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魔女は復讐戦争で破滅する  作者: かわかみさん
目くるめく静寂の章
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第13話 クローバーの目覚め

 アリーは、ひと月ぶりの休日を家で過ごしていた。

 大金が手に入ってもまったく改築することのなかった、相変わらず質素な家で。


 最初の家には元々ハイラントフリートだった八人のメンバーが住んでおり、それ以外の団員は各所に散らばった家に置かれている。

 つまるところ、この家だけは以前と何ら変わらない様子であるということだ。

 そこに出入りする者の数が、ほとんど半減してしまったという事以外には、だが。



 アリーはソファに座って、火のない暖炉を眺めていた。

 あの頃から半年が経ち、季節も移った。

 この国の夏は、日中はそこそこに暑いが夜は涼しい。厳しい冬の代わりが、この比較的快適な夏である。

 もう身を寄せ合い、互いに温めあう必要はない。


「お茶をどうぞ」


 カミラが冷たいコーヒーを差し出し、アリーはそれをわずかに口に含んだ。

 薄暗い家の涼しさと静けさが、二人の存在を際立たせる。


「どうした、カミラ」


 彼女の方に目をくれないまま、アリーは呟いた。

 黒髪の少女は、しばらく黙っていた。


 特に何も話すことのないまま、二人の時間は経過した。

 盆を持ってアリーの背中を見つめるカミラは、何を考えているのか察しの付かない顔をしている。

 アリーの方は、未だに何もない暖炉を眺めるばかりだ。

 そしてようやく、カミラが口を開く。


「フーゴから連絡がありました。ブランクを少し休ませるようにと」


 アリーは黙ったままだ。


「それと、四十八人目の手配が難航していると。ここにきて奴隷商たちに、品薄による売り渋りが見られるようです。ご存じの通り、私達の動きを見た貴族による奴隷の購買が進んでいる事が原因かと――」


 彼女は、空のコップを差し出した。

 カミラはそれを盆に受け、流しに持っていく。

 その背中に、アリーが声をかけた。


「カミラ。頼みがある」


「……はい、何なりと」


 アリーの顔は、位置関係上こちらには見えなかった。

 ソファ越しに見える彼女の金の髪が、窓からの風に煽られた。


「――アリー様?」


 返答はない。

 言いかけで眠ってしまったのかと、仕方ない顔をするカミラ。

 彼女は主君に近付いた。




「国境で兵を殺せ」


 はじめ、カミラは何を言われたのか分からなかった。

 アリーの声が、ひどく小さかったからだ。

 もう一度問い直し、そして今度こそ彼女の意図を完全に知ることになる。


「お前に割り当てた西端の地主の件。その最中に、敵の斥候を殺せ。一人は必ず生きて帰すことだ」


 彼女の命令は、国境付近に展開するベルネブットの警邏隊との交戦だった。

 なぜそんな真似をする必要があるのか、現在の傭兵業の目的とまったく反対の行動をとる理由があるのか。彼女はその耳を疑った。


「アリー様、いったい――」


 カミラは動揺を隠せなかった。

 主君の考えが全く読めない。

 家族に、ましてや最も近しい配下の自分にこんな突飛な言いつけをするなど、本当に彼女がアウレリアであるのかも怪しまれるようなことだ。

 カミラはじきに自身を律し、聞き返した。


「そんなことをすれば、本当に戦争が起こってしまいます。しかもその引き金役を買ったとなれば、私たちの立場は――」


「兵の一人が発砲し、なし崩し的に戦闘へと発展した。恐らく魔女への差別意識からくる攻撃だったのだろう。だがそれは言い逃れのできない侵略行為である」


 アリーは、いつになく凄みのきいた様子で喉を鳴らした。


「バルトブルクは勝利できる確信さえあれば戦争を惜しまない。多勢の魔女が加わった軍事力ならば、ベルネブットなど容易く蹂躙できる。戦いに臨む大義名分、そして我ら付加戦力の協力。これらを得られれば間違いなく我らの発表に賛同し、攻撃を開始するだろう」


