第27話 魔女狩りの陰影
「どういうおつもりか、デューク・ベンヤミン」
久々に宮廷に帰還し、小会議を後にしたばかりの小男を呼び止めたのは黒い長髪の男だった。
いや、正確に言うなら、男か女かははた目にはいまいち判別がつかない、中性的な人物だった。
髪を直線的に切りそろえた男は、その声すらも女男であり、ランペルツをすぐに振り向かせた。
「おやおやまあ、久しい事で。リコ卿、今までどちらにおいでだったのかな?」
リコ・ラインハルト・シュトラウスといえば、誰もが知る魔女狩りの名門貴族。その公爵位の持ち主である若者だ。
棒読み口調をそのままに、リコは小男に係る問責を再開する。
「なぜ対空攻撃を行われたのか」
ランペルツは何の気なしといった態度を維持しつつ、ふわりと切り返す。
「やれやれ、久しぶりに声をかけられる側になれたかと思えば。当然のことじゃあないですか。国家防衛のためその任の最高位に就くこの私が不利な戦局を打破し――」
ぺらぺらと流ちょうに駄弁を繰り返す小男に、いら立ちも敵意も、終いには責める意志すらも含有されない直線的な台詞が突き刺さる。
「当然だ。魔女狩りが公に魔法を行使してはならないことが、ね」
ほう、とやや挑戦的な態度の相手に身構える目つきを採用したランペルツ。
リコの言う事、それはその通りだった。
魔女狩りは、公には魔女であると公言されていない。
魔力と魔法の痕跡をある程度追うことのできる魔女であれば、それらが同類であると悟ることができるが、一般の市民たちはそれを知らない。
「その心中、察せないこともない。しかし、我々は魔女を征する魔女。その矜持に背くことは許されません」
「私が彼女に与していると。これは滑稽なことを」
違うとでも?
リコはランペルツを煽った。
そして、魔女狩りのすべてが軍法会議に招集されていることも付け加える。
相も変わらず底深そうな表情の小男も、今回ばかりは少々不愉快そうに見える。
「あの場で飛行船を迎撃できるものは、私の魔術をおいて他にはなかった。睨むべきは私ではなく、なぜ誰も迎撃できなかったのか。その一点ではありませんか?」
リコは首をかしげた。
彼の戦場の状況を把握していないらしい様子を察し、ランペルツはいら立ちの訳を明かす。
「陸軍機が制空を放棄して帰投した。わざわざ戦況を悪化させる命令を誰が、何のために下したのか。そしてなぜ、前線視察に統治大臣が足を運んだタイミングで企みを決行したのか。いくらでも勘繰り様があるじゃあないですか」
「疑わしきは司令部の方だと言いたいわけか。なるほど、それはもっともな事ですね」
リコは意外にもランペルツの答弁を理解した。
彼はランペルツに、軍法会議で答弁に賛成することを約束し、汚点を洗い出すことに協力すると告げた。
曲がりなりにも高潔な貴族一家の頭領。リコは、悪略を許さない心を持っているようだ。
「まあ、検討はついてるんですがねぇ。問題は、奴が上手く粗を残してくれるかどうか」
顎を撫でながら窓の外を覗き、小男はニヤリとする。
先の展開が楽しみであり、また厄介そうであるとの感想を述べたその表情は、リコには相当に曲がって見えた。
「貴殿は常にそのように悪辣な笑みをうかべているが」
半ば軽蔑したような目で相手を見据える。
読み切れない態度を保ちながら、ランペルツはそれに応じた。
「その悪党のまえで必ずボロを出す。あの男は、きっとね」
そう予言すると、小さく喜々とした後ろ姿で彼は去っていった。
リコはその長髪を掻きながら、特に反応を示さないままランペルツと別れた。