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魔女は復讐戦争で破滅する  作者: かわかみさん
目くるめく静寂の章
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第18話 シャッツカマー会合・嗚呼煩わしや御前会議

「よくぞ集まってくれた。諸君らはいずれも此度の戦争の要。本会議はその顔合わせである。心して臨め」


 王がそう前置きを放ったのは、ヴァイスマウアー城上階。普段は政府内の会議に使う議室だ。

 晴れ晴れしいパーティの客が帰り去った後、アリーはランペルツに連れられてここに来た。

 長卓に静座するのは、国家の巨柱。総勢二十九名だ。

 後の世に史実書として描かれるとすれば、差し詰め三十人会議というところだろう。

 参加名簿に名を連ねるのは、陸、海軍大将など主に軍部関係者。

 そして統治、産業、経済、行政、司法の五人の大臣が王のそばに付き、ついで程度に戦時における民草の動きの筆頭として、奴隷商社ババコワの代表が参列する。

 誰も彼もが、パーティに出席した装いのまま、かっちりとしたスーツ姿を並べている。


 会議の進行役として、経済大臣のオットー・F・S・エッフェンベルクが口を開く。

 アリーに警告状を送り付けた男だ。


「本日の議題は主に三つ。一つ目は戦時における経済封鎖と、諸外国との外交につける手筈について。二つ目は軍司令部の結成、その人選について。三つめは……これが最も重要です」


 濃いブラウンの短髪の男は、痩せた眉をしかめて言った。


「史上初の……魔女との協力について」


 アリーは卓の最後列で足組みをして聞いていた。

 その表情は、周囲をうかがい警戒するようなものだった。

 なにせ、彼女以外そこに女は一人もいない。

 付き人の同伴すら断られた彼女は、真にこの場でたった一人だ。

 黒く優雅なドレス姿も相まって、本当にアリーは浮いていた。


「では早速始めます。まずは、戦時における貿易や輸送船――」


 エッフェンベルクが話を進めようと資料をめくった。

 が、そこで椅子の擦る音が響く。

 彼が何事かと向けた視線の先には、立ち上がったアリーの姿があった。


「――なにか」


「三つ目の議題から進めていただきたい。魔女であること以外には、私はただの一般人ですので。他の話題に付き合う必要はないかと」


 飄々(ひょうひょう)とした態度で恐れも無しに意見する姿は、どこか病的とすら映るものだった。

 やはりそれに対して、隣の席の佐官が横やりを入れる。


「礼儀のなっていない(メス)だな。座れ。分際をわきまえろ」


 佐官は持っていた剣で椅子の足を突き、指図した。

 しかしアリーは取り立てて怒ることもなく、むしろおかしくて笑いだすのを堪えながらそれに応答した。


「礼儀ならそこの王に問うと良い。組織の首、ひいては公爵を呼びつけるのに付きびと一人許さないとは、これほどの無礼がありますかな? そしてそれもひとえに、この私が魔女だから」


 アリーはにんやり口を歪ませる。

 王は無表情を決め込み、少し考えてから沈着をそのままに発言した。


「魔女に対する差別が存在するのは確かだ。我が王権内においても、私が指した程度では消えぬ嫌悪がある。これは歴史の産物だ。ここに並び立つ者ども全員がその影響下にあり、そしてそれを覆す機会があるとすれば、それは貴君の働きによって得られるのではなかろうか」


 アリーを含め全員が、その小演説を黙って聞いた。

 王よ気高しと深く頷く者。魔女への侮蔑の視線を強める者。

 それらを全てかい潜って、少女は。


「いいや違うな」


 対に座る二人は互いに睨みをきかせあう。

 すぐにでも小娘を咎め黙らせようと、周囲の何人かが手を伸ばすため傾く。

 アリーは、これを十分に引きつけてから撃ち放った。


「機会は、貴様らの恐怖が消える時。ただその一瞬に訪れるだろう」


 低く呟かれた言葉には、察し難い含みばかりが見て取れた。

 それを間抜けに思った陸将官が、少女を詰る。


「ふん。恐怖などと――魔女は不浄が故に遠ざけられているのだ。己が身をよくよく見返れ、大ばか者め。例え我らが小娘、貴様に対し恐怖しおののいていたとして。それを消すために貢献せよとのお言葉であろう。統治大臣。このような(うつ)けをなぜ呼んだのです。言の意も量れぬ餓鬼ではありませんか」


 将官は彼女の参加を提案したランペルツの責任を問う。


「よもや、魔女同士の肩入れではないでしょうな。それとも、十九の若年による乱心か? このような呆けた者に、戦略を漏らすは戦時の危機に他なりませんぞ」


 この険悪な様相を、時折笑いを漏らしながら傍観していた魔女狩りの者は、その問いにそっと答えた。


「いやなに。彼女は陽気な性格でしてね。こういった盛り下がった場が気に入らないのでしょう。ジョークですよ、大目に見てやってください。それに若造というのは言いっこなしでしょう、もぉ」


