第9話 盲目の魔女
七人の少年少女は、思い思いに通常の仕事をしていた。
炊事、洗濯、掃除に家の修理、主の看病。
来たる約束の時刻までのわずかな時間を、半ば確定した死を惜しむ病人のように過ごした。
「……フーゴ」
椅子に腰かけた神妙な面持ちのフーゴは、そばに寄ってきたマルキアに呼びかけられた。
直後にハッとした彼は、その時点で彼女の存在に気付いたようだった。
マルクは何か用がありそうに見えたが、しばらく黙って立ったままだった。
「どうしたの?」
その静かな間において、彼にはマルクの茶色い肌も、それを隠す白い髪も、そのジレンマも見えてはいなかった。
彼女は例え仲間であろうと、自らの醜さを嫌って傍に立たない。
盲いた彼にだけは、そういった感情を抱かずに済むのかもしれない。
会話するにはだいぶ奇妙な時間が経過したが、マルクはようやく口を開いた。
「戦うの」
たったのワンフレーズが零されたのみだったが、その意図は十分に酌むことができた。
フーゴはしばらく考えてから立ち上がり、彼女の両肩に優しく手をやった。
「戦うよ。大丈夫、ここには強い魔女しかいない」
マルクは伏し目がちに黙り込み、少しして頷いた。
フーゴはそれ以上何も言えず、また、何も言うべきでないと分かっていた。
彼は彼女の肩から去ると、手すきのエルザを連れて薪を集めに出かけた。
一番近い林へは、小屋から百歩も歩けば到着する。
しかし、その方向や位置が正確に分かるフーゴに、まだ慣れないエルザは疑問を覚えた。
いくら魔女と言っても、目の見えない状態でこうも簡単に健常な行動ができるものなのか。
「あ、あの――」
エルザは自分の赤毛をいじりながら、遠慮がちに尋ねた。
「フーゴさんはどうして森の場所がわかるんですか? 家の中でも普通にしていたし……」
彼は、それなりに無礼だが最もな質問に快答した。
「ああ。見えるんだよ、風景が。有機物でも無機物でも、僕には存在感が分かる。正確には、分かるようにしている、かな」
彼は、経験から周囲の様子を把握する魔法の使い方を会得したこと、常に気を付けて周りの様子を把握していることをを語った。
先ほどマルキアに近付かれた時は、気を払っていなかったため気付くのが遅れたということらしい。
「気味悪いかな、やっぱり」
彼の目元は隠されていたが、苦笑いの表情は誰の目にも寂し気に映ったことだろう。
エルザはいたたまれない気持ちになり、そんなことはないと言い返しはした。
しかし、彼は頷いた後も清々しい表情にはならなかった。
「――あの男」
そんな彼が次の言葉を発した時、エルザはハッとした。
フーゴの表情が、屋根裏に身をひそめ外を窺っていた時と同じものに変わっていたからだ。
「ランペルツ……奴は、僕からこの目を奪ったに等しい。僕が必死にこの訓練をしたのも、ああいう手合いと戦えるようにするためだ」
その過去に何があったか、彼女には想像もつかなかった。
しかし、その一言にただならぬ憎しみが込められていたことは察せられた。
アリーやドロノフしかり、彼女は仲間たちの露わにする真っ暗な感情に少し心を痛めていた。
「復讐……ですか? あの人を殺して、復讐するんですか?」
その声はわずかに震えていた。
エルザがいまどういう気持ちなのか、目の利かない彼にもはっきり聞き取れた。
フーゴはわずかばかりの沈黙ののちに、頭を掻いてその空気を笑い飛ばした。
「ははは……そうだね、復讐。あいつをぶっ倒して、めちゃめちゃ謝らせてやるか! 貴族だし、めっちゃ悔しいと思うな! それでお相子だ」
彼の虚勢が、虚空に響いた。