第12話 炭鉱護衛
この日、アリーは直々に取引先に来ていた。
付き人を引き連れ、ヒールを穿き髪はまとめてあるなど、少々礼儀の良い態度だ。
彼女が馬車から降りたその場所は、大貴族の一角、ビルンバッハ家の私邸だった。
「ベヒトルスハイム様、お待ちしておりました」
「失礼する」
アリーはコートを脱ぎ、邸にあがる。
するとすぐに使用人が迫り、まったくつっかえることなくコートと荷物を受け取る。忍んで雪落としにかかる。一言二言で案内人がつく。
カミラは少し遅れながらアリーに合わせたが、これが貴族の立ち振る舞いなのかと冷や汗をかいたことだろう。
この様な場面に慣れているうえに、その女性たちに優しく優雅に振る舞う余裕を見せる主人。
使用人たちもどこか張り切っており、相手を見下さない彼女の器に引き込まれているようだった。
ますます主人を尊敬すると同時に、カミラはビルンバッハ家の規模に少し身構える。
大豪邸を通り越して、ここは舞台のステージのようだ。
大げさに次ぐ大げさが仕込まれたあらゆる装飾は、彼女の目を回す。
カミラは数キロほども歩き、そのうえでようやく応接室にたどり着いた気がした。
実際にはすぐ近くなのだが、様相の雅さゆえに、目からの情報量が多すぎてそのように感じたのだった。
案内人がドアをノックする。
実に丁寧にもったいぶった間をあけて、彼女は部屋に立ち入った。
書斎のように飾られたその部屋は、客の鼻につかない程度に香料がまいてある。
そのど真ん中のえらぶった椅子に腰かけて待ち受けていたのが、今回の依頼主のモーゼス・ローデリヒ・ビルンバッハ伯爵だ。
「お初にお目にかかる。アウレリア・ベヒトルスハイムだ」
カミラも続けて名乗り、礼をする。
伯爵はあごさきで彼女らに座るよう促した。
ふかふかのソファに腰を下ろした二人は、対面する位置にやってきた伯爵とさっそく商談をはじめる。
「相談したいとのことだったが、如何様に?」
「ずいぶんと生意気な口だな小娘。断りをいれておくが、私は爵位などに興味はない。家の高貴さ、由緒正しさなどに神経を費やすのはごめんだ。金にもならなければ楽しくもない。故に、ただ公爵位を冠するだけの小生意気な女にへりくだるつもりはない」
小太りで白髪交じりの伯爵は、アリーに自信満々の演説をして見せた。
この男は家の位こそ伯爵で、アリーのベヒトルスハイム家には及ばないはずだが、自身がやり手の実業家であり、一代で富を築いていることから相当な自信を持っていた。
権威に縛られないという点ではアリーと一致する価値観を持つこの相手に対して、彼女は悠々と返答する。
「理解した。ではモーゼス卿、対等な立場で聞こうじゃないか。どのような依頼をしたい?」
態度に変化が見られないこと。彼にとってはそれも、商談の進め方の判断材料なのだろう。
特に不機嫌になることもなく、話は進む。
「ハイラントフリートとやら。その腕前を確認している猶予はない。簡潔に言えば、即時の警備だ」
伯爵の言うところでは、最近開発を進めている炭鉱が度々野盗の襲撃にあっているのだという。
現場からの報告によると、犯人はもともとその付近に住んでいた村民たちで、立ち退き料として渡した金を元手に武器を仕入れ、採掘を妨害したり、取れ高を強奪したりしているらしい。
原因と結果の説明にごまかしが無いかどうかは、アリーにとってはどうでもいい。
単純な戦闘、これは最も魔女が得意とする分野の依頼だ。
彼女は、快諾した。
「わかった。すぐにでも人員を用意しよう。次は期間と報酬の話だ」
アリーは四日後から二十日後までの間であれば手隙だと説明する。
が、モーゼスは意外にも日雇いを希望してきた。
「武装しているといっても、所詮は田舎の愚民どもだ。魔女が警備につき、それに一度遭遇すれば二度とはやってこれまい。よって、一日ごとに更新する形態での雇用を希望する。交戦し、馬鹿どもを焼き払えばそこで終業だ」
アリーは要望に応じ、日時を取り決め日ごとの先払いで契約し、この日は邸を後にした。
帰り道、揺れる馬車の中でカミラは主人に問う。
「期間未定となりますと、メンバーの予定を先まで開けておかなければいけません。全体的に見て、儲けが薄いのでは……?」
主人もそんなことはわかっていて、なおかつ狙いがあるのだという事は彼女にも想像はついていた。
カミラは、答えやすいようにそのような受け皿を用意したのだった。
「その通りだよ、まったく。だが財のある者には顔を売っておきたい。それに、あれは相当の惜しみ屋だ。でなければとっくに警備を付けているし、襲撃を野放しにはしないだろう? 魔女で一網打尽に、など……それほど警備を常駐させる金が惜しいというわけだ。だから全てに応じたのさ」