 とてもまじめに受け答えたとは思えないその態度に、わずかに舌打ちをしながらも将官は腕組みを戻した。

 アリーも静かに鼻で笑い、腰を席に付ける。


「まぁ、量れぬのはどちらかわかったもんじゃないがね」


 誰にも聞こえない呟きが、ランペルツの口元に漂い消えた。

 そして議題は、結局アリーの意見を尊重して第三題からの取りあげとなる。




 エッフェンベルクは魔女の具体的な戦闘への参加方法について、まずは軍部各位に問いかけた。


「魔女を師団編成に加えるにあたって、まずはその配属から決めたほうがよいでしょう。選択肢としては、海軍艦船に乗り組ませるか、あるいは陸戦での直接攻撃に加わってもらうか」


 妥当な二択から入る経済大臣。

 軍令のトップである統治大臣は、なぜか彼に議題の舵を任せる。

 エッフェンベルクが挙手を探し見渡すより早く、陸軍大将、即ち陸における命運の担い手が意見する。


「アウレリア卿の小隊には、陸後方支援についていただきたい」


 アリーの瞼が下がる。

 そら始まったと、笑みを浮かべる席もちらほら窺えた。

 彼にとっては想定通りの反応だったらしいが、一応エッフェンベルクは理由を問う。

 陸大将は、半ば喜々として答えた。


「我々陸戦力のみならず、すべての軍は魔女と共闘したことがない。特別戦力を交えた演習など無論しておらず、魔法とやらの規模、効果を詳細に把握していない。更に都合の悪いことに、貴女の配下は皆奴隷上がりだ。軍人ですらない戦の素人に加わられたのでは、かえって前線は混乱するでしょう。それに今になって編成を変えるなど……こちらとしては、魔女などリスクでしかないというわけです」


 理はあった。

 本格的な衝突まで、残り十日もない計算だ。

 そのなかで、慌てて魔女を編入した師団は不確定な問題を抱えることになる。容易に想像できることだった。

 しかし、アリーは意外にも効果的な反論を用意していた。


「編成については問題ない。我々は王立軍ではなく、あくまで傭兵。外部戦力として参戦する。そちらの兵を裂いていただく必要は無い」


 陸将は注意深くその言動を見張っていた。

 言葉の端々を警戒し、彼女をまったく信用していない様子だ。


「現場でのハイラントフリートは、陸戦突破補助の別動隊として動く。傭兵と名を上げたくらいだ。腕については心配には及ばない。そして指示、連携についてだが、これも戦術筆頭の者と逐一打ち合わせの機会をもらえれば問題ない」


「必要ないと言っている。魔女など、我々が手を借りるほどの当てではないということだ」


 アリーの説明の切れ目を狙い、陸大将は声を張り上げた。

 蔑視の衝くような勢いが、アリーを少しイラつかせる。

 彼女は次の言葉を備えた矢を、引き絞った。


「――侮ってもらっては困る。我々の魔法による攻撃力は、鉄塊に銃を付けた程度の戦車など優に粉砕する。奴隷上がりの素人でも、我らは魔女(・・)。貴殿らの想像をはるかに凌駕(りょうが)する戦果を挙げるだろう」


 この場の半数程度の軍人から、鼻で笑う様子がうかがえた。

 が、逆を突けば半数は真面目に聞いていたということ。

 最近登場した新兵器を引き合いに出し、その自信を披露したことが一部の者の興味を引いた。


「陸大将。前哨戦(ぜんしょうせん)で一度、実力を見せてもらうのも良いかと」


 若い海軍将官が口を開いた。

 王と変わらないと見える若さでその席を得ている彼は、流石の聡明さをもって続ける。


「敵戦力は、見積もり段階において既に、我が国と拮抗すると考えられています。付加戦力は有るに越したことはない。彼女らが実戦向きであるか否か、少なくとも確かめる必要はあるのでは?」


 年功における序列の意識が、陸大将の眉をひそめさせた。

 そこですかさず、海将はひとこと付け加える。


「国民の代わりに死んでもらえるなら、願っても無いことであります」


 周囲がざわついた。

 無音が終わりをつげ、笑い声を中心に雑音が巻き起こる。

 王と、二人の大臣。そして当事者以外は皆笑みを浮かべて隣席と一言二言交わし合う。


「言いよるわい」


 老官も満足げに髭を撫でながら笑った。

 陸大将も、これには頷かざるを得んとばかりに高笑いし、これを了とした。

 屈辱的な幕ではあったが、彼のおかげでアリー達は無事、腕を披露するチャンスを得たのだった。



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