第11話 肥大
アリーの目論見は完全な状態で具現化された。
ターゲットとしていた奴隷商から早速一か月の長期契約の申し出が立て込み、二、三人のチームで三件の依頼が成立。半年先まで予約が埋まった。アリーは短期契約のみでシフトを組み、比較的自由に動ける状態に。ハイラントフリートは、すぐに大忙しとなった。
皆、ほとんど住み込みでの働きに追われ、全員が顔をそろえて食卓を囲むことは全くなくなっていった。
各人がそれぞれに抱く感情はあろうが、いずれにしても彼女たちの状況は改善していた。
心強い戦力である魔女への待遇は、この緊張した情勢の下では良いものだった。
行く先々で温かい食事が振る舞われ、何件か遠出の一般市民の護衛などもあり、そこにおける会話で魔女への誤解が解けたこともあった。
家族が集まることはできなくとも、誰もが一生懸命に働いた。
そうして約三か月が過ぎた頃、彼女たちは人手不足に陥った。
大手の奴隷商から地主まで、あらゆる金持ちどもがこぞって彼女たちを味方に付けようとしていたのだ。
この国全土から伸びる手に、たった八人では対応しきれなかった。
そこでアリーは、潤った資金を使い、再び奴隷の買取を始めた。
魔女の奴隷の相場は、一人頭十万バーク。
優先して契約を取りつけようと余分に払う奴隷商たちのおかげで、アリーは当初の予定の数倍の金を得ていた。
ここに来て、ハイラントフリートは十人の増員を果たした。
「アリー様、この子たちは?」
アリーはアーテム中から買い集めた少女らを連れ、次点の頭であるカミラ、マーシャに引き合わせた。
「新しい家族だ。こちらから、アンネ、ゾフィ、シュテラ、モニカ、ハイジ、イローナ、カトリーン、ベリト、アリーセ、ローゼ。私が魔法の訓練をするから、お前たちはこの子らの顔と名前を憶えてやってほしい」
アリーはそういうと、二週間の訓練期間を設け、すぐに例の小屋に向かってしまう。
カミラたちは少し戸惑いつつも、新しい家族を歓迎した。
アリーはすぐに新入りを実用化した。
二週間とかからずに、十人全員が魔法による高レベルの戦闘を行えるようになった。
その手腕もそうだが、何より一定の才能を見抜くその翠眼が光る。
あっという間に以前の倍も仕事を増やしたアリーは、その後も増員を続け、半年間で見る見るうちに組織を肥大化させていった。
だが力を付けることは、同時に格上から目を付けられることにもつながった。
「警告状だと」
「はい。このような文書が、今――」
休暇中のアリーにカミラが見せてきたのは、格式ばった書体の書状だった。
上等な羊皮紙に刻まれていたのは、彼女らに充てた政府からの警告文だ。
アリーは眉間にしわを集めながら、手紙を睨みつける。
『ハイラントフリート一団諸君。時下ますます清栄のことと存じ上げる。諸君らの風評は十二分に届いており、感服の至りである。既に伝わっていようが、王室見解として諸君らの運営継続を認め、法的論拠に基づき売買の妨げになるような拘束措置は見送ることとしている。政府全体として、更なる国防への貢献を期待する所存である。しかし、諸君らの実力を正しく評価するのであれば、これ以上の規模拡大は今後の契約交渉に不要な不均衡をもたらすと予測できる。ついては、諸君らに総員五十人以上の増員を停止する提案をしたい。これを快諾するのならば、以降の一切の運営内容を認める次第である。返答の程は、指印付きの文書での提出を王立管理局にて受け付ける。 経済大臣 オットー・フィリップ・シドーニウス・エッフェンベルク』
アリーはその手紙を暖炉に投げ捨てた。
火に滑り込んだ羊皮紙は、瞬く間にクシャクシャになり灰と消える。
経済大臣という肩書にそれなりの威圧感があることを、彼女も重々承知している。
この警告は、決して無視できるものではなかった。
「いかがいたしましょうか……」
カミラは主君のいら立ちをいたわるように、控えめな声を出す。
「――いいだろう。まずはこれまでだ」
その小さな呟きに、カミラは首をかしげた。
「明日までに了解の旨を提出しておけ。私は出かける」
そう、カミラに乱雑に言いつけると、アリーはかばんを持って出て行った。
その場にいた初期からのメンバーは、皆不安そうに見送る。
マルクがカミラに近付き、ドアを見つめながら小さな声で言った。
「……アリー、最近変」
カミラはそれに頷く。
「ええ。少し――」
二人はしばらく、閉まりかけのドアを見ていた。
このところ、多忙故かアリーはいささか殺気立っているように見えた。
新しい家族と違い、ずっと行動を共にしてきた彼女たちならそれがわかる。
すべては環境に伴う変化だと、じきに落ち着くものだと信じることしかできない。
カミラはため息をついた。
アリーは、アーテム第四区の奴隷街を訪れていた。
雷轟く土砂降りのなか、傘もささずに急ぎ足で。
檻に入れられた少年少女たちが、噂のアリーに縋るような視線を向けてくる。
ごつく薄汚いぶ男たちは、アリーさん、アリーさんと猫なで声で挨拶をしてくる。
彼女はそれらを全て無視し、目的の路地の更に奥へと進んだ。
その暗がりでアリーを待っていたのは、一人の青年。みすぼらしいかっこうの、長身の男だった。
アリーは持ってきたかばんを彼の足元に放り投げる。
びしゃんと、どぶを革が退けた。
「四十人は用意しろ」
男はアリーの存在に気付いたような素振りも見せないまま、腕組みで壁に寄りかかったままだ。
コートから水が滴り落ち、先ほどまで屋根のないところを歩いていた様子がうかがえる。
そしてアリーは男にはっきりと聞こえるように、低い声で言いつけた。
「時が来るまで準備し、それ以外に目立った行動はするな。私が演説で勝利を宣言した時が、お前の腕の魅せ時だ。事が終わったら次の決起の演説を聞いて、適当な奴隷商を襲え」
男は帽子を取ると、こげ茶でべったりした髪を掻いて言った。
「とうとう決心したか。アリー」
アリーは少しの間黙って、頷いた。
「――ああ」
男はそれを聞き届けると、再び帽子を深くかぶり直し、バッグを持って去った。
神の悲しみを映すかのようなその大雨の中、一匹のオオカミは、寂しげな後ろ姿を挨拶に消えた。
アリーの瞳は最後まで彼を見送り、ひとつため息をついて。
そしてまた、滝雨に走り出す。
「肥大」には二つの意味があります。