 確かに、彼女の予想は的を射ていた。

 戦争理由に足るきっかけさえ与えてやれば、両国はすぐにでも交戦するだろう。

 国の北、西に係る領土を争っている二国は、いずれにしてもアリーの計画する事件を問題にするはずだ。

 だが戦争を誘発する理由がわからない。

 彼女は、それを問うた。


「簡単だよカミラ。この戦争は我々、救世の軍団(ハイラントフリート)の崇高なる目的に連なる」


 アリーはソファを立ち、じっくりと振り返った。

 その表情は、人の言葉を以てしては語り切れない、凄絶なるものだった。


「魔女の解放だ」


 カミラは、答えになっていない答えを飲みこみ、静かに頷いた。

 そうするしかないと判断したのだ。

 主君を見て、彼女のその目に従うしかないと。

 彼女の額には冷や汗が浮かんでいた。





 十日後。

 カミラはバルトブルク西端の広いトウモロコシ畑に居た。

 ここを見回り、外敵の奇襲に焼かれぬよう守るため。正確には、その契約を守るためだ。

 今日は特に日照りが強く、彼女の黒い髪は熱を帯びて汗だくだった。

 しかし、彼女は薄着に帽子の夏の装いではない。

 胴を覆う重い鉄の鎧を着て、腰にはいつもの長剣の他に短銃を差し、その頬には口元を守るバンダナが巻かれていた。

 外敵を警戒するだけにしては、少々張り切りが過ぎる武装である。

 その重騎士は、まっすぐ迷いなく西へと歩いていた。

 その先には、経度によって引かれた仮国境がある。

 雨雲が、すぐ近くまで迫っていた。


 彼女は目的地が近くなると、トウモロコシの穂の中に身を隠した。

 風に葉が擦れる夏の音だけが、彼女の緊張感を駆り立てる。

 足音を殺しながら、少しずつ前へ、前へ。

 汗の落ちる音もなく進む。


「おいおい、こんな所まで来て大丈夫か?」


 カミラの足が止まった。

 わずかに垣間見える、銅の鎧。その背に刻まれた紋は、間違いなく隣国の物。

 それが、畑の終端の直前まで来ていたのだ。

 数は四人。十歩程度の距離だ。

 彼女は息を飲んだ。


「平気だって。ここらは農場だ」


 カミラは少しばかり震える吐息を、入念に押し殺した。

 幸い空は曇り、こちらの位置は陰に隠れている。チャンスだ。

 心で落着け、落ち着けと唱える。

 命令に従うのみ。アリー様のためにと念じる。

 そして、トウモロコシの影からゆっくりとその指を向けた。


「いやぁ、にしてもいい出来だなぁ今年は。ちょっと失敬してもばれねぇかな?」


「娘さん好きだったっけな。ま、いいんじゃね? こんだけあれば一本ぐらい」


 狙いを定める指が止まった。


「そんじゃ失礼して。スープにでもしてやっかなあ」


 カミラのすぐ近くで、男が数本のトウモロコシをもぐ。

 彼女は、何もできなかった。


「へへへ。国境警備も、あながちロクでもねえもんでもねえな」


 男らは去っていく。

 彼女の指先は未だ標的を捉えたままだったが、吹雪に凍えるかのごとく震えている。


 逃すな。

 三日待って、これまでにないチャンスだ。

 この機会を、逃すな。

 撃て。撃て。撃て!



 彼女は撃てなかった。

 カミラの魔法の腕は一流以上だ。

 しかし、それを披露することはできない。

 彼女は、心を殺せなかった。

 膝から崩れ落ち、何も考えられなくなった。

 カミラは作戦に、失敗した――


「そういやトウモロコシで思い出したけど、最近黄色い髪のアリーって魔女が有名だろ?」


 失意の彼女の耳を、そのフレーズが衝いた。

 全身を打つ震えが、止まった。


「ああ。こういう危ない土地を警備する組織だとか。そういう手合いがいるかもしれねえから近づくなってのにお前は」


「厄介な組織らしいから、そろそろ暗殺部隊が行くんじゃないかなぁ。僕はそう聞いたけど」


「へー。にしても魔女を使うなんざ、お隣さんもずいぶんトンチンカンな真似するねぇ。そりゃあ猫に皿洗い、犬にパイを焼けってなもんだ!」


 男たちの笑い声が草原を渡る。

 カミラは再び立ち上がった。

 狙いを定める目は、涙を湛え、強く睨みを利かせたものだ。




 直後、()が一人の男の首を叩いた。

 雨かと思われた、わずかなしずくだ。

 空を見上げると雨雲は勢いを増しており、ぽつぽつと降り始めている。

 男は止まった。


「降り出したなぁ……おいどうした」


 別の男が、異変を感じ後ろを振り返る。

 男は唖然とした。

 もう一人のその喉に、槍で()いたような穴が開いていることに気付いたからだ。

 さっきまで冗談をはたいていた男は、ふらりと崩れ地面に落ちる。


「なっ――!? 敵襲だお前ら!! クソ……どこだ!!」


 三人の男は地面に伏せる。


「こいつは、銃じゃねえ――! まさか、例の……」


 男は短銃を抜き、草むらから周囲を窺う。

 刹那、その隣から鈍い声が響いて落ちた。

 男がもう一人、死んだ。


「畜生畜生!! ――そうだ、畑だ! トウモロコシ畑まで走んぞ!」


 二人の生き残りは、短銃をあてずっぽうで放ち、畑を目指しがむしゃらに走った。

 けたたましい唸り声を上げて、身を低くしながら。

 しかし、それは徒労だった。

 畑から黒い影が飛び出し、銀色の閃光を放つとともに首が落ちる。

 最後の一人は、その場に尻もちをついた。


「や――やめてくれ――」


 恐怖に慄き、今にも失禁しそうな死の間際に立たされた彼は、直後。その顔をゆるめた。

 目の前に出て来た敵は女。

 そして、まだ十八にも届かない子供のようだった。

 しかも、彼女は泣いていた。

 男は怪訝そうな顔をする。

 頬を流れる涙が、彼女がそうせざるを得ない理由を推し量らせた。


「おめぇ――」


 少女は、震える手に剣を握りしめる。

 男がなにか声をかけようとした時、彼女はその胸倉をつかんで放った。

 そして、身に付けていた短銃でその辺りを撃ち、男は逃げだす。

 それが当てる気のない、自分を逃がすための威嚇だと気づき、振り返りながらも。



 カミラはそれを見送り、血の付いた剣を落とした。

 雨が強まり、びしょぬれの彼女は畑の端にたたずんでいた。

 鳥が雨に逃げる羽音が、わずかに聞こえた。

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