第47話 王よ再び
アリーはこの日も帰らない。
カミラが最初の同伴から付いていけなくなって以来、彼女は絶えず、ひとりでどこかへ出かけている。
残されたカミラ、ドロノフ、マルク、エルザには、彼女の目的を聞き知ってしまった彼女たちには、主の不在を不審がったり、心配したりすることはできない。
ただ、言い知れない予感に打ちひしがれるだけだった。
結局、四日経ってもフーゴに続く者はおらず、そしてどこにも、何の動きも無かった。
以前と同じような、ただし、冬の曇りに陰鬱を投影した様子の日々が続く。
料理上手のマーシャは居ない。ドロノフとカミラが、代わりに適当なものを作った。
愛嬌を振りまきみんなを笑顔にしてくれるブランクは居ない。エルザが白い花を買って飾り、少しだけ話題を作った。
働き者のフーゴは居ない。ドロノフが留守にすると、すぐに雨漏り、玄関には雪がどっさり。外に仕事の少ないエルザが、汗だくで何とかした。
なによりも、そしてなによりも、家族を見守る、温かく大らかな、優しい家主が居ない。どんな者でも抱きとめてくれそうな、深いふところの家主が居ない。
皆をここへ連れ集めた、大好きだったアリーが居ない。
三区郊外の魔女の家は、ハイラントフリート不在の頃よりも静かだった。
「王」
街中でふと声をかけられて、金髪の少女は立ち止まった。
辺りは人混み。ここは、商店の多く並ぶ通りだ。それらしき人は、目の前には居ない。
対象はすれ違いざまに自分に声をかけたのだと、彼女は少しして感付く。
後ろを振り返ると、すぐに目を引くものが映る。
上着の背に雑に書きつけられた、何かの模様。見知ったアイコンに確信すると、アリーは彼女について行った。
女は人の間をすり抜け、横道を縫い、とうとう二区のはずれの廃墟群に紛れ込んだ。
数十分も、誰かを撹乱するかのような道程で人気のない場所を目指していた彼女も、ここに来てやっと立ち止まる。
「用件は何か」
アリーは、明らかに怪しく、かつ追う価値のあったその人物に問う。
女は高い位置で結っていた黒髪を解くと、着ていた上着を脱ぎ、寒い中その文様を胸に当てて跪いた。
アリーは、彼女が何者なのかを察し、引き裂くように笑む。
「ウラ・シュルフ。殿下……世代を経ての遅参をお許しください」
カミラと変わらないくらいの歳の少女は、アリーの足元でその忠誠心を露わにした。
彼女は、アリーのことを非常に尊敬している様子だった。そしてそれは、ごく当然のふるまいであるといった態度でもある。敬称につける礼節にもしっかりと気を配り、言葉遣いといい、よく教育されてきた人物らしい。
「解せたよ。ランペルツに一杯喰わせたのはお前だな」
ウラは、その時の黒い装束とは打って変わり、ごく普通のスマートな格好をしていた。
頭を下げたまま、彼女は事を打ち明ける。
「我々は、いつか来たる再起の号をずっと待ち続けておりました。父から、祖父から、曽祖父から継いできた、殿下の下、カーティスの白き旗の下に参ずるという使命。それを果たさんと、先んじてあのような行動を……僭上たる行い、お詫び申し上げます」
アリーは、そのあまりに深々とした態度を滑稽に感じてしまったのか、笑みを湛えてしゃがみ込む。
「そう気負うな。私はすでに偉大な王ではない。ただの……我欲の人形だ。気軽にアリーと呼ぶがいい」
少女は、自分と同じ目線にやって来たアリーに驚き、両手両膝を付きさらに頭を沈める。
「滅相もございません――!」
アリーはしばらく考えてから、その両膝をつき、指で彼女の顎をすくった。
はっとしたウラは、目の大きく見開かれた驚きと恥じらいの表情を向ける。
溶けるような微笑みでそれを迎え撃ったアリーは、相変わらずの飄々とした様子を保ったまま、眩惑の言葉を授ける。
「ならば成果をもって示して見せよ。お前が私に仕える者だということを」
間近で囁かれたウラは、しばらく金縛りにあったように硬直してしまった。
そして気が付くと即座に直り、深く頭を下げて御意と頷く。
アリーは、追って指示を出すと告げて立ち上がった。コートの端を華麗にはためかせると、彼女は去る。
ウラは、その後ろ姿をじっと見つめていた。頬に紅葉を散らし、膝をついたまま、ずっと。
緊張の糸が切れたように緩んだ眉間に、粉雪がそっとキスをする。
長い黒髪の陰気な彼女は、今一度改まり、深くこうべを垂れた。