第32話 クローバーの確信
ランペルツによって、アリーの無実が証明された。
バウムヨハン第二次攻勢の終わり頃、ランペルツ主導で現場の不発地雷の回収作業が行われた。
それを調べたところ、バルトブルクの武器会社、マンゴルド社製のものだと判明。
この事実が意味するのは、アリーがそれを購入することはできないということ。そして、疑いが数家の貴族へと転嫁されるということだった。
更には敵と内通していたという疑いに関しても、彼女のアリバイを示すハイラントフリート以外の証言が多数集められ、この二か月近い間、敵と連絡を取り合っていた事実はないと証明された。
地雷の出どころについて、ランペルツは御前議会の場で以下のように説明した。
まず、対人地雷の製法や製造権はマンゴルド社が専有している。
マンゴルド社は現状、その売り渋りをしており、購入できるのは国か資本元のライシガー子爵家、ローゼンハイン伯爵家、エッフェンベルク侯爵家のいずれかに限られている。つまるところ、一般には販売されていないということだ。
そして、差別意識の強いことで有名なマンゴルド社長は、末端までそれを徹底しており抜け目ない。
他人種や低階級の者、更には豚以下と軽蔑する魔女の手には間違っても自社製品を売り渡すことはないと考えられる。
軍はこの地雷を保有しており、ウルの迎撃戦で使用した。しかし、多くの議事録が証明する通り、以降に地雷の敷設を公的な作戦として行ったことはなく、関与はないと判明している。
従って、アリーまたはその関係者が地雷を手に入れた可能性は低く、同時に上述の条件に該当する貴族家の者、もしくは軍上層に独断で地雷の敷設を行った者がいるとの新たな疑いが浮上することになる。
以上のように弁舌を振るったランペルツに議会が説得され、賛成多数で追及の停止が決まった。
一連のランペルツの活躍をもって、アリーは見事無罪放免となったのだった。
アリーはランペルツに連れてこられた病院で、化膿の進んだ腕を中心にしっかりとした治療を受けなおしていた。
看護師の中にも秘匿の魔女がいて、床の彼女にいたわりと声援の言葉を耳打ちしたこともあった。
ようやく、彼女の身体に平静が訪れたのだ。
しかし、アリーはずっと目を閉じたままだった。
どういうわけか、四六時中目を閉じて、ぼうっとしている。
食べ物にも手を付けず、眠っているのかどうかもわからない状態が続く。
看護師が食事を食べさせようと介抱して、開口から租借まで面倒を見てようやく、といった始末。
精神的疲労がそうさせているのだろうと診断され、戦況につける情報は遮断。安静にして経過観察という処置になった。
そして二週間後。
魔女特有の高い自己治癒能力によってほぼ万全の状態にまで回復したアリーは、戦線復帰の達しを受ける。
そのためにわざわざ出向いた兵に謝罪と新たな命令の書状を届けられ、旨を聞かされている際にも、彼女は目を閉じて横になったままだった。
臨時の判断で兵から要請を受けた医師は、アリーに対する精神鑑定を実施。
そこに至ってようやく口と目を開いたアリーは、実に正常に受け答えをして見せ、自分が気狂いでないことを証明した。
結果を見て安心した兵は再び伝達をし、帰って行った。
アリーはその背を、子供のような表情で眺めていた。
「アリー様だ!! 帰ってきたぞ!!」
ハイラントフリートのひとりが輸送車に気付き、声を挙げた。
更に三日後の真昼にアリーが運ばれてきたのは、一か月以上も前に去ったのと同じ場所、占領地の仮医療施設だ。
魔女たちはずっとここに滞在し、こう着した前線と経過知れずの主人を窺っていたのだ。
輸送車から降りたアリーは、久しぶりに砂を踏んだ。
落ち着きすら見せ始めている敵地の空気を改めて吸うと、彼女はすぐに仲間と兵士たちに迎えられた。
柔らかな表情で彼らの心配を払しょくしたアリーは、数人と握手をするとそのままの足で前線司令部と通信できる部屋へと向かう。
階段を駆け下り、広場を後にしようとするアリーの元へマルクが走ってきた。
彼女はウェイセンフェルトの惨劇の混乱から、今の今までまったくアリーと顔を合わせていない。
ポーカーフェイスがアイデンティティのマルクも、流石にその表情を喜びと安堵で満たしていた。
「アリー、アリー! よかっ――」
マルクは、声をかけたつもりだった。
群衆を掻いて駆け寄って、彼女に再会の抱擁をするつもりだった。
だが、それは無視された。
マルクの声をかき消したのは、あまりに騒々しい広場の音か、それとも他の何かか。
いずれにしても、マルクは呆然と立ち尽くす事しかできなかった。
アリーは、急ぎ足でその場を去った。
通信指令室で前線指揮の佐官に状況を問い合わせ、ウェイセンフェルトへ奇襲をかけたことで守りがより強化されてしまった旨を聞く。ガス兵器もその影を臭わせており、攻めあぐねている状況が続いているようだった。
アリーはしばらく考えた。
そして次なる作戦を練るために、すぐに現場士官での会議の約束を取り付けた。日程は二日後と、急ごしらえだ。
しかし、女神の帰還に佐官の声ははずんでいた。
彼は希望の表情をうかがわせる声色で通信を切る。
無線を置いたアリーは、即座に以前自室としていた部屋に戻り、地図を広げてペンを片手に睨みあう。
彼女が帰ってきたことを知らない者も多い中、そんなことには構いもせず、ひたすらに地形と塹壕、要塞の構成を考察し、突破口を探す。
現状、防勢が最も強固なのは南端のオーレンドルフ要塞。ここは最前線だ。
特筆して脆弱な個所は、報告上は存在しない。
そこでアリーは、これまで温存に温存を重ねて来た切り札の使用を決心する。
彼女は、翌日へ向けて準備を開始した。