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第44話 牢の右大翼、床の裏切り者

 オットー・フィリップ・シドーニウス・エッフェンベルク。

 エッフェンベルク侯爵家の若き当主にして、最も優れた鉱業実業家としても知れ渡る青年。

 冴えわたる頭脳とその冷静、的確な判断力をもって家業を再台頭させ、名声を得てからは周囲に推され政治の表舞台に立つ。

 当初から好青年と話題で、立憲君主主義のバルトブルクにおいて王に次ぐ尊敬を集める有名人となり、あっという間に経済大臣にまで上り詰めた。

 そのポストでも大成功をおさめた彼は、バルトブルクの重工業の急加速に一役買った超敏腕政治家として完全な支持を得る。

 強い愛国心と王への忠誠心で、常日頃から国のため、ただそれだけを行動規範として動く実直な男。これほどに心強い参謀役は他にないはずだ。

 彼の人生は知と優れた行動によって花に彩られ、最期の時には不動の英雄、その死は国葬をもって見送られる。そんな未来が約束されているはずだった。



 だが彼は、檻の中にいる。

 それを、またもや悪魔があざけり笑う。


「無様ですねぇオットー君」


 国家反逆の疑いを弾き返され、その身に受けた経済大臣。

 彼は、あまりに暴れたために腕を縛られていた。


「アウレリア卿にしたのと同じ仕打ちを受けるわけですか。これはこれは」


 エッフェンベルクは顔を上げると、その声の主が人形(・・)を送り付けてきたことに腹を立てる。


「――なんだその顔は。多忙故か」


 言葉の遣い、それひとつをとっただけでも明らかにランペルツ(・・・・・)と解るその者は、意外そうな顔をして見せた。


「ほう。影落としを知っておいでですか。いやね、ついつい身体を落としてしまいまして。今アレは休養中です。下手を打てば死んでしまうかもれませんがね」


 奇怪な術の正体さえ、過去の探究者は知り得ているようだった。特段、聞き返すことはない。

 それよりも、今の彼には優先すべきことが他にある。


「そんなことはどうだっていい。貴様はなぜあの女を庇う」


 なるほど、彼の興がそこに集中するのも当然だろう。

 何しろ、自分の罠から敵を救い出し、見事その目論見を果たさせてしまったのがこの男。いや、今は女の姿をしているこの者なのだから。

 エッフェンベルクは、滴るような小声でぶつぶつと呟いた。


「貴様のせいで、あの女は何をした? 私は聞き及んでいるぞ。奴は奴隷を解放した。直接手は下していないようだが、世論を扇動し効果的にやったようじゃないか。実に素晴らしい――」


 瞳の奥に卑怯者の悪魔を映すその者は、牢越しにエッフェンベルクを挑発する。


「私は、物語( ストーリー )を面白いほうに転がしただけ。あなたも十分、それを手伝ってくれましたよ」


 途端、エッフェンベルクは机を蹴り飛ばす。


「ふざけるのも大概にするがいい豚めが!!!!」


 おお、とわざとらしく驚いた素振りを見せる女。

 怒鳴り散らしたエッフェンベルクは、そのあと態度をひっくり返してニヤつき、()を睨む。


「……バルトブルクは滅ぶ。あの女は王家に復讐を仕掛けてくる。王の座を奴に取って代わられたこの国はどうなる? そうだ。他国に際限なく戦争を仕掛け、(つい)には滅ぶ。貴様らは私を弾いたことで、想像の及びもつかない地獄を味わうのだ」


