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魔女は復讐戦争で破滅する  作者: かわかみさん
魔女が立つ戦争の章
28/81

第25話 ヴィスキ渡河戦

 アリーは布を潜り、輸送車を降りた。

 数時間の長い道のりだったが、彼女の顔色に疲れは見えない。


 本戦にて別動部隊であるハイラントフリートは、先んじて攻勢をかけている自軍に援軍として合流する手筈で、その日の昼頃に到着した。

 ウルと平野での戦いに連敗したベルネブットは主戦力をヴィスキ川まで後退させており、自軍はこれを追撃、渡河を成功させる目的だった。

 先を見越して、戦線がこう着するようであれば加わるように、そうでなければ回り込みに参加するようにと言い渡されていた彼女らは、ギリギリまで切り札として温存されていた。

 しかし、状況は悪い。

 懸念の通り、塹壕(ざんごう)鉄条網(てつじょうもう)、そして河川による波状の防御線は、どれだけの突撃を繰り返しても突破できなかった。これは、ウルには存在しなかった大きな壁だ。

 新兵器の戦車や航空機も、期待したほどの突破力を見せてはくれない。

 彼女らがこの地に立ったのは、ウルの戦いから三週間も経った後のことだった。



 刺すような日差しをかいくぐってその瞳が目にしたのは、爆発音と号に包まれる、禿げ上がった大河だった。

 鉄の弾丸をはじき出す大砲、機関銃。石や土のうで作られた壁に身を隠す兵。塹壕(ざんごう)に隠れる兵の頭上では、砲撃がその首を狙っている。死の雨の応酬は、絶えず続く。

 地面はお互いの川沿いに長く長く引かれた塹壕(ざんごう)線に削られ、既に人の歩く道ではなくなっていた。

 この大運河を防ぐか、越すか。

 両者の運命が一局にかかっていると言っても良い、重要な戦いだった。


「凄惨――とでも呼んでやればいいか」


 ウルの森では、大規模な衝突が起きていたわけではなかった。

 彼女たちはうろたえる敵を、一方的に薙ぎ倒したに過ぎない。

 そういう意味では、今回が始めて目にする戦場(・・)といえよう。


 アリーが合図すると、他の輸送車から次々にメンバーたちが現れ、彼女の背後には三十人の魔女が立ち並んだ。

 その様や良し、錚々(そうそう)たる顔ぶれだ。

 他のメンバーは既に、四日ほど前から(ごう)にその身を置いている。一転攻勢に向けて機を窺う彼女たちは、結局アリーの到着まで動くことができなかった。

 脇についたドロノフが支給された長銃を手渡し、君主はそれを肩に掛ける。

 バッグには花ではなく、菓子でもなく、本でもペンでもない、鉄の火弾が詰め込まれている。

 アリーは煙の臭いの中、深く呼吸をした。


「さあ、行こうか」


 無表情の裏にそれぞれの想いをかくまいながら、忠臣たちは平らに頷く。

 前傾を演じるまでもなくアリーは駆け出し、鉄弾の嵐の中一匹の風となる。

 射程内に入った無謀な兵士を見て、敵壕からは機関銃の掃射が行われた。

 しかし、それは思いもよらぬ挙動によって避けられ、そして背負った大剣によってことごとく跳ね除けられた。

 敵方がバカなと叫ぶ前に、全ての魔女は一番後方の壕に飛び込んだ。

 榴弾の射程限界であるこの場所には、多くの後衛部隊が潜み、チャンスを狙っている。

 そこにマルクと、マーシャも居た。


「アリー様――!!!! 良かったぁ! 久しぶりー!」


 アリーは立つのもやっとなせまい壕内の様子に準じ、身を屈める。


「辛かったろう。まだやれるか?」


 アリーはまっすぐ敵の方を覗きながら、二人をいたわった。

 というのも、マルクとマーシャは長い緊張と不衛生、そして窮屈によって疲弊しきった顔をしていたのだ。

 痛ましい様子に、追従したカミラは思わず涙をこらえる。


「平気――じゃないけど、まだいけますよ。サイアクだったけど、意外に良くしてもらえたし、こんなもんとっとと終わらせたいし」


 幸い、兵士の男どもは彼女らが魔女という事で、手を出してはこなかったらしい。

 むしろ戦場の女神たるハイラントフリートは、配給や排せつにおいて特に優遇してもらえたようだ。

 よしと頷き、アリーは通信兵に全豪に無線を繋がせ、その話口で、そして第一壕の仲間に対して作戦を話す。


「これよりハイラントフリートは、絨位()十三.五度地点から敵防勢に対する突貫攻撃を行う。前方には防御に強い魔女が配置され、後方第一壕には攻撃役が揃った。これは我ら魔女にしかできない、打破作戦である。作戦内容は――」


