六
「〜♫〜〜♫〜♫」
圭二が密かな楽しみにしているのが、壱の歌だった。
壱は時折歌を歌う。それは不定期で、同じ歌の時もあれば、違う歌の時もある。どの曲も圭二は知らず、勝手に昔の歌なのかと思っていたが、歌詞を検索しても出てこなかった。
恐らく壱の創作の歌なのだろう。
本殿で歌うこともあれば、木の上、屋根の上、池のほとりで歌うこともある。
聴こえにくい時は、バレないように近くまで移動し聴き入る。
だが今日、それが壱にバレてしまった。
いつもの様に歌っていた壱の声が部屋にいても聞こえなかった為、池がある方まで歩いて行く。すると、池のほとりで歌っている壱を見つけた。
草木に隠れて聴こうとした所に、枝を踏んでパキッと音を立ててしまった。
「っ!誰だ!」
壱はその音を聞き逃さず、バッと圭二のいる方へ振り向いた。壱は往生際が悪く足元の草の生い茂った所へ伏せて隠れた。
(うわ〜漫画みたいになった...)
こんなあるあるをやらかすなんて、と自分の行動を改めてバカらしく思った。
壱の足音はすぐ近くまで迫ってきていた。
そして上から覗かれ、遂にバレてしまった。
「圭二!?」
「ど、どうも...」
下から壱を見上げて、冷や汗をかきながら挨拶をした。
池のほとりの足元は芝生だったので、そこに二人で座りながら、圭二は言い訳をする。
「いや、違うんですよ。ちょっと聴きたいなぁって思ってしまっただけで...」
「........」
言い訳をしても、壱は恥ずかしかったのか、顔を赤くして頰を膨らませて、体育座りで拗ねてしまっていた。
「あのぉ、ごめんなさい。隠れて聴いてしまっていて...」
「...ぅせ...、........だろぅ...」
壱の声が小さくて何を言っているのか聞こえなかったので、圭二はもう一度聞き返した。
「え?何て言いました?」
「どうせ...下手だと笑っておったのだろう!」
「いや、全然そんなこと思ってませんよ!むしろ上手ですよ!」
圭二の言葉に驚いたのか、圭二の方を向いた。やっと目を合わせてくれたと安心する圭二。
壱はもじもじしながら、
「...ほんと?」
まだ顔を赤くしたまま、首を傾げて本当にそう思ったか確認してきた。
その仕草に可愛いと思ってしまう圭二。
「ほんとです」
ちゃんと目を見て答えた圭二。
そのおかげか壱は圭二の言葉を信じた様で、
「...ふふっ、えへへ〜」
今までの神々しさを取っ払った様に、ニコニコ笑う壱。圭二の言葉が余程嬉しかったのか、すごく喜んでいる。
その顔を見た圭二はというと?
(可愛いっ!僕の主人、超可愛いっ!!)
壱に悶えて、ほとりの芝生でゴロゴロ転がっていた。
「ほんとか?ほんとにほんとか?」
「ほんとにほんとにお上手でしたよ」
何度も聞き返しては、喜ぶ壱。
その喜ぶ壱の顔が見たいが為に何度も褒める圭二。
「そういえば、どうして下手だと笑われると思ったのです?お上手でしたのに」
「昔、口ずさんだ歌を聴いた者が、絶句した様に妾の事を見ていたからだ...」
「........」
(それはきっと、あまりの上手さに感動していただけなのでは...?とは言わないでおこう)
圭二はこの歌を上手いと他人が褒めたとして、その時に壱があの表情を見せると思うと、何となく嫌に思った。
「失礼を承知でお願いします。もう一度歌っていただけませんか?」
「い、嫌だ!もう一度よく聴いてみたらそんなに上手く無かった...とか思われとうないっ」
「そんな事思いませんよ。自信を持ってください」
「それでも嫌だ!」
あまりに頑なな壱。
圭二は昔ネットで見た。年上の女性に効果抜群と言われていた。上目遣いに甘える様に攻めていくというのを実践してみた。
「どうしても、駄目...ですか?」
「...駄目」
「壱様...?」
「...うぅ、駄目だぁ...」
「もっかい、聴きたいです...壱様...」
「........しょうがない、のぅ...」
「っ!やったっ!良いのですか!?」
「...良い」
コクリと頷く壱。
今回は、圭二の粘り勝ちだ。
壱はもしかしたら圭二には甘いのかもしれない。
「ごほんっ、下手でも笑うなよ?あとあっち向いておれ」
「えぇ〜お顔が見たいです...」
「それはさすがに駄目だ!恥ずかしゅうてまともに歌えぬ...」
「分かりました」
圭二は壱と背中合わせにして顔を見ない様にした。
しばらく待っていると、壱が歌い出した。
「〜♫〜〜〜♫〜〜♫」
「........」
透き通る様な綺麗な声。
自然と幸せな気持ちになり、微笑んでしまう。
ふと風が吹き、壱の絹糸の様に綺麗な髪を揺らす。フワッと良い香りが漂ってくる。木々は葉を揺らし、木漏れ日が心地良かった。
(あぁ...良いなぁこういうの...)
圭二は心の中でそう感じた。
(小さい頃からずっと僕の夢に出て来ていたが名前を知らないあの女性が、今壱様として出て来てくれて、僕の為に、僕の為だけに歌を歌ってくださっている。こんな幸せなことはない...)
「圭二?...泣いておるのか?」
いつのまにか歌は終わっていて、壱は背中合わせで顔の見えなかった圭二の顔を後ろから覗き込んでいた。
「やはり妾の歌は、嫌であったか...?」
「ごめんなさいっ、違うんです...これはそんなじゃなくて...」
涙を拭きながら首を横に振る。
「幸せだなぁと感じたのです」
「妾の歌でか?」
「壱様の歌にも、存在にも、今ある現実にも、です」
「そうか...」
「壱様、抱きしめてもよろしいですか?」
「...ああ、良いぞ?」
言われてすぐに圭二は、壱を優しく抱きしめた。
やはり良い香りがして、やわらかくて、細くて、でも、温かかった。
ちゃんとそこにいてくれていると感じる。
「ふふ、今日の圭二はわがままで、甘えん坊さんだな」
「すみません、もう少しだけ...このまま」
「ああ...」
そう言って壱も、圭二の背中に手を回して、背中をさする。時にポンポンと優しく叩いてみたりもした。
「何...あれ...?」
その光景を見ていた者がいた。
圭二と同じクラスで友達の、瀬川だった。