第23話 アウレリア遊撃小隊の発進
時はついに訪れた。
バルトブルク王立軍団の行進パレードを横目に見送り、五十人の魔女は、少年少女には似合わない軍服に身を包んでいた。
それらは、中には十歳前後の子どもまでいる、到底これから戦争に向かう隊列とは思えない様子だった。
これが世の常かと目頭を押さえる者もいれば、敵を蹴散らして来いと高ぶる声援をぶつける者もいる。
彼女たちは、親愛なるアリー様を筆頭に出立する。
「ハイラントフリートの諸君。おはよう」
アリーが軍団を振り返り挨拶をすると、まばらな返事が宙に浮いた。
「どうしたみんな。ああ、今朝は早かったからな」
現時刻、午前四時。
前日には打ち合わせと武装配備があり、彼女たちには十分な睡眠時間はなかった。
まだ若い者ばかりが集まった衆には、疲れも眠気も見えて当然だった。
そこでアリーは鼓舞の演説をするかと思われたが、どうやら一概にそうとも言えないようだ。
「皆、不安と疲れを押しての参加だ。無理もないな。私も正直なところ、不安だ。ここから一歩踏み出せば、そこはもう戦争――いつ死んでもおかしくない戦争だ。爆弾が飛んでくる。機関銃弾が飛んでくる。塹壕は不衛生で、確実に安全とも言えない。そういう、怖いところだ。作戦が具体化するにつれて、直前に迫るにつれて、ようやく実感がわいてきた。私もみんなと同じように、怖く、苦しく、逃げたく、残した後悔も多い。死んでしまうのは、怖い」
アリーは、それが正直な言葉なのかどうかはわからない、しかし、確実に抱いているであろう不安を共有した。
誰もがそれに頷き、近しい者は彼女との思い出を振り返る。
早起きなカラスが、死の匂いの方へと飛んでいった。
「しかしだ。みんな」
アリーの声色が変わり、うつむきかけていた少年たちの顔が上がる。
服の擦れる音がいくらか鳴り、注目は集まった。
「私には大義がある。全うすべき、正義がある。私は、この戦争で領土ではなく、魔女の自由を勝ち取るのだ。たった五十人の魔女だけが運よく救われた……それで終わりでいいのか? 魔女であるか否かは関係ない。多くの人々が、蹴られ、詰られ、打たれ、犯され――泣いているのだ。牢の片隅で、泣いているのだ。どうして魔女なんかに生まれてしまったんだろうと。或いはそんなことすら考えられず、ただ踏みにじられるだけの生を受け入れる。こんな不条理を破壊できるのは、今しかない。我らしかない。家族が再び抱き合うために、我らが屈辱を晴らすがために――」
アリーはそこまで威勢よく、実に爽快な勢いで語った。
拳を握りしめ、胸の熱くなる思いに駆られる者が多かった。
だが、彼女の言葉は止まった。
暗い曇り空が、いきなり静まり返ってしまった。
「おまえたちを、巻き込んだ――」
アリーの表情は、その場にいた者にしか説明がつかない。
誰もが、彼女の正義を押し通すうえでの傷心を悟った。
アリーは、ここに来て後悔をしていたのかもしれない。
これまで何らかの感情に突き動かされてきたと、そう仲間に心配されていた彼女。
しかし、彼女には正常なためらいが抱かれていたらしい。
「アリー様」
しばらく黙ってしまった主君に声を上げたのは、最前列に立ったカミラだった。
アリーは彼女の言葉に目を向けた。
「私たちは、家族です。家族とは、運命を共にする集団。あなたがどこへ行こうと、何をしようと――私たちは、投げ出されたその命に続きます」
真っすぐな視線を送り終えたアリーは、うんと小さく頷いた。
彼女が周りの顔を顧みると、そこにはひとつとして後ろ向きな表情はなかった。
全員が、旅立ちの合図を待ち構えていたのだ。
それらを汲み取り、少女王はライフルを背負った。
「行こう。朝が来る」
歩き出したアリーに続き、ぞろぞろと魔女の行進が始まる。
いよいよ胸に迫る窮屈な感情が、何人かの少年を締め上げた。
その中には、元々のハイラントフリートももちろん含まれている。
思わず息を飲みカバンを握りしめたエルザを見て、横の大男はその背中に触れた。
「大丈夫だ。行くぞ」
少女の方に視線を寄越すことも無く、実に不器用でぶっきらぼうな励ましだったが彼女にはそれが救いだった。
ドロノフのひと声をきっかけに、エルザは歩き始めた。
その隊列の先にある、火の手に向かって。