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魔女は復讐戦争で破滅する  作者: かわかみさん
魔女が立つ戦争の章
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第37話 シカバネ食いの嘘つき悪魔

 シルバーブロンドの小男は報告を受けていた。

 大規模な野営地のただなかでランプの火に照らされている軍服は、おおげさな黒マントに背中を預ける、いかにも高官らしいデザインだ。

 それをまとうランペルツは机に向かい、部下の話を片耳に受けつつ地図に線を引いている。




 現在、クローネラント南方に沿うホルテンズィー塹壕群を下地に息をひそめている、二十四個混合兵科師団。

 魔女を伴った再攻勢に参加する一軍である彼らは、統治大臣直々の指揮のもと、時の合図を待ちかまえている。

 この状況であるから、もちろんランペルツの受け付ける報せは戦略的なことに限られるものだと思われたが、そうでもないらしい。

 部下は他人に聞かれてはまずいようなことを次々と口にしており、小男はそれを何の気なしに聞いている。

 よほど情報防御に自信があるのか、彼らはまったくもって隠し立てするような態度をとらなかった。

 そして一連の報告をうけ終えたランペルツは、感想と次の指示を述べる。


「少し遅かった、と言ったところですかねぇ。しかしまあ、完璧にいかなかったのはこちらも同じですからねぇ。上出来でしょう。写真と照らし合わせてできる限りの復元をしておくように」


 感情のこもらない返事をしたあと、部下はテントを去った。

 しばらくしてから一仕事を終えたランペルツは、軽くため息をついて背もたれに掛かった。

 そこに肘をかけ、緩み切った姿勢をとる。

 飲みかけで冷めきってしまったコーヒーを今一度手に取り、口に運んだ。

 うえ、と表情で反応し、カップごと放って捨ててしまう。

 金属性だったため割れることはなかったが、土の床が濡れて泥になる。


「推進力としては十分だ。だが……狂気だけではつまらない」


 その独り言は、ひどく不満げだった。

 無意識のうちにゆすられる脚が、それを更に物語る。

 少しの間考え事に浸ってから、彼は外へ出た。



 泥の匂いがする。

 日中は雨で、草も絶えきり禿げ上がった塹壕群はほんの少しの水で汚れた。

 一応の片づけは済ませてあるとはいえ、どこかに埋もれているであろう人体の破片が、わずかに死臭を漂わせる。

 人が心の安らぎを保つには、この場所は火に焼かれ過ぎていた。

 だが、この男だけはその臭気を寄せ付けていない。

 兵科を問わず誰もが疲弊(ひへい)しているなか、ランペルツは凛としていた。

 少年のような外見とは裏腹に、彼は尋常ならざる精神を秘めて立っている。

 魔女ゆえか、それとも往来の強さか。

 もしくはそれは強さではなく、他の何かか。

 いずれにしても、彼は戦場では優秀な指揮官だ。


 月夜も更け、もうほとんどの兵士が眠りにつくころだ。

 彼は、何の気なしに辺りをうろついた。

 殺伐とした風景が、徐々に林に変わる。

 男が魔女でなければ、重役がこのようにふわふわと一人でいるのは危険な事だ。

 アリーによってじきに終結するこの戦争の結末にむけて、気分転換をしたくなったのかもしれない。

 この行動が、これまでほとんどの者が見てきた彼の姿のうち、最も人間らしいものであることは間違いない。

 林を進むランペルツは、木漏れ月に照らされていつになくぼうっとしていた。




 その時、カサと草を揺らす音。

 見間違いようもない。その時男が目にしたのは、確実に人の影だった。

 にやりと笑みを隠し切れない様子のランペルツ。

 このような性質の男だ。首を狙われることもままあるだろう。

 彼は今回もその手合いだと察した。

 一見して危機的な状況だが、どうも彼にとっては大きな問題ではないらしい。

 スリリングなシーンとして楽しんで体験している気配まである。

 よほどの大物だ。


「戦闘を回避することはできませんよ。隙を衝こうにも、私の背を取れる者はこの世に数人も居ない。それに振り向きざまの攻撃では、つい力が入ってしまう。正面から()合ったほうが、まだ面白いと思いますがねぇ」


