備行為(・・・・・・)が離反者によって判明した以上、相応の構えを取る必要がある」


「嘘をつかれるな」


 ガンと机が鳴る。


「いい加減にしろシュトラウス!! てめえは王に向かって――」


 激しく立ち上がる音を響かせたローズマリーだったが、激怒の最中に王の視線に気づき、語尾を鈍らせる。


「座れ」


 舌打ちを寸前で我慢しきった女は、乱暴に腰を下ろした。

 雨が窓を叩く音が強まる。

 王は、醸す空気のみでリコに発言を促した。

 再度作られた流れに慎重に乗り、彼は続け、ようやく本意を口にし始める。


「王よ。なぜ今まで動かれなかったのか。私はただ、その一点についてのみ問いたい」


 ローズマリーは、そう言われればそうだと心で同意しそうになってしまった間抜けな自分を否定しながら、食い入るように耳だけで話を聞く。

 肘をついて拗ねているていだけは維持しながら。


「簡単な話だ。私は王。バルトブルクの行き先を決定する者。事は慎重に計らねばならない」


 リコは王に向ける鋭い視線をそのままに、しばらくの間黙り込んだ。

 その答えを真なるものとして認めていないのは明白だったが、彼は王にその気無しと悟った時点で諦めた。

 いや、そうであるなら論ずる価値はないと結論した、と言った方が正確かもしれない。

 いずれにしても、男は発言を締めくくった。


「了と致した」


 彼が王から視線を外して捨てた言葉を、ローズマリーが鼻で笑う。


「はん。なんだいそりゃ」


 背もたれに身を投げ、肩をかける。至って冷たいままのリコの顔を眺める。

 彼女らが旧知の仲でなければ非常に嫌みな言い方に聞こえただろうが、その言葉はある種の慰めとして彼に届いた。

 王はそれらを、しばし眺めた。





「ふむ。では戦略に付ける議題に入ろう。まずはひとつ。いかなる策を練るにあたっても必要なのが、敵側の狙いの把握だ」


 王は先ほどまでのゆっくりとした話し方を覆し、法廷で証言する弁護人がごとく声を立てる。


「敵の狙いは、我が王城の制圧にある。最低でも、此処が目標に含まれると見積もっていいだろう」


 誰も首を横に振らなかった。

 王の根拠は()にあるとはいえ、それを抜きにしても、国家を覆すなら中枢を支配せよというのは常識だ。

 特殊な立場にある者以外にとっては、特に疑問を抱くような答弁ではない。


「であるなら。王城攻撃に際して避けては通れないアーテムを、重点的に防御する必要がある。なぜかはわかるな? 首都には最も多くの民が住み、最も多くの国家機能が集う。城だけを壁で囲っても意味がないというわけだ。ならばどうするべきか? いかにして広大なアーテムを守るのか。敵の立場から出方を想像してみるといい」


 結論が控えられている事が見え透いていながらも、教鞭をとってもおかしくないリズムの良い話し方に魅せられる。

 王は、早々に解を提示した。


「端的に言おう。敵は分散して来る」


 参加者は一様にその言葉に集中した。

 王は、すでにアリー達の戦術に対して一定の予測を用意していたのだった。

 全区においてハイラントフリートの捜索が行われている事。そして見当たらない事から、彼女たちの追い出しは既に完了していると考えられる事を確認したうえで、王は続けた。


「ハイラントフリートは、我が国の瓦解を狙う外国の義勇兵か、賊でも率いて外から攻めるしかない。それだけに、戦力も国家を相手にするには貧弱と言わざるを得ないものとなるはずだ。この二点はすぐに理解できよう。そこで、もうひとつ重要な事を確認しておく」


 王はもったいぶった。

 だが、それは聞き手を不快にさせない程度の焦らし。かつ、最重要な事項への集中を高めるための計算された間だった。

 王は前傾になって肘をつき、長い人差し指を立てた。


「彼女は貴君らが魔女だと知っている」


 リコは、その表情をもって理解を示した。

 しかし、召使いの女はあまり真剣には聞いていない。

 ローズマリーに至っては、論議に関しては感が鈍く、未だに首をかしげている。

 雨がいっそう強まり、重要な作戦会議を庇い隠しているかのようだ。


「貴君ら魔女狩りは、一騎によって万をも殺す特別な戦力。それらの出陣を理解しているなら、そして、それが四騎(・・)と分かっているのなら、後は分散して攻めるしかない」


 リコが、わずかに解を射ない王の言葉を補てんした。


「魔女狩りを散開させるために、最低でも五部隊以上で来ると」


 無表情で頷く王は、手元にあった地図を指さした。

 ローズマリーが慌てて資料に目を走らせる。


「そのような想定が可能な以上、魔女狩りをうかつに前進させるのは危険と言えるだろう。よって、全軍の半数超を波状に展開し、アーテム第四区( 外周 )全域を守備する。接敵次第報告させ、強力な戦力の存在する個所、すなわち敵が突破を期待している点を見極め、第一区に構える貴君らが応戦する。向こうが捨て身(・・・)の攻撃なのであれば、こちらも守備先頭の犠牲を堪え、活かす」


 一気に加速した戦略案に、リコが注意をいれた。


「お待ち頂きたい。国境や各都市の駐屯兵はどうなさるのか」


 その問いも最もだった。

 常態では、アーテムに駐屯している兵は約十師団の混成兵と、八師団の憲兵だけだ。全軍の半数となると、ベルネブット攻勢に参加した七十九師団に迫る。

 広い国土を守備するために散っている大量の兵を集めてしまっては、あまりにもアーテム以外の防御が薄くなりすぎてしまう。

 アリー達がアーテム以外に攻撃を加えない保証など存在せず、一点防御はリスキーな賭けと言わざるを得ない。

 それに、今は状況も悪い。

 政情不安が国全体に影響を及ぼしつつあり、隣国にもそれは隠し立てできていない。

 各都市には共和派市民団体による暴動のリスクも存在し、占領中のベルネブット諸共手に入れてしまおうと企むにはもってこいの時期と言える。

 南方や西方の大国に油断するには、各国の力は拮抗しすぎているのだ。


「間違いなく、奴はアーテムに攻撃を仕掛けてくる。どの都市への攻撃よりもそれは明白だ。であれば、守らぬわけにはいくまい。大戦力で確実に返り討ちにし、迅速に事を集結させるべきと考える。それに、時期も読めている。彼女は既にアーテムには居ない。翠眼の魔女には、国内の混乱が収まるのを待つ理由はない。もうすぐ、明日にでも来る。そのわずか短期間であれば、他国からの影響も最小限に留まろう」


 王はアリーがすぐにでも攻撃を行う必要に迫られていると読んでいた。

 短い間だけ耐え忍ぶのだと述べ、そのうえでこう続ける。


「結論はひとつ。迅速に、確実に敵を排除せよ。貴君らの働きに、我が国の全てがかかっている」


 リコ、ローズマリーは険しい表情で頷いた。

 召使いの女は、先ほどから退屈そうにしているばかり。

 王は今一度、『アウレリアはアーテムに奇襲攻撃を行い、分散した雑兵の中に魔女を仕込むはずだ』と確認し、面々と更に詳しい戦術を議論し合った。

 こうして、予想される国家への反逆、アーテムへの攻撃に対するバルトブルク側の手立ては整った。

 後は、近い決戦の日を待ちかまえるだけだ。



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