表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女は復讐戦争で破滅する  作者: かわかみさん
目くるめく静寂の章
18/81

第15話 アリー様は変わった

 マーシャは呟いた。


 久々の会食で大量に出た洗い物を、カミラと二人黙々と片付けていた。

 ブランクとエルザは二階へ、フーゴとドロノフは屋根の修理に。マルキアは買い出しに、当主のアリーは参戦に伴う契約の一時停止の交渉をしに出かけた。

 三か月以上ぶりの、以前通りの生活だ。

 豪華な寝床と食事に迎えられ、土地を見歩き要人に付き歩く。そうではない。

 それぞれが、それぞれの仕事をし、それぞれ出かけていく。身を寄せ合い、狭い家でテーブルに集まる。

 こういう様子こそが、彼女らにとっては自らの生活であると、そう感じられるのだった。


 だがマーシャは呟いた。

 その胸のうちに差し迫った、不安とわだかまりを言葉にした。

 この光景が以前と変わらないからこそ、その閊えた思いが確信であると強調された。

 カミラは、それを横目で確認することも無く皿洗いを続けた。


「あんたは――何とも思わないの? 魔女を解放するって、戦争を起こしてまでそんなことする必要――」


 静かに、物悲し気に嘆く。

 四つも下の少女は、マーシャの問いにすぐには答えなかった。

 彼女なりの解を検討していたのか、それともなんと声をかければいいのか決めかねていたのか。

 とにかく、皿が擦れる音が響いていたことだけは確かだった。


 マーシャはそのうち仕事を終わらせると、手を拭いてエプロンを外し、(ほう)った。

 しばらく何をしようか迷い、最後の皿を片付けたカミラを振り返る。


「……ねえカミラ」


 何気ない言葉を後に続けようとしたのだろう。

 だが、それは途中で遮られてしまった。

 カミラが、小さく、棚に向けて話したからだ。


「わたしたちの人間としての命は、アリー様に与えられたもの。だから従う。あの方が、どんな選択をしようとも。どんな結末を望もうとも」


 マーシャは、彼女を憐れむような、見上げるような眼差しを向けた。

 カミラはあくまで棚に向けて、こう続けた。


「それにアリー様は、変わってはいない。あの方は、初めからああいうお方だった。そして忘れていたようだった――それを思い出したんだ」


 マーシャは、そう語る彼女を見据え続けていた。

 そして振り返った彼女の中に、自分と同様の表情を見つけた。


「あなたは残った。アリー様しかいないって、そう……わかっていたからでしょ?」


 二人の間には、頷きの後、奇妙に静寂が漂った。

 肺が窮屈に縮まってしまったようだ。

 臓を捧ぐと決した、それでも尚揺らぐ少女の(あわれ)が、それらを演出したのだろう。

 しばらく黙って、マーシャは去り際の言葉を残した。


「――あたしの家はここだから。それだけ」


 カミラは屋根上へ向かうマーシャを静かに見送った。

 そして微かに聞こえた物音に声をかける。


「虫に刺されますよ、マルク」


 彼女が呼びかけた後、ドアがそっと開いた。

 深刻な会話を偶然盗み聞きしてしまった白髪の少女は、侘し気に戸の内に入った。

 いつも通りの無言を醸しながら、いつも通り左手で背負ったマスケット銃を壁に掛ける。

 出かけの際も常に古銃を手放さない彼女の、仕事帰りの決まりの動作だ。

 彼女はその手を止めて、カミラにこう告げた。


「私は迷わない。アリーについていく――」


 眼もとは前髪にかくされ窺い知れなかったが、その表情の意味はカミラに伝わっていた。


「マスケットに誓ったから、ですか」


 彼女は頷くことなく、カミラを見つめた。

 そしてそのまま身体の軌道を変え、何も言うことなく上階へと去っていった。


 マルクが何も言わなかった訳を、カミラは知っている。

 彼女が一世紀前のボロを未だに持ち歩く理由が、そこに関係しているからだ。



 マルキア・ドゥルダーナ・ラウクにとって、銃床にAiyana()と書かれたあのマスケット銃は、その名と引き換えに、自分が誰なのかを示す(しるべ)

 彼女以外には知れない誰かから預かった、大切なお守りだ。

 彼女はよく、いや、いつも銃に誓いを立てる。

 イノシシ狩りで成果を挙げる、掃除を終わらせる、間違えないで買い物をする。とにかく何につけてもだ。

 言葉を述べるわけではない。刻まれた名前に指を当て、静かに銃口で床を突くだけ。

 彼女はそれをする理由も、いつからそうしているのかも語らないが、奴隷生活から解放された後、すぐに銃を探し出し取り戻したというくらいには執着していることが分かる。

 そして目立たないように何気なく行っているその習慣は、家族に気を配るカミラにはお見通しだった。


 カミラは彼女が何も言い返さずに去った理由を、そこから導いていた。

 日常の些細な目的にすらマスケットに理由を求める彼女が、今回もそうであると、うんと頷かなかった理由。


「家族だから……言い忘れてますよ、マルク――」


 カミラは少しだけ微笑むと、箒を手にして掃除に取り掛かった。

 あと一週間と聞いた、この仮初の静けさを噛みしめるように、ひと掃き、もうひと掃き。

 ゆっくりと間隔を開けて響く靴音が、屋根上からの物音と手を取り合う。

 カミラは、懇切丁寧に掃除をした。

時代設定を、技術面・文化面ともに1900年代初頭に統一しました。ですのでマルクのマスケット銃は現役のものではなく大昔の遺産ということになりますね!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