八
「じゃあ、行ってきまーす」
「行ってらっしゃーい」
圭二は今日はプリントを提出するために学校に行く。
階段を降りる途中圭二は衝撃的な物を目にした。それは、
「壱様!?何でうちの制服着てるんですか!?」
「おー圭二。待ったぞ」
壱が圭二の学校の制服を着ていた。しかもちゃんと女子の制服。プラスアルファで薄手だが、大判の水色一色のストールを羽織っている。
「待ったぞって...いやどうやって制服...」
「妾は神ぞ?こんな服くらい、創造力でどうにか出来る」
「創造力って...そんなことでき...ああ神様だもんな...」
「万物の創造なぞ、妾にとって朝飯前よ」
「さすがですね」
恐らく壱は昨日見た瀬川の制服を見て、それを元に創造したのだろう。
細部まで完璧に造られている。神様の名は伊達ではないという事だ。
「では、行くぞ」
「はい...っていやいやいやいや!待ってくださいって!いきなり知らない女子高生が来たらおかしいって思われますって!」
「大丈夫大丈夫、全て妾に委ねよ。それとも、そなたは妾を信用出来ぬか?」
「あ...いえ、そんなことは」
壱は圭二に甘いが、圭二は壱に弱いのだろう。結局、壱と学校に向かう圭二。
内心、圭二は本当に大丈夫かまだ疑ってしまう。
横を見ると、呑気に鼻歌を歌う壱。
(まぁでも...制服姿を見れたのは...)
圭二の学校の制服は、結構可愛い部類に入るのだ。制服で選んで入って来たという女子が多いほどである。今その気持ちがやっと分かったような気がした圭二。
そして本当に学校に着いてしまった。
今のところ、初めて見る圭二の学校に興奮を隠せない様だ。
「ほほ〜、ここが圭二の通う学校か〜!」
「ちょっ、あまり大きい声を出すと目立ちますってば」
興奮する壱を圭二は宥める。
校門前で騒いだ為なかなかの数の生徒がこちらを珍しい様な目で見てくる。
「ほら、言ったでしょ?見たことない人がいたら、珍しいんですってば!」
(はっ!まさか壱様が見えているのは僕だけで、今僕一人で喋ってる頭おかしい奴で、むしろ珍しい目というか白い目で見られてるのって、僕!?)
気付いてからキョロキョロ見渡すが、白い目ってわけではないみたいだ。
そんな考えを巡らせていると、柴崎に背中を叩かれた。
「よっ!圭二!校門前でこんな美人さんと談笑かぁ?羨ましい奴め〜」
「え、柴崎まさか壱様が見えるのか!?」
「あ?おう、てか壱さんって言うのか?よろしく、俺柴崎って言います!」
「ああ、よろしく頼む」
あまりに自然に柴崎と壱は自己紹介を済ませてしまった。
どうやら壱の事は皆にちゃんと見えている様だ。
(にしても随分と自然に受け入れる。初めて見る人の筈なのに...)
先に行ってしまった柴崎を追って、圭二と壱も教室に向かう。
「壱様、もしかして何か力的なものを使ってます?」
「ああ、妾がここにいるという現実を自然な事であるという認識をさせている」
「つまり、今ここにいるみんなは、壱様が学校に通っても、おかしいと思わず学校生活を送るって事...ですか?」
「ああ、便利であろう?」
得意げに腕組みをして胸をそらす壱。
圭二の心配は杞憂に終わって、教室に入ってみる。
「お、圭二、壱さん。おはよ」
「おはよ...」
「ああ」
クラスメイトは全員壱を珍しい目で見ずに、そのまま受け入れている。
(本当に誰も気付かないのか...。神様ってのは、なんでもありなんだな...)
