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魔女は復讐戦争で破滅する  作者: かわかみさん
魔女が立つ戦争の章
36/81

第33話 魔女は勝利する

 アリーは、演説台に立っていた。

 凱旋、その翌日のことだ。

 急きょ用意させたわりに作りは立派で、その音声はラジオを通じてバルトブルク全国に放送される。

 無罪の報告と共に帰還した彼女の第一の晴れ舞台に相応しい、大規模な催しだ。

 アリーが見下ろす足元には大勢の兵士。

 マイクの向こう側には、全ての国民が待機している。

 満を持して、アリーは第一声を放った。


「魔女は勝利する」


 挨拶もすっとばして行われた宣言は、これまでの彼女の活躍によって強い説得力を帯びていた。

 アリーには目の前の群衆の他に、遠い地であがる歓声が聞こえてくるようだった。

 兵士たちはすぐに喝采を送り、アリーはこれ見よがしに勇ましく台に手を突く。


「私が不在の間、長らく戦局はこう着したようだ。だが、此処にアウレリアは戻った。即ちそれは、明日にでもあげられる宴の用意をせよということだ」


 声が鳴りやまない。

 既に彼女は魔女ではなく、この国をあっさりと勝利に導いた超常的な英雄だった。

 戦場に立ったのは弱冠十四歳の美女。更にはそれは下層の魔女。

 にもかかわらず、国の未来を瞬く間に切り開いて、見せつけられたのだ。大衆がたぎり狂うのも道理というもの。

 あまりにも声援が止まない。

 アリーは次の言葉を放つため、いったん静まるようジェスチャーする。

 静寂は沸騰した物の周りにはなかなか訪れないもの。時間はしばらくかかった。

 

「さて。いつになったら別荘を建ててよいものかと、待ちくたびれていることと思う。安心するがいい、すぐに新天地は手に入る。我々は幾日か準備した後、バウムヨハンの突貫へと向かう。これまでとおなじように、魔女の力によってこの道は開かれるだろう」


 少しだけ会場がざわついた。

 そのはずだ。この中にスパイが居れば、もしくはラジオの向こうで聞いている敵が居れば、いま彼女はそれらに向けて作戦の方向性を暴露したことになる。

 いいのか、大丈夫かとまばらに聞こえてくる不安の声。

 だがそれもパフォーマンスの一部だと、すぐにアリーは証明する。


「まあ騒めくな同志よ。慌てる必要などどこにあろうか。魔女は戻り、更には特別な手立て(・・・・・・)すら携えて来た。作戦の枠を言い零したところで、もはや何の問題も無い。無警戒な全国への放送が、その確信の証明だとも。傍受するならすればよい、力無きベルネブットよ。我らは堂々歩いて臨み、そして貴国の王冠を頂戴しにあがろう。たった一日とかからずにな。そうだろう兵よ!」


 アリーは挑戦的な通告の後に、場の者達に声を挙げる機会をくれてやった。

 その調子にすっかり乗せられて、沸騰した号を鳴り響かせる兵士たち。


「非道な兵器を使ってこい虫けらども! 何をもってしても、我らの勝利は揺るがない!」


 言うだけ言って士気を爆発的に高めると、アリーは壇上を去った。

 全国のラジオ放送を伴った規模であるにも関わらず、その演説時間はわずか二分。

 その半分が、拍手喝さいによって占められていた。





 アリーは、自室に戻った。

 椅子に腰かけ、机の正面にある窓の外を見つめる。

 目の前に資料がばら撒かれているが、そのいずれにも手を付けない。

 ただ、じっと、背もたれに掛かっている。

 真昼に昼食も取らず何もしないで座っている姿は、まるで老後の時間を持て余す老人。

 一時間も、二時間も。日の向きの観察でもしているかのよう。

 だが、それにも目的はあったらしい。

 次の出来事が証明した。


「見事な演説だったな。お前らしい」


 ずっと無音だった部屋に、男性の声が響き渡った。

 ドアは開いていない。

 窓も閉まっている。

 通気口からも誰も覗いてはいない。

 アリーに変声の技があるわけでもなければ、実は男性だったということでもない。

 答えは、イスの()にあった。


 イスに座るアリーの姿を映す影の中から、真黒な何かが立ちのぼる。

 人の形に変形し、立体的に立ったその影は、再びアリーに声をかけた。


「どうやって俺に伝えるのかと思えば、なるほど。お前は賢いよ」


 影はその姿を現実離れしたものから徐々に変化させた。

 最終的に、それは一人の男性の姿となる。

 アリーの傭兵業が軌道に乗り始めたあの時、アリーが行動の準備を始めたあの時、奴隷州の路地で密会した黒髪の男だ。


「早かったなエドガー。確か、車両より少し速い程度だったか。時間からして、この辺りに待機(・・)していたようだな。流石は我が意志を知る者。聡いことだ」


 背を向けたままのアリーを見下ろし、長身の痩せた男は返事をした。


「……お前のその偉そうな口調には慣れないよ。エド、エドって、もっと可愛かったよ。あの頃は」


 昔からの関係をにおわせるエドガー。

 邪魔者もなく、会話は続く。


「何年前の話をしている。私から愛らしさを奪ったとすれば、それは奴ら(・・)だ。奴ら(・・)さえ滅ぼせば、私がお前に甘え、庭を駆け、少女らしく振る舞う日も来よう」


 子音の強い発音をするアリーが、いつにも増してその舌を尖らせている。

 顔は、エドガーからは窺えない。

 しばらくの静寂が流れた。

 そして、アリーから本題を切り出す。


「確か、腕の見せ所とだけ説明したな。魅せ方を教えてくれる」


 そう前置きをすると、アリーは今後の動きに関する指示を淡々と述べた。

 エドガーの方を一切振り返ることなく、順を追って、資料を音読するように話した。

 彼はそれを、少し悲しそうな眼差しで聞いた。

 指示が終わると、もう用は済んだと部下を下がらせるような口を利き、彼を追い払う。

 それに対して一言だけ残し、エドガーは再び影の中に消えていった。


「もう余地はない、か」


 それは、アリーを深く理解しているらしい男ならではの感想だった。

 人が消え、再び静寂につつまれた個室の中で、残った少女はぽつりとつぶやく。

 一言二言、(くう)に向かって風船のように言葉を浮かべる。

 それは重厚感を帯びた、かつ、深く暗いものの吐露。

 この世のありとあらゆる魔物に憑かれたかのようであり、まさに浮世離れした様だった。


「ああ麗しい――(かばね)満ちたる絶景かな……絶景かな」


 その顔は、大きく笑っていた。


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