四十七
天皇を船の上に乗せて、解放する。
「な、何をするつもりですか?こんな事しても、何も得られませんよ!」
「いいや、あんたが協力してくれりゃ事は上手く運び、俺たちも長居はしない」
「大人しく言うことを聞いてくれれば何もしない」
「逃げたければ逃げるがいい、俺たちから逃げる事は出来ないし、どっちにしろここから逃げれば死ぬがな」
地上50メートルほど上にいるため、降りたとしても待っているのは死のみ。
天皇は考え、要求だけ聞く事にした。
「分かりました。要求は何でしょう?聞きましょう」
「八尺瓊勾玉の勾玉が欲しい」
「っ!欲しいと言ってあげられるものではないですね、それは」
「別にある場所を吐かないのであれば下にあるあんたの家を隅々まで探すだけだ。もちろん邪魔者は殺すがな」
「そんな力君にはあるように見えません...」
「信じないなら信じなくていい。俺は行動で示すタイプだ」
圭二は冷たくそう言い放つ。
もはや交渉ではなく、脅迫だ。日本という国の象徴を脅している。紅は天皇に哀れみを抱いた。
天皇は脅迫されているなか、圭二の目をジッと見つめている。誘拐され、脅迫されているにしては、とても落ち着いている。
「随分と落ち着くのが早いな、慣れているのか?」
圭二のその質問に答えず、天皇は何かを思い出したかのように、手を叩いた。
「ああ、君のその瞳。先程から見ていて誰かに似ていると思っていたら、あの人ですね」
「........?」
「綺麗な長い髪、黒の生地に白い鈴蘭の刺繍が入った着物を着た綺麗な方でした」
「っ!」
「名前も教えてくれませんでしたが、彼女はいつも皇居近くの桜の木の上に座っていましたね。私を見下ろして...彼女の瞳に君の瞳はよく似ている」
天皇は懐かしんで、その人との思い出話を話していった。
「人間が嫌いと、よく言っていましたが、この国を嫌ってはいなかったみたいで、景色を見るときのあの人の目は、とても綺麗な瞳でしたね。私を見る冷たい目が嘘のようでした」
「........」
「ああ、でもたった一人、人間の中で気に入った奴がいると言ってましたね」
「...誰と?」
「名前は...ケイジ。そう、ケイジという方です。あの人がそのケイジさんについてとても楽しそうに、嬉しそうに話すのです。珍しさ故に、今でも覚えていますよ」
「...そうか」
紅は圭二の名前が出て来て、やっと気づいた。
そう、天皇が言っている『その人』は、恐らく壱のことだ。
昔、天皇は壱に会っていたのだ。そして壱はすでに圭二に会っていて、天皇にその事を話している。
それを聞いた圭二はほんの少しだが、嬉しそうにしている。
「その人は、もういない」
「知っているのですか?あの人を」
「ああ、その人の名前は壱。だがその人はもう、いないんだ」
「...っ!そうですか...残念な話です。あの人は、まだ人間が嫌いだと言っていましたか?」
「いいや、美しく、素晴らしいと」
「っ!そうですか...良かったです。あの人は...私たちを...そう言ってくれましたか...」
天皇は静かに泣いた。とても嬉しそうに涙をこぼした。
「壱様は殺された。殺した相手に復讐するために、皇居にある八尺瓊勾玉が必要なんだ。頼む」
圭二は、天皇に頭を下げた。
天皇はそんな圭二を見て微笑みながら、
「他でもない壱さんの知り合いの頼みです。その頼み、受けさせてもらいます」
「いいのか?」
「あの人には一つ恩があります。ここであなたを介してあの人に恩を返しましょう」
「...恩に着る」
圭二は天皇を皇居に戻した。
中は急に天皇がいなくなった事で騒がしくなっていた。
「とりあえず静かにさせてきます。それまでは入らないでくださいね」
そう言って入って行き、しばらくして中は静かになった。
手招きされて、二人は窓から入る。
「こちらです、どうぞ」
先導されて、ついに剣璽の間に着いた。
だが、天皇は一向に仲に入ろうとしない。
「どうした?入らないのか?」
「いいえ、入ってはいけないのです。私でも入れない場所なのです。剣璽の間というところは」
「なるほど、盗人の俺たちなら強引に入れるってことか」
「鍵も開けられません。どうするんですか?」
「紅、いけるか?」
「うん」
紅は扉の前に立ち、結界を張った。
人一人通れるサイズの結界を張った後、急にそこだけ扉が無くなり、中が見えた。
その光景を見た天皇は目を丸く見開いて驚いていた。
「さんきゅ」
「なるべく急いで、空間転移は体力使う...」
圭二はさっさと八尺瓊勾玉を持って剣璽の間を出た。
紅は若干の息切れをしていたので介抱しながら、船に戻る。
その途中まで天皇は見送ってくれた。
「それを持って何をするつもりなのか知りませんが、壊さないでくださいね?」
「善処する」
お互い微笑み、天皇が最後に圭二の名前を聞いて来た。
「最後に、君の名前を聞いておきたいです」
「一 圭二」
圭二の名前を聞いて、天皇は驚いた後に微笑む。
「そうですか、やはり、ケイジくんは君でしたか...」
「迷惑をかけた」
「いいえ、お元気で」
「ああ」
圭二は天皇に別れを告げ、紅を担いで船に乗り込んだ。
船は、武甕槌の待つ鹿島神宮へと進みだした。