 隠れている相手の方に向かって話す。

 位置が完全にばれていると悟ったのか、影はその姿を現わした。

 女だった。

 口元を隠し、まるで東国の暗殺者のように真っ黒い装束に身を包む。

 短剣を携えたその腕は、華奢でありつつも相応の技を備えていそうである。


「どこかで……ああ、思い出しました。ローズマリー卿が取り逃したとかいう、確か――」


 女はマスクを下げ、正体を明かした。

 まだあどけなさの残る少女は、名を告げる。


「ウラ・シュルフ」


 その姓を聞いて、ランペルツは驚く。

 感心したような表情をする彼は、腕を組んで顎をなでた。


「ほう! 資料にあったのは偽名だったわけですか。シュルフ、シュルフ……今代まで続いていたとは驚きですねぇ」


 何やら、その姓に因縁深いものを臭わせる。

 と、ウラと名乗った少女は、目にも止まらない速さで短剣を投げつけた。

 一瞬の出来事にわずかにかわし損ね、刃はランペルツの肩をかすめる。


「おやおや、せっかちですね。彼の人もそのようだったと聞きますが、やはり血は継ぐものということですか」


 少女は問答に応じず、足元の小枝を踏みつけ、跳ね上げた。

 すると、手に握られた木の枝がみるみるうちに先ほどと同様の剣へと変貌する。

 木すら鉄鋼に変質させる。それが、彼女の魔法だった。

 ニヤリとランペルツは笑い、傷付いたマントを投げ捨てる。

 彼が指図するように手を差し出すと、普段持っている(こん)のような杖が地面から呼び出され、立ち上がる。

 それを一回ししたところで、彼の戦闘準備は整った。


 しばし、にらみ合いが続く。

 金属のかち合う音と共に、場面は空中へと移った。

 地面から突きだされた数本の槍が、ランペルツを跳び上がらせたからだ。

 ウラはすかさず手にした短剣を投げ飛ばし、続いて地面から次々にナイフが飛び出す。

 鉄の雨が、まるで機銃の掃射のようにランペルツに降りかかる。

 大規模な魔法を操る彼は、今までのように巨大な光線によって防げば簡単なものを、わざわざ一つずつこれをかわす。

 それは楽しみのためであり、視界を暗まさないための合理的な作戦でもあった。

 当たらないと見て舌打ちをした少女は、ポーチから取り出した針で飛んでいる鳥を射抜く。

 すると、その鳥は急に軌道を変えて真っ逆さまにランペルツへ突っ込んでいく。

 嫌な予感のした彼は、その身を捻り光弾で迎撃する。

 鳥は、かなりの規模で爆発した。


「おやおやまあ……むごいことをなさる」


 感心している隙に、ナイフの第二波が押し寄せてきた。

 杖で弾いたり、身を翻したり。

 物理法則を乱さない程度の動きで、彼はそれらもしのぎ切った。


「やるじゃありませんか。迂闊に散歩に出てみるものですねぇ」


 少女は相変わらず口を利かない。

 ランペルツが指で挑発すると、地面から突きだした二本の槍を手に取り、斬りかかる。

 何とも巧みな演舞だ。

 鋼色が鮮やかに弧を描き、空中に冷たい残像が跳ねる。

 しかしこれほどの槍術をもってしても、その男を仕留めることはできない。


「当たれ……! 当たれ!!!!」


 怒鳴る彼女はやけくそのように見えて、洗練された身のこなしを保っている。

 しかし、決定の瞬間はやってこなかった。

 そろそろ飽きたという感想を表情で述べるランペルツ。

 一呼吸置いた次の攻防で、彼女の槍の一撃をかいくぐってその腹を突いた。

 強い衝撃を受け呼吸の止まった彼女は、怯んでその場に膝をつく。

 その完全な隙を狙って、ランペルツは首を掴みあげた。

 あまりに強烈な締め上げに、彼女の手から二丁の槍が離れる。


「上手でしたよ。ただ、そういう相手は得意な方でしてねぇ」


 呼吸と共に意識も薄れ、少女の身体から力が抜け落ちていく。


「私を殺したいなら、傍若無人な力押しがいい。アウレリア卿のような大胆な戦い方をした方が――と、ここまでですか」


 自慢げに自らの余裕について語りかけていた彼は、少女を手放した。

 力無く地面に叩きつけられた彼女は、その時点で敗北を喫する。

 だが、小男は止めをささない。


「ではまた」


 ランペルツは破れた上着を拾い、余裕の退場を演じようと足を踏み出す。

 が、そのつま先は大きく滑り、彼に片膝をつかせることとなる。

 突然の出来事に動揺し、その数秒後になって彼の表情はかつてない強張りをみせた。


「なるほど――あの時ですか」


 胸を抑え込んだ彼は、そのままうつ伏せに倒れ込んでしまった。

 呼吸が荒く、不自然な汗がにじむ。

 これは、毒だ。

 流石の悪魔も生命の維持には貪欲であらざるを得ない。

 もがき苦しんだ末に林から何とか這い出る。

 しかし、そこまでで彼の意識は潰えてしまった。

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