 アリーは配下に向けて具体的な命令を与え、その他の者にはそれに追従するように指示した。

 第一壕の中を見渡すだけでも半信半疑の様子が見て取れたが、陸指揮官とも合意しており、アリーには自信があるようだ。

 戦場のあらゆる感情は、一様に息を飲む姿勢を取った。


 アリーは準備の時間を十分にもうけ、装備の用意、ひいては心の整理の猶予を与えた。

 その命令に準じるように、マーシャはアリーに言葉を漏らす。


「アリー様……もし――」


 何が言いたいかは、主にはすぐに分かった。

 アリーの眉が、ひくと動いた。


「……ああ。私は――いや、なんでもない」


 何か言いかける。

 言いかけて、やはりやめる。

 マーシャはうつむきがちに頷いた。

 そして、どうにもままならない気配が続いた後で、アリーは次の答えを出す。

 彼女の、両の手を取った。


「私は、お前が大好きだ」


 はっとしたマーシャが顔を上げた先には、これまでにない笑顔があった。

 ふつうの少女のものである、やわらかな笑顔があった。

 マーシャの頬には、雨粒が伝った。

 美しい一本線を描いて、あごから落ちた。

 次の瞬間、彼女は優しく、主を抱いた。


「もし……もし、誰かが死んでも……私が死んじゃったとしても、私は――私はアリー様を恨まない。アリー様がくれた幸せを……皆と一緒に過ごした毎日を、忘れない」


 アリーの肩は濡れる。

 土砂降りの雨が、二人だけを濡らす。

 しばらくして再びアリーの目に映った彼女の顔は、吹っ切れたものになっていた。


「絶対、死なないから。絶対勝つから。絶対、またあの家に、帰るから」


 応。アリーは強く頷いた。


「準備はいいな。みんな――さあ、行くぞ!」






 途端、遠くで氷柱が立ち上がった。

 大地につき立てられた氷山は、同様に次々と現れ、大河を凍り付かせる。

 そして次には、地面から木の根が隆起し、立ちのぼり、長く連なる壁を成す。

 その瞬間に、全ての壕からいっせいに魔女が跳び出した。

 総数わずか、しかし敵の目に映るのは神にも代わる大軍勢だ。

 撃てども撃てども、木と氷の壁は無尽蔵に湧き立つ。

 おののいて塹壕から逃げ出してしまう者すらいる敵勢の真っただ中、黄金の輝きを放つ流星が飛び入った。

 突風を巻き上げ、銃弾で追えないほどの速力を見せつけ、壕を地面ごと弾き飛ばす。

 死神の如く巨大な刃を振り回し、ひと薙ぎの内に十人を斬り殺し、ばったばったと打ち倒しては空へ舞い上がる。

 追従した幾人もの怪物たちも、火や水、いかずちなど思い思いの奇跡を起こして逃げ惑う敵を殲滅する。

 後方からは負けじとやけくそな砲撃が行われたが、それも焼け石に水。

 自らの位置を知らせる事となり、どこからともなく飛んでくる雷撃によって焼き尽くされていった。

 木々の合間からバルトブルクの大軍も押し寄せ、凍り付いた河、木で架けられた橋を渡って揚々と乗り入る。

 前線の中心にあけられた巨大な穴はバルトブルク軍を快く迎え入れ、ベルネブット防勢をいっきに瓦解させた。

 ベルネブットが態勢を整えなおす頃には、既に勝敗は決していた。

 戦場からは、早々に勝どきの声があがった。





 ドカン。

 このように表現するのは無責任なほどの爆音が、後方より鳴り響いた。

 アリーは逃げ去る敵を追うのをやめ、はっと振り返る。

 すると、自陣中央付近に巨大な爆炎がのぼり、また次々に巻き起こっているのが分かった。

 何事かと形相を強めしばらく確認を取ると、はるか上空に奇怪な楕円体が目付けられた。

 そう、飛行船だ。

 硬式飛行船による戦術爆撃(・・・・)は、未だバルトブルクが実用化に至らない、敵国との技術的な差異の象徴であった。

 対空という着眼点はこの時代にはあまりなく、高高度を維持する飛行船を撃ち落とせる大砲などこちらには無かったのだ。

 成す術も無く、十隻近い爆撃船に焼かれる自陣。

 アリーは珍しく無策に、焦りに駆られ跳び出した。

 攻めるよりも速く引き返すアリーに気付き、低姿勢で狙撃を続けるマルクが声を張り上げる。


「アリー!!!」


 彼女がこんな大声を出すのは初めての事で、それは驚嘆に値する出来事だったが、彼女にはまったく聞こえていない。

 アリーは河川を飛び越えて、爆撃のただなかに飛び込んで行ってしまった。


 ちくしょう、ちくしょうと口汚く焦燥を口にし、救助を試み被害者を探す。

 そうこうしているうちに、後続の船団による第二撃が開始される。

 唸ったアリーは跳びあがり、なんと落下する爆弾の元まで飛翔して軌道を変えた。

 大きくそれた榴弾は、河や森の方へ落ちる。

 しかし、全弾にその影響を及ぼすことなどできず、着地と同時に彼女は爆風に見舞われた。

 吹き飛ばされて泥まみれになったアリーは、轟音による耳鳴りとめまいでバランスを失い、倒れ、吐いた。

 うつ伏せに這い、地面を強く殴りつける。

 そしてそこで気が付く。

 戦闘機がまったく飛んでいなかったことに。

 確認するため何とか上向きになると、やはりそこには陸軍機は無い。

 優勢に転じたタイミングで、なぜ制空権を放棄したのか。

 柔い木製の紙飛行機でも、機銃によって飛行船を追い立てることくらいはできようものを。

 なぜだ。なぜだ。

 アリーが怒りと疑念に打ち震え立ち上がろうとしていると、泥に照り返された光で空の変化に気が付いた。

 再び見上げると、そこには一本の光線。

 森の方から伸びる神業(しんぎょう)の一太刀が、飛行船を裂いた。

 そしてそれは、幾重にも折り重なって飛散する。

 光が次々と爆撃船を撃ち落とし、天地の平静を取り戻して見せる。

 周囲からは歓声が上がり、アリーは複雑な思いに駆られる。




 あれは、ランタンと太陽の魔女だった。

塹壕……銃弾を避けるために地面に掘る側溝みたいな穴のことです。その性質上、長く、幾重にも引かれています。衛生状態が悪く、そしてなかなか突破できないことで有名です。

戦術爆撃……兵隊が戦ってる現場に爆弾を落とすことです。(たぶん)「戦略爆撃」となると、戦場じゃなくて工場とか街を爆撃するっていう意味になります。

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