第14話 すなわち、それは幕開け
群衆はにわかに騒めいた。
二日前、全区画区民会に配られた、王政布告集会の知らせ。各区内三つずつの区民会の関係者と、噂を聞きつけた大衆が集まり、演説場は一万人を乗せる超満員となっていた。
そして十一時ちょうどをもって、王が壇上に現れた。
王の名はカルロス・ダリウス・バルトブルク。短くそろえた黄金の髪が彼を象徴する。
二十一の若き君主は、その名誉をもって宣誓を開始する。
「我が親愛なる王国民たちよ。今日、私が参った理由。さぞや訝る内心であろう。ここにその答え、宣戦の布告を開始する」
一度止まったざわめきが、再び盛り返す。
しかし市民の態度は驚愕、というよりも、とうとうか。一律そういった様相に占められていた。
「呼称、ハイラントフリートの活躍は知っての通りだろう。その彼女らが先日の仕事の際、国境付近で敵警邏部隊と交戦。死傷者を出した」
王は続ける。
「だが彼女らは進んで争ったわけではない。むしろ、先攻の罪は敵方にある。ベヒトルスハイム公爵の予想によれば、魔女であることを蔑如しての攻撃であるとのこと。諸君らは、この短慮を良しとするか?」
会場にわずかに怒りの声が飛ぶ。
大多数の傍観者らも、おおむね同意の様子だ。
「魔女とは言え、我らが同志の一員であることに変わりはない。敵がその親愛なる家族が一人を攻撃したとあらば、これを許すは国辱である! これを機会に、これまで受けて来た度重なる挑発。そして侮辱の罪を、罰と返そうではないか」
そうだそうだ! と、ありきたりな怒号が空気を支配した。
半年超の時間をかけて魔女を許容し始めていた国民は、これを自らの国の一部と認めていたのだ。
「よって我らが王立軍は先んじて攻撃を仕掛け、報復として敵都征略を目指すものとする。無論、この戦いには魔女の力を借りることとなる。我ら異なる人類が手をとりあえば、仇相成す者などいない。立て! 全国民よ! 手に手を取り、戦おう。共に!」
一斉に演説場から歓声が上がった。
所狭しと集合した約一万の大衆のほとんどは、戦争に赴くことはない第一区の人間。他人事だからこそ、薄い正義感によって高揚できた。
アリーはその演説を、物陰から見ていた。
自分の証言を聞き入れ、戦争目的の正当化に利用する国家。その威勢良き宣言に共鳴する浅民。
この光景そのものが、彼女の描く通りのものだった。
王は壇上を降り、寄り来る護衛を控えさせ、アリーの方へ歩み寄った。
同様な黄金色の髪が立ち並び、二人の空間はあまりにも目立つ異様さを醸す。
「流石は殿下。同類にお優しい」
王はその高い背から少女を見下し、低く落ち着いた声で言葉を放つ。
「都合のよい行動をしてくれるな、小娘」
その面持ちは不愉快そうにも、笑いを堪えているようにも見える不可解なものだった。
アリーはそれを、相変わらずの不気味な笑顔で見返す。
「魔女の地位を向上させるだけでは、奴隷は放たれない。利権という箍を除かない限りはな」
王はなぜか、その狙いを見透かしたうえでアリーに忠告をした。
アリーは表情を変えない。
「せいぜい足掻くことだ――私の喉まで、そのか細い指が届く日までな」
王は捨て台詞を土産に、護衛に指示してその場を去る。
大層な皇族衣装が、石の床に靴音を響かせた。
少女はポケットに手を入れたまま、前を見据えて笑っている。
しばらくして、小通りには誰も居なくなった。
「人間の作る愚かな城は、愚かな人間によって崩れ去る――」
誰にも聞こえない呟きが、大気を突き穿った。
「カミラ、よくやってくれた。お前を信じていたよ」
帰宅した直後、開口一番にアリーは言った。
家には、既に七人の初期メンバー全員が集合していた。
褒められたが、カミラは頷くだけだった。
「みんないるな――ついてきてくれると信じていた」
彼女は今回の招集の際、ある条件に同意したうえで来いと命じていた。
それは、自分にこのままついてくる確信のある者。
結果離反者はなく、全ての家族がここに揃った。
「相談なしに事を決行したのは、済まなかったと思っている。だがこれは必要なことだ」
ドロノフがアリーの言葉の終わりを捕えて立ち上がった。
「そうじゃない。俺達が、少なくとも俺が言いたいことはそれじゃない」
アリーはドロノフの目を真っすぐ見つめた。
彼は主君に近付き、その肩を握った。
「どうして俺たちを振るいにかけるような手紙を寄越したんです……!」
大男の手のひらは、強く彼女を握った。
アリーは表情一つ変えない。
「あんたが何も言わず俺たちを受け入れたように――俺たちはついていく。全員な」
強い宣言だった。そしてそれに異を唱える者は誰もいなかった。
この部屋の雰囲気が、彼女がいかに絶対的な王であるかを物語っている。
全員が彼女の次の言葉を、静かに待っていた。
「――そうか」
アリーはその目を伏した。
口元はわずかに上がっている。
最近伸びて来た前髪に表情を匿いながら、彼女は宣誓を開始した。
「これより我らは、バルトブルク王国軍と連携して作戦行動に入る。先制攻撃に求められるのは、電撃性。これを補うは我ら魔女の力以外にない」
アリーの声はいっそう張り上げられた。
家に高い反響音を轟かすその剣幕が、戦時を物語っている。
「そしてこれは、国対国の戦争だ。大戦争だ。この中の誰かが。または私が死ぬことになるかもしれない。だがその先に待つものは、我らが悲願――魔女の解放。この戦争で最も重要なのは、我らが戦勝の要であったという歴史のみだ。私は命に代えてもこれを勝ち取り、そして謳う。魔女の勝利を」
ひしひしと伝わってきた。
彼女の狙いと、その誓いが。
魔女の功績を歴史に刻むために、彼女らはこの戦争に勝利する必要があった。
誰もが、息を飲んでそれを聞き届けた。
「諸君――」
アリーは、音を下げた。
迸る静寂が、耳を掻く。
再び開いた緑色の眼は、逆光の中にあっても尚輝きを放っていた。
「必ずここに帰るぞ」