下手にごねても渋られるだけだと見抜いたアリーは、そのわがままに全く同意する形で話を上手く進めたのだった。
「なに、これまで通りだよ。仕事をすればそれでいい」
アリーは進行方向だけを真っすぐ見据えている。
彼女の忠実な臣下は、その腰の据わった姿勢に相変わらず安心させられるのだった。
「……もしかして――」
明け方、五時。
動員されていたのはドロノフとブランクだった。
炭鉱で働いている従業員たちは七時ごろには帰り、それと入れ替わるようにしてやって来たのがこの二人。
夜の見張りである彼らは交替で眠っており、ちょうど眠気のさめてきた頃合いのブランクは敵の来場を確認した。
「ぎゃふんと言わせればいいんだよね……」
立て続けの任務で、しかもさきほどまでずっと起きていたドロノフを起こさないよう、小さな少女は静かに立ち上がる。
彼女は、草木をかき分ける物々しい音の方を睨む。
そして長銃を担ぎ、たたっと駆けて炭鉱の入り口付近に躍り出た。
「アリー様が任せてくれたんだもん。できる、できる――」
初めて目にする殺気立った大人の集団。
明確に攻撃の意図があると知っている敵を相手にするのは、何件かの傭兵業務に出た彼女にとっても初めてだった。
恐ろしい魔女といっても、その正体が十前後の少女とあっては竦んでしまうのも仕方ない。
銃をぎゅっと握りしめたブランクの前に、とうとうその軍団がやってきた。
「なんだ? このガキ」
「焼け肌だな。みなしごか? ああ?」
この地を追われた村民などと聞かされていたが、彼女にはそうとうガラの悪いマフィアの者か何かに見えた。
その手にクワや農耕用の器具を握っていることから、情報自体は間違ってはいないようだが、正義や土地への想いから、といった動機ではなさそうであることは明白だった。
「帰ってください! そしてもう二度と来ないでください! そうすればひどい目には遭わせません!」
優しい少女は、指示には無い慈悲深き忠告をした。
しかし、こんなちょこんとした少女に諭されるような手合いであれば、とうに盗みなどやめているだろう。
案の定、七人程度の男たちは大笑いをあげる。
古典的な劇の如く、ひとりの男が銃を向けて彼女を脅す。
浮かない表情を浮かべながらも、ブランクは戦闘を心に決めたようだった。
「な、なんだ!? これ!」
彼女がじっと見つめると、猟銃からたちまち芽が吹き、ツタが絡み、銃口を喰い塞いで使い物にならなくなる。
まったく予想通りに動転した男たちは、口々に怒声を上げる。
「てめえ、魔女か!」
襲い掛かってくる男たちは、その行動から言動まで全てが分かりやすく、ブランクは彼らをその足元から伸ばした木のつるで捕えた。
草木を操る葉と森の魔女は、どのような場所からでも植物を発生させ、変形することができる。手も触れずに敵を倒す、まさに魔女的な才能だ。
きつく締めあげて諦めさせようとするブランクだが、まだ経験が浅い。
他にも敵が潜んでいる可能性について、彼女は考慮できていなかった。
はっと気が付いた時には、既に真後ろで斧を振りかざす男。
走馬燈のように思い出が彼女をよぎり、反射で身をすぼめる。
少女が一番に名前を叫びたくなったのは、敬愛するアリーだった。
だが、その必要もなかったようだ。
ブランクが静寂を不思議に思い見上げると、そこには思わず驚く大きな背中。
彼女は、あっさりと助けられた。
「こんな可愛い子供に斧で不意打ちか」
それはパートナーのドロノフだった。
土の擦れる音がしたかと思えば、次の瞬間には敵の男は内臓を叩き潰さんばかりの突きに吹き飛ばされていた。
優に三人は人が死ぬ勢いで仲間を殴り飛ばす大男に、流石に恐れをなした野盗たちは泣きわめいて暴れる。
ブランクがそれを放してやり、命からがら、彼らは仲間を置き去りにして逃げ消えた。
「やれやれ。すまなかったなブランク。気を使わせちまって」
彼はそもそも、寝ろ寝ろと言われて横になったふりをしていただけだった。
敵に気付いたブランクにしばらくやらせてやり、危ない所を補てんして上手く実戦経験をさせたというわけだ。
照れくさそうにしている彼女を見て、あまり表情を使って笑わない彼もにっこりする。
それから二人は従業員の出勤を待ち、帰ってアリー経由で報告をするとビルンバッハは安く済んだと大喜び。
実力を認め、ケチケチし気味は変わらないがチップを寄越した。
ハイラントフリートの傭兵業務は、こうしてしばらくの間続いていくのだった。
※焼け肌……この世界における、肌が黒い、茶色いことを指す差別用語です。