 女は、ひどく軽蔑した目をする。

 彼の言葉を聞いているうちに、あっという間にそれに飽きてしまったようだった。

 腕組みをして鉄檻によりかかりながら、鼻で笑って一蹴した。


(あた)らずと(いえど)も遠からず。だがそれは想像を根拠にしたもの。それは妄言という。妄言を口にするようでは、あなたも終わりですね」


 女が言うだけ言って去ると、牢からは唸り声が轟き渡った。


「貴様らは死ぬ!! バルトブルク家の亡霊によって!! 私の言葉を覚えておくがいい無能共!!」


 だが、()はもはやその男に興味がない。

 わめきたてる悲痛な怒声を背で跳ね返し、女はぼそりとつぶやいた。


「バルトブルク王家などというものは存在しない。物語は、もっとドラマチックなのだよ」


 女は、指をぱちんと鳴らす。その後方で、金属がはじけるような音がする。

 一切振り向く必要も無く、()は施設を後にした。

 楽しくて楽しくて仕方ないといった、気色の悪い引き笑いが残る。

 廊下に亡者がごとき囚人のうめきがこだまし、それをかき消した。





「やあやあ、ベンヤミン」


 女は、今度は中央病院を訪れた。

 その声の先に眠っているのは、ベンヤミン・ランペルツそのもの。

 この光景は、知らぬ者にとってはいささか不愉快な不自然さをはらむ。


「早く起きてくださいよ。さもないと、じき来るラスト・ショー( 決戦 )に間に合わない。あなたの身体が、一番強いんですから」


 女はベンヤミンに近付き、そのシルバーブロンドの髪を撫でた。

 その吐息は、供えてあったリンゴを腐らせるほどの邪悪さを放つ。

 笑みを湛えたその顔は、他人の表情を借りても尚歪曲したものだった。

 窓風が、不自然に暑い冬の日を揺らした。


「何してんだお前」


 女は、ゆっくりと振り返った。

 ドアのそばには、顔に大きな傷のある女性と、いつかのリコ・シュトラウスが立っている。

 彼らは珍しく同業者の見舞いにやってきたところだった。

 そして、そこには先客として見知らぬ女が居たというわけだ。


「身分証を見せろ。ここは立ち入り禁止だ」


 女は、二人(・・)の魔女狩りに向かって立ち、ニヤリと笑った。

 そして直後に白目を剥いたかと思えば、そのまま力無く崩れ落ちた。

 不審に思った女性は、彼女に近付こうとするが、リコが止める。


「近付かれるな。あれは恐らくベンヤミン卿の術の類」


 顔傷の彼女は、その肩を捕まえられて振り向く。


「以前見たことがあります。人を傀儡(くぐつ)のように操る魔法。卿らしいことこの上ない」


「……分かったから放せ」


「これは」


 リコの手を払う女性。

 そのままの勢いでベッドに横たわるランペルツの元へ向かう。


「だが、そんな術が発動してるってことは、まあ無事なんだろうな」


 彼女は、ランペルツの顔を覗き込んだ。


「ベンヤミン卿はこうなる直前、魔女狩りに招集をかけていた。ローズマリー卿、貴女も含めてだ」


 リコは倒れた抜け殻を拾ってベッドに横たえながら、ランペルツが戦後に備えようとしていたことを告げる。


「何? 私は初耳だぞ」


 ローズマリーこと傷の女は、鋭く振り向く。

 魔女狩りの間には、何かしらの強い結びつきがあるらしい。彼女は、それに置き去りにされたことが気に食わないといった様子の、分かりやすい表情を浮かべる。

 リコは抜け殻に毛布を掛けながら、彼女に見えるように頷き、そして言葉の続きを述べる。


「貴女に伝わっていない事が、その方策(・・・・)が中断されてしまった証だ。しかし今、此処に無事を明かしたのにも関わらず我々に何も告げない。彼は戦後に事を構える(・・・・・)にあたって、障害が出てしまったなりの動きをしているのでしょう」


 つらつらと推察を述べたリコだったが、ローズマリーは苛立っているのか食ってかかる。

 ここまでのやり取りでも、この女性には本当に貴族の一派であるのか怪しまれる態度が目立つ。


「はあ? 意味が分かんないね。毒でぶっ倒れたら私らに黙っておく方に方針転換か?」


 ランペルツが不条理な人間であることをよく知らないのか、それとも知っているからこそなのか、彼女はその推測の一貫性の無さを批判した。

 だが、リコはそれよりさらに(さと)さの垣間見える反論を用意していた。


「その毒で己を倒した手合い。その存在が理由だとしたら? そして、戦後のアウレリア卿、俗世の動きを受けてのことだとしたら」


 ローズマリーは、眉に緊張を走らせて口の動きを止めた。

 リコは、丁寧にベッドの端を整えている。


「情報を広めずに手配を進めた方がよい。そのように考えているのだとしたら、我らのできる事は少ない。ただ、結集して待つのみです」


 十秒ほど、時間が静止した。

 柱時計の振り子が、音の最前線に押し出される。

 リコは念入り過ぎた手を止めて、ようやくその脚を立てた。


「待つって……何をだ」


 ローズマリーは振り返るリコを真剣に見つめていた。


「戦争」


 リコの一言に、彼女の顔は強張った。

 なぜそうなると問う彼女に、彼は近況を交えて説明する。

 まったくもって、腰の落ち着いた雰囲気だ。


「最近、議会は苛立っている。重要な産業、労働力である魔女の奴隷が(ことごと)く解放され、更には統治大臣の重体、経済大臣の失脚と続き、内情が混乱しているからだ。また市民も、奴隷解放の暴動の勢いをそのままに、隣国のような共和制を求める声のもと団結しつつある。王権の弱体化の解消、市民の怒声の沈静、終戦直後の敵領管理もこれからだ。まさしく動乱。下手をすれば、内戦(・・)となります」


「なら反政府勢力を潰すのか。私ら魔女狩りは、魔女を征する魔女(・・・・・・・・)。それ以外に力を使うなんざ――」


 ローズマリーが魔女狩りの矜持(きょうじ)について触れると、リコは即座に切り返した。

 その征すべき魔女はどこに居る、と。

 彼女はハッと息をして、意味に気が付いた様子を見せる。


「そう。金色の魔女( アウレリア )だ」


 アリーはこの機に乗じて、解放した魔女たちを借り出した市民革命を先導するつもりだと、彼は予想した。

 エッフェンベルクが再三議会で説明していた、アリーの反逆。

 それが状況的に不可能ではなく、その状態を作り出したのが彼女自身、すなわち、情に訴えかけて暴動を起こすよう市民をけしかけたのがアリーであることから、彼はそう考えるに至ったのだ。


「全ては流れ。機運が彼女に操られている。ここまで来て、これ以上彼女が何もしないと考えるのは愚かな事です」


 ローズマリーは真に迫った彼の弁舌に息をのむ。


「迎え撃つってわけか。こっちはこっちで」


 リコは、初めて彼女に同意の意味で頷いた。


「ベンヤミン卿とは別働で。たった二人となってしまった魔女狩りだが、我らにはまだ()があります」


 その言葉を受けて、ローズマリーはニヤリとした。少し、緊張した面持ちで。


「なるほど。確かに、これは準備が要りそうだな……」


 二人は後を濁さぬよう確認してから、病室を去った。


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