第4話 幸せな家族
氷の破片が舞い散る。
激しい金属による打撃音が、木々にこだました。
なにか硬い物を、鋼で叩きつけているような不快な音。
刃物と刃物がかち合うのは、誰にとっても心地の悪いことだ。
それは、カミラとエルザの特訓の産物だった。
氷で器用に剣を形作ったエルザは、目にも止まらない相手の突きをかわし続ける。
いやな音のことなど気にしてはいられないといった剣幕だ。
と、瞬きをする内にするどい一撃で氷が折れた。
すぐさまエルザは左手を右手首に沿わせ、指先へとなぞるようにして新品をこしらえる。
堂々としたその戦いぶりは、訓練が彼女にどのような影響を与えたのかを知るには十分だった。
自前の直刀をゆっくりと下げたカミラは、試合終了の合図を送る。
「もう十分でしょう。立派になりましたね、エルザ」
お褒めの言葉を頂戴し、エルザは可愛らしい笑顔で頷く。
三週間半程度。
十代の少女には少々過酷なトレーニングだったように思われるが、当の本人は実に楽しんでこれに取り組んでいたようである。
雪を散らしながら彼女のもとへ駆け寄って、それから山小屋に荷物を取りに行って。
二人は、主人への報告のために帰路についた。
家に帰ると、マーシャが昼食の支度をしていた。
もうすぐ起きだす頃合いのドロノフは、ソファで寝息も立てずに就寝中だ。
あいにく、アリーとマルクは不在である。
おかえりと声をかけられ、エルザはしみじみとした表情を作る。
帰るべき家があり、待っている家族がある。
ほんの少し前までこんな当たり前の世界すら持たなかった彼女は、数週間たった今でもそのありがたみをよく感じていた。
「今日は臨時収入があってねー。できるからはやいとこおいで!」
マーシャは指を回しながら昼食が豪勢であることを示唆する。
そして鍋の中身はすぐに出来上がり、二人は急いで荷物を置きに二階へ上がる。
マーシャが調理器具を片付け、寝ぼけ眼のドロノフは何気ないアプローチで手伝いを申し出、料理を運ぶ。
エルザとカミラが席に着くころには、そこには少し奮発した温かいご馳走が並んでいた。
思わず唾をのむ。
イモとキャベツとニンジン、それに鶏肉をトマトで煮込んだ実にいい香りのスープ。
安い黒パンではなく、特別にやわらかいパンが切り分けられている。
中には、魚やキノコなどのありがたい餡がぎっしりと。
彼女たちにとっては希有なご馳走であることこの上ない。とても嬉しい。
エルザがそれらの味にうっとりとしているうちに、いつの間にかテーブルは片付いていた。
久しぶりにお腹いっぱい食べた四人は、このことはアリー達には内緒だとくすくす笑う。
ひと段落してから、家族はまたそれぞれの仕事に戻っていった。
「か……カミラさん。コーヒーです、どうぞ」
そっと皿に乗ったカップを差し出したのは、エルザだった。
それまでペンを走らせていたカミラは、驚いた顔で彼女の方を振り返る。
「ありがとう。どうしたんですか? コーヒーなんて」
二階の机に向かって家計簿をつけていた彼女の反応は、エルザが初めてこのような計らいをしたことを物語る。
粋な少女がもじもじしていると、一階からマーシャが上がってきて種明かしをした。
「教えちゃった」
ニッと笑う。
カミラはそういうことかと納得し、冷めてしまう前にその逸品に口を付ける。
すこし風味を確認してから、感想を口にする。
「美味しいです。マーシャのと違って、優しい味ですね」
カミラはいたずら気な調子で、今にもウインクしそうだ。
「うっそつきなよー! コーヒーの味の違いなんてわかんないでしょ」
「こもっている気持ちはわかりますよ」
「あたしが日ごろから恨みつらみを込めて淹れてるかのような言い草はやめてよね」
他愛なく楽しい会話に、エルザも一緒になって笑う。
長いようで短い時が過ぎ、すっかり彼女は家族の一員になっていた。
皆と同じように仕事をし、食卓をかこみ、星を眺め床に入る。
長らく続いた苦痛がまるで夢だったかのような毎日を、エルザは幸せに過ごしていた。
傷ついた者同士、この家は誰にとっても居心地が良かった。