第17話 シャッツカマー会合・嗚呼汚らわしやダンスパーティ
宣戦布告の流布から三日後。
アリーは統治大臣による直々の招待状をポケットに、第一区へと足を運んでいた。
もっぱら金持ちの相手をすることの多かった彼女は、この半年で一区にも通い慣れていた。
小道を使い、するすると近道で中心部へ向かう。
その行く当ては、第一区の中でも特別な区域。シャッツカマーだった。
道中、白いブラウスに青いスカートの夏らしい装いの彼女は、見るも優雅な可憐さを漂わせていた。
だいぶ大人になってきたアリーだ。その端麗な容姿にも磨きがかかり、街行く人々は皆振り返った。
しかし、そうした社会的な視線など今の彼女の眼差しには関わらない。
目的地へと、彼女は急いだ。
アリーが石壁そびえる大門を前にした時には、日は頭上を過ぎていた。
指定の時間は十七時。少々速い程度の到着だ。
「身分証を」
アリーはこれで通せと言わんばかりにポケットから手紙を放った。
それが彼女にだけ宛てられたものだと気づくと、後ろでライフルを構える兵は銃口を降ろした。
それでは荷物検査だと、今度は彼女の提げて来たトランクを取り上げ、中を窺う。
その一挙手一投足の端々には、魔女を軽んじる心持ちが見て取れた。
「ドレスだ。漁るな」
アリーの不機嫌そうな注意を無視して、内容が取り出される。
疑り深く、トランクの外側までも調べようとする憲兵。
アリーはいちいち反応してはいられないと、腕組みをして冷静に待っていた。
「……よし、通れ」
兵はあろうことか、トランクを彼女に手渡すのではなく地面に投げた。
淵からはスカートの端がはみ出ており、ぐしゃぐしゃに詰めなおされた事がうかがえる。
アリーは黙ってそれを拾い、スカートをなびかせて奥へ進んだ。
背中からは、わずかに舌打ちが聞こえたような気がした。
ヴァイスマウアーブルク。白き壁の城は、雄大にそびえていた。
要塞の内側に入ってから三十分近く歩いてようやく入り口が見えるほど、ここは広大な敷地だった。
だが、彼女を迎え乗せる車はない。
小奇麗な道路には、追い越す高級車ばかりが行き交っていた。
そこかしこに控えている軍人たちは、皆銃を携帯し、ひいては手に構えている。
重大なイベントであるからか、はたまた魔女の侵入を許すことからか。
いずれにしてもアリーは、黙って歩いていた。
「お早いおつきで、アウレリア卿」
入場に混雑する大きな城門の外には、壁に寄りかかる少年、いや、小男がいた。
ここに来て初めての、彼女を待っていた者だ。
「迎えの車すら寄越さんとはな。敗北の憂さ晴らしにしては地味な対応だ」
ランペルツは腕組みを解いて立ち姿を正す。
「まあまあ。そう怒らないでください」
互いに似ついた薄ら笑いをそのままに、ランペルツはハンカチを取り出してアリーに近付く。
そして彼女の髪を分けると、その額の汗をそっと拭きとった。
ハンカチをその手に握らせると、暑い中着込んだスーツの襟を治し、彼は城内へと消えていった。
アリーは、列尾に付き案内を待った。
アリーが呼ばれていたのは、豪勢なダンスパーティだった。
名だたる貴族、そして政府要人、第一区の金持ちども。
この国の富を支配する者達が、大会場を占めた。
臨戦という時勢に、こんな浮かれた催しをする理由は明確だったが、彼女はその裏の方に用があった。
魔女と人間の共闘、初めての試みの、その打ち合わせである。
その前に開かれるこのパーティは、どうでもいい前菜というわけだ。
彼女が会場に入った時には、既に大勢が優美な曲に合わせて踊っていた。
アリーはその中で、ひと際目立つ黒いドレスに身を包んでいた。
通り過ぎると香る透き通った匂いに、彼女の美しい金の髪に、男女問わず注目が集まる。
この中には世情に疎く、これを魔女と知らぬ者も多いだろう。しかし、知るか否かに囚われず、羨望の視線は一様に彼女に集合した。
アリーは王妃に挨拶の礼を済ませると、後の会合に出席する予定の者を探して歩いた。
「噂は聞いています、ミス・ベヒトルスハイム」
アリーは不意に声をかけられた。
振り返った先には、黒いスーツの似合う長身の好青年が、彼女に手を差し伸べていた。
「その手腕、そして麗しいお姿。聞きしに勝るとはこのことでしょう。どうか、お手を」
彼女がちらとよそ見をすると、その後ろにはアプローチの順番待ちでうろうろする男たちが見え隠れする。
無表情のまま、アリーは青年に言い放った。
「後ろに立つ。いきなり触れようとする。そして私を平然と姓で呼ぶ。貴殿には貴族の誇りが無いと見える」
青年はたじろいでしまった。
動揺しないふりを見せ、続ける。
「これはこれは……手厳しいですね。流石は――」
言いかけの彼を圧し殺すように、少女は立て続けに口を回した。
「赤毛に、その飾りは番犬の紋。アウデンリート家の者だな。息子のギルベルトか」
アリーは外見と、彼が左耳に下げた飾りからその出自まで読み取った。
的確な洞察に、青年はわずかに感嘆する。
「お父上の代わりは未だ務まらんようだな。そのざまでは」
アリーは捨て台詞を置いて去っていく。
青年はあっけに取られていたが、ふと気づき、些細な音は談笑に掻き消える会場の中、その背中に声をかけた。
「待ってください!」
気取った振る舞いを捨ててしまった青年は、革靴で思い切り走って彼女に追いついた。
「あの! ……あの、アウレリア卿。良ければ今度、ご馳走させてください。もう少しお話しがしたいんです」
アリーは目の前に躍り出た青年を無視しなかった。
どんな相手にも取りあうのが、彼女の性だ。
「――よかろう」
意外な返答に驚いた彼は、表情をこれでもかと好転させ、本当ですかと笑む。
しかし、アリーはこう続けた。
「今度があれば、だがな」
青年が再び表情を曇らせる前に、彼女はテーブルのワイングラスを引っ掛けて彼に手渡し、そのまま通り過ぎて行った。
ギルベルト青年は、再びあっけにとられてグラスを握ったままでいた。