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第49話 追加の特別戦力

 また、サイレンが鳴り響いている。

 戦時の警報に使われる、この絶対のアーテムでは無用なはずのスピーカーも、今は暴動への警戒のために頻繁に働いている。

 憲兵隊が慌ただしく馬を駆り、数小隊が行き来しては揉めるかのように状況を確認し合う。

 フーゴはそんな様子を肌で察しながら、場が静まると路地を出た。


 もう、すっかり雪が積み上がる時期になった。

 布で隠した、見えない目で、どういうわけか踏み固められた雪の凹凸までもを詳しく把握している様子の青年は、大通りの中、ひと際早い足取りで大正門に向かった。

 そう。ここはシャッツカマーだ。


 いつかアリーも(おとず)れた検問所を(たず)ねると、その名には用件が無い事を調べた担当官は彼を追いかえそうとする。

 が、ランペルツ(統治大臣)に話がある旨を強調して伝えると、担当官は何かを思い出したように別の書類を確認し出した。

 そして、再び窓口に顔を出して言った。


「確認しました。申し訳ありません。この事は極秘の言伝(ことづて)だったので。ですが、その――」


 男は気まずそうな表情をして、机を指で何度か打った。

 青年が何かあったのかと問い直す。


「統治大臣は――亡くなりました」


 こんな差し掛かりの場所で聞くには、あまりに重大すぎる訃報だった。

 青年は隠れてはっきりとしない表情でも、誰にでも分かるように動揺した。


「そんなバカな……!? いったいいつ、どうして?」


 担当官は、ここでは話せない事になっているとして、外壁の中に埋めるように設けられた事務所に彼を通した。

 椅子に腰かけて少しだけ気分を整理すると、改めてフーゴは詳しい説明を求めた。

 もう一人いた珍しい女性の検問官が、彼に紅茶を淹れる。


「あの、失礼でなければ……それ、見えてますか? 気になったんですけど――」


 フーゴは自分のことはいいと、彼らを急かした。

 男性の検問官に小突かれた女性は、しゅんとして引き下がる。


「つい三日四日前のことです。それまで体調を悪くされていたランペルツ統治大臣が亡くなったと、急に……」


 フーゴは正直な焦りを口にした。


「僕はどうしても、彼に用がある……いや、彼でなくてもいい。誰か、責任者に! 軍事責任者と話をつけさせてください!」


 少しまいってしまった担当官は、一応、軍人と話をしたい要人が居ると伝えはすると約束した。

 しかし、上層部は慌ただしく動いており、加えて反政府勢力拡大の現状。簡単には会えないだろうと忠告した。

 伝書の送り先を尋ねられたフーゴは、それに回答するべき住所を持たなかった。既に。

 彼は、また状況を尋ねに来ると言い残し、シャッツカマー入り口を後にした。



「奴が……」


 あてどもない雪の帰り道。

 フーゴは、そうつぶやかざるを得なかった。

 その胸中の大半を焦りに支配されているとはいえ、彼の表情にはわずかに喜ばしく思う笑みが含まれていた。

 同時に、拳は悔しい思いを反映する。

 青年のランペルツに対する感情は複合的だった。

 何しろ、男を盲目にした張本人こそ、ランペルツだったからだ。

 フーゴの、イオニアスの父親をそそのかし、目をえぐるように仕向けたのは彼だ。

 息子を奴隷に売り飛ばす方法を教えたのも彼。

 フーゴにとって、あの人間の形をした何かは、憎むべき宿敵であった。

 しかし、その存在が唯一とも思えるアリーへの対抗手段だったこともまた事実。

 軍へ流すべき彼女の目論見を脳裏に抱えたまま、彼は重そうな足取りで街を彷徨(さまよ)った。



 ふと、青年は見えない目を向ける。

 路地裏に倒れている、あまりにも薄着な少女。

 その詳細な姿形を彼が捉えきれていたのかは定かではないが、青年は彼女に寄った。

 着込んだ分厚いコートを脱ぎ、青くなっている少女をくるんで抱き起す。

 フーゴは特別な外見的特徴に気付いたのか、彼女の耳にぶら下がる何かを触った。

 それは、貴族の文様のような、イヤリングだった。

 この時世、貴族の娘が路地裏に放られていることなど有り得ない。

 考え得る限り、彼女は奴隷商人を家業としてきた家の者だろう。

 フーゴは、今まで正義や夢と信じてきた奴隷の解放も、見返りとしてこのような存在に不幸を授けるものだったのだと痛感した。

 そして今や、その正義すらも――

 彼はやりきれなくなり、何の算段も無く彼女を背負った。

 どこかで空き家でも探すのだろう。それくらいしかない。

 あまりに場当たり的な自分に腹が立ったのか、フーゴは奥歯に力を入れた。






 フーゴは、覚めない夢にうなされる少女の気配を眺めながら、とりあえず確保できた温かさに放心していた。

 屋根が抜けているといったこともなく、人の出入りの無い家屋。

 中流以上の二区にしては珍しい、なかなかの放置物件だった。まさに神が恵んだかのごとく、湿気った(まき)まで積んである。

 アリーと同じ風の魔法形質をもつフーゴは、剣の一振りで強烈な摩擦を起こし、暖炉に火をつけた。

 近接戦闘を生業とする彼にとっては普段使わない魔法だったが、腕は鈍ってはいなかった。


 と、いうのが数時間ほど前。

 今は、ひたすらに時間を右から左へと見送っている。これからどうしたらいいのか、想像すらできずに。

 過るのは、思い出ばかり。

 これから対峙せねばならない、しかしその見込みすら危うい、あまりにも綺麗な物語。

 家族を恋しく想い涙することもできないフーゴは、ただ、二つきりの存在感を認識し続けていた。



 しかし、唐突に青年は立ち上がる。

 笑みすら湛えて、挑戦的な雰囲気を目いっぱい放つ。

 彼は、現れた。


影落とし(・・・・)。本人が死んでも有効ってわけか」


 フーゴは、ニヤリと笑って振り返った。

 そこには、十数歳ほどのあどけない少年が立っていた。

 少年は、コートをボロボロのソファに投げつけて言う。


「本人。曖昧な定義ですねぇ。私本人とは誰か。本当の私とはどこか」


 そんなくだらない話は良いと斬り捨て、一安心した様子のフーゴは、次にいら立ちに近い感情をもって相手の鬱陶しさに対応した。

 背丈が縮んでも変わらない、食えない態度をそのままに少年は微笑んだ。


「始めましょうか。魔女狩りの打ち合わせを」



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