三
一大社の本殿の中で、圭二は正座をしていた。目の前には壱がいる。
「圭二、では始めるぞ」
「はい」
そう言って圭二のすぐ目の前に来て、圭二に後ろに向いてもらう。
そして背中だけ出る様に服を脱いでもらう。
「そなたは妾のものになるのが嫌か?」
「いえ、この身、全て壱様に捧げましょう」
「よい心掛けだ。だが、この儀式はそなたを限りなく妾達と近い存在にする為の儀式だ。確かに妾のものにする為の儀式でもある。この二つ、ちゃんと分かっておるな?」
「はい、どうぞ、お好きな時に」
「うむ」
壱が何かを唱え出した。何語なのか分からないが、おそらく人間の言葉ではないのだろう。
すると、壱の手が光り出しその手で圭二の背中に、文字の様な、暗号の様なものを書き出した。
背中がくすぐったいが、我慢。
やっと背中から指が離れ詠唱が終わった。
と、思ったらチュッと背中に柔らかい感覚があった。
驚いて、バッと後ろを振り向くと、何だ?と言いたげな顔をして壱がこちらを見ている。
「い、今...」
「儀式だ、そなたは妾のものだというな。何だ...嫌だったか...」
少ししょんぼりとしている壱。
申し訳ない気持ちになり即座に訂正する。
「そ、そんなことはありません!少々驚いただけです!」
「そうか!良かったぁ、嫌われてしまったのかと...」
パァッと顔を明るくさせて、綺麗な顔なのに可愛いやら眩しいやら色んな感情でパニックになってしまう。
「とりあえず、儀式はこれで終わりだ」
「別段何かが変わった様な気はしませんね...、強いていうなら体が軽くなった様な気がします...」
「そうだな、神は全てが完全で完璧でなくてはならない。病気もなければ、怪我もない」
「へぇ...便利ですね」
少し立ってみて、前宙をしてみた。
難なく出来た。どんどん体操の技をやってみると、粗方出来たし、出来なかったものはやり方を教えてくれれば出来そうだった。
「すごい、いつもこんな状態なのか...壱様達って...」
「そなたには出来ぬが、妾は空も飛べるぞ。今度飛んでみせよう」
「是非見せていただきたいですね」
「あとは、そなたに出来ないことは、超能力的な力の使いこなし、化けること、人の願いを叶えること、くらいか...」
「何でも出来ますね、壱様は」
「ああ妾は神ぞ?」
空想でも、友達とのふざけ話じゃない。本物の神様。もしかして、簡単に地球を壊せるんじゃ...と怖い想像をしてしまう。
「あ、そうだ。壱様」
「何だ?圭二」
「僕の元の家と本殿、自由に行き来しても良いですか?最初は両親と離れ離れになるかと思ってたんですけど、そうでもないみたいなんで...」
「ああ、構わんぞ?だが呼んだらすぐに来い」
「分かりました。ありがとうございます」
一旦家に戻り、両親と顔を合わせる。
と言っても、昨日も会っていたのだが。
「お母さん、お父さん、ただいま」
「おかえり、圭二」
「おぉ圭二、帰ってたか」
二人はいつもの様に挨拶を返してくれた。
圧力をかけられていたお父さんの体調も何事もない様で、一安心した圭二。
「で、どうだ?壱様とは...」
「ああ、さっき契約をして来たよ」
「そうか、滞りなくやっている様だな」
「うん」
「でも、大丈夫なの?神様の御付きなんて...」
「大丈夫だよ。大して変わったことをするわけでもないし。それに俺と壱様はずっと一緒にいたから」
「ずっと?」
「うん、ずっとね」
夢のことは言わない。
圭二はなんとなく言いたくなかったからだ。二人だけの秘密というのも、神様相手だと重みが違ってくるのかもしれない。
本殿に戻ると、床に壱が倒れていた。
一瞬で血の気が引いて、すぐに声をかける。
「壱様!壱様ぁ!」
「んぅ...?圭二か?どうした?何をそんなに焦っている?」
「あ...いや...えと、何ともないんですか...?」
「何ともないぞ?」
「じゃあなぜ床に倒れられていたんですか!?」
「お腹が空いたのだ。ずっと寝ていてここ十数年は飯を食べておらん」
「じゅうす...!?今すぐうちに来てください。ご飯食べて行って下さい」
「むむ、では行くか」
本殿から家までは近く、歩いて行く。
家に着き、
「ただいまー」
「邪魔するぞ」
リビングに入って行く。
ご飯を作っていた圭二の母が、キッチンでちょうどご飯を作っていた。
「お母さんただいま」
「おかえ...わあ!い、壱様!?」
「邪魔するぞ」
圭二の母は壱が来たことがよほど驚いたのか、後ずさりしていