第8話 北に墓を持つふたり
少女は眠っていた。
止血が済み、体温を取り戻し始めたアリーは、明け方には数人から魔力供給を受け回復した。
意識はまだ戻らないが、あれだけの大規模な攻撃を後ろに通さず受けたにしては、速すぎる快気だ。
主君の全身の火傷を手当てしながら、カミラがつぶやいた。
「私達は……これからどうすればいいんでしょう」
それは全く以て素直で、残酷な吐露だった。
アリーが一命をとりとめたにしても、次点のカミラですら先が分からない状況。これを不安に思わない者は誰も居ない。
「兎に角、移動しましょうよ。今日は気温も比較的高いし、できるだけ遠くへ――――」
フーゴが、何とか落ち着いた様子を保って発言した。
だが、あまり賛同を得られはしなかったようだ。
ドロノフが無駄だといい、カミラやマーシャもそれに頷く。
「俺たち全員の名前も、顔も割れてたくらいだ。もう包囲は万全ってとこだろうよ」
「何処へ逃げても、って感じだよね。たぶん――――」
希望を持たせようとした彼も、二人にそう言われて押し黙ってしまう。
マルクは窓際に立ち、外を見たまま反応しない。エルザとブランクは相変わらず不安そうな顔をしているだけだ。
ドロノフはため息をつき、マーシャは床に虫でも死んでいるかのような面持ちだ。
カミラはアリーに縋るかのように、その髪を撫でた。
皆が不安に沈黙し、絶望に近い焦燥に落ち込んだ。
「――――ま、落ち込んでても仕方ないし、アリー様が起きるまでにやることやってよう。ほら! さっさと動く!」
マーシャは姉気質を発揮して、皆に普段通りの行動をするように促した。
ハイラントフリートはそれぞれ、重い足取りで仕事にかかるのだった。
マーシャは、皆に仕事を言いつけたあとドロノフと小屋裏に出た。
彼は煙草に火をつけ、深く呼吸する。
二人は食料の状況だとか、引っ越しで出たゴミだとか、他愛ない仕事の話をした。
アリーの代わりに、年長の者がしっかりしなければと、そう思っていた事だろう。
だが、それでも二十歳を過ぎたばかりの青年たちだ。
腹に肝を据えきるのは、なかなかに難しい。
「ねえ、あんたさ。このまま死んでもいいって……思う?」
壁に寄りかかったマーシャは、雪を蹴っ飛ばしながらそう言った。
不意の呟きだった。
「けっこう楽しかったし、みんなで一緒に生活してさ。そんなに後悔とかないよ。もう――」
「バカ野郎が」
男は語尾を遮った。
ドロノフに跳ねつけられ、マーシャはハッとそちらへ振り返る。
「なっ――」
何か言い返そうとした。
しかし、彼女はそれをやめた。
その視界に映った彼の顔が、何か確かなものを語ったからだ。
ふーっと、彼は煙を吐き捨てた。
「死なせねえよ。お前らは」
女は静かに向き直り、声を出さずに頷いた。
その手は、そっと彼の手と結びつけられた。
「あんた昔っからそうだね。無責任な自信」
「北の男は強ぇ」
「ほんとかよ? アリー様には頭あがんないくせに」
「うっせえ。アリー様はご主人だからな。逆らわないでとーぜんだ」
「あたしと初めてチューした時もそうやって言い訳してたよな」
「なっ!? 今関係ねーだろうがそれよ! っつーか言い訳じゃねえ! あんときはホントに風邪気味でだな――」
和やかだった。
二人はお互いの存在に注意のすべてを費やして、時間が過ぎるのも、問題が迫ってくるのも気にしなかった。
そうして青年たちは、つかの間の安らぎに心を癒した。