今一度壱の凄さを再認識した圭二。
壱は当たり前の様に圭二の隣に座ったが、圭二の席順的に隣は一つしかない筈なのだが、もう疑問を抱くのは止めることにした。
「えー、という事で〜、であるからして〜」
つまらない先生の話をつまらなそうに聞いている壱。隣にいる圭二の方を見ていると、真面目にノートを取っている。
「........」
「........」
「圭二圭二」
「ん?はい、どうしました?」
「あの男の話はいつ終わるのだ?」
「えー...あと35分ほどで...あの時計の針が30分を刺したら終わります」
「むぅ...遅いな...。もう飽きた〜〜帰ろう圭二〜」
壱は机に突っ伏し、足をバタバタさせている。
余程退屈だったのだろう。
圭二はしょうがないですねと言って、手を上げて先生を呼ぶ。
「どうした?」
「僕と壱様...壱さんは、具合が悪いので帰ります」
「えぇ?そんないきなりか?」
「えぇ、僕は今にも吐きそうで、壱さんは...壱さんもです」
「そうか、まぁ気をつけて帰れよ〜」
「はーい」
なんとなく誤魔化して壱と一緒に帰る。
ついでに学校にいた時間は、たったの一時間半。
帰り道の途中、壱に学校のことについて聞いてみた。
「どうでした?初めての学校は?」
「むー?つまらぬ。よくあんなところに毎日いけるな圭二よ」
「僕は行かなきゃいけないんですよ、義務教育じゃないですけどね...」
「よく分からんが、面倒だな...」
家に着くと、誰もいなかった。
華子と雄二は仕事に行ったようだ。
「思ったが、圭二は決して真面目ではないのだな。行かなきゃいけないと言っておきながら、こうして妾と帰っているではないか?」
「僕は、壱様のものですよ。壱様は僕にとって主人のようなもの。壱様の言うことには僕は絶対服従ですよ」
「まぁそうだが...」
家に荷物を置いて、制服のまま出てくる。
現在11時前、お昼ご飯にはまだ早いくらいの時間。
「ふぅむ...よっ!」
「あ!」
壱が何か考え事をしてから、一回のジャンプで軽々と本殿の屋根に登ってしまった。
圭二は下から見上げている。
「壱様〜!危ないですよー!」
「危ないわけなかろう、木の上は良くて、屋根の上はなぜ駄目だ?」
「まぁ確かに...」
「そなたも上がってこい。いつまで下におる」
「え?いや無理ですよ。ハシゴでもないと...それに大社の屋根に上るなんて罰当たりなこと出来ませんよ!」
「妾の社だ、好きにしろ。それにお前の身体能力は契約時に上げておいた。この程度の高さ軽くジャンプした程度で上れるぞ」
「え?そうなんですか?」
少し離れて、助走の為に少し後退する。
軽く走って、ジャンプしてみた。すると、
「うわぁあああああ!」
「飛びすぎだ馬鹿者。軽くと言ったろ」
本殿のはるか上空に飛んで行ってしまった圭二を屋根の上から飛んで受け止める壱。
「あ、ありがとうございます。壱様」
「力の使いこなしも、教えてやらなければいけないなぁ」
「そうですね...お願いします」
屋根の上に降り立ち、二人で遠くの景色を見る。何気に壱が見ていた景色を同じ目線で見たのは初めてな圭二。
「いつもこんな美しい景色を見ていたのですね...」
「ああ、ここは素晴らしい。妾が好きな場所でな、ぜひ圭二にも見て欲しかったのだ」
本殿の上から見た景色は、とても綺麗で美しかった。
手前には木々が生い茂り、ビルなど立っていないが、民家が立ち並んでいる。上から見た町の景色は6割7割が田んぼで、のどかな雰囲気を醸し出している。更に遠くには海が見えて、静かに波を立てているのが見える。都会のように騒がしくはない田舎だが、圭二はこの町を気に入っている。
(これからどうなるんだろう。壱様は、僕は、どうなる?)
圭二はこの先の事について考えた。
これから先長い年月、圭二は壱の側にいると決めている。それは契約の時、いや壱が目の前に現れたその時から。
だが、圭二の寿命が壱の寿命と同じなわけがない。壱が不老不死であったとしても、圭二の寿命は何十年程度。側にいれる期間なぞ高が知れている。
(僕が死んだら、また同じように御付きを付けるのかな?)
壱が自分の知らない誰かに向けて、池のほとりで見せたような笑顔を見せると思うと、圭二は心臓が痛かった。
同時にとても寂しく思った。
寂しくて、悲しくて、苦しくて、怖い。
死ぬ事ではなく、死んで壱が悲しむ事も、誰かにあの笑顔を見せる事も。
「........」
「どうした?圭二。泣きそうな顔をしおって?」
「いえ...なんでも...」
圭二はいつの間にか泣いていた。
それを隠そうとそっぽを向き、涙を拭う。
「泣いて...おるのか?」
「いいえ...」
「嘘だ。なぜ嘘をつく?」
「........」
壱が何度も顔を覗き込もうとしては圭二はそれを阻止しようと顔を背ける。
壱は諦めたのかもうしなくなった。
その代わりに話し出した。
「圭二、妾はな、御付きなんぞを連れて歩きたくは無いのだ。本当はな」
「え...」
「自由で、気ままに生きるのが好きなのだ。側近などほんとはいらない」
「じゃあ、なぜ僕を?」
「圭二だからだ。圭二とだけは、ずっと一緒に居たかった」
「........」
「圭二と色んなものを見て、色んな事を話して、笑い合いたいのだ。ずっと一人だった妾がこんな事を思うのは、自分でも驚いたのだが、本心だ」
壱は優しく微笑んでいる。その目は嘘を言っているようには見えなかった。
「圭二、今一度聞く。断っても構わん」
「はい」
「妾と生きてくれ、そなたの全てを妾にくれ」
「........」
圭二は黙ってしまった。
考えているのか、不安になったのか。
「僕の、全てを...壱様に?」
「ああ」
「そんなもの、とっくにあげてます」
圭二はニコッと笑いながら言う。
その顔に不安も恐怖もなかった。
「良いのか、これから何百年何千年もだぞ?」
「一緒に行きましょう。どこへでも、どこまでも」
圭二の未来は、今日ここに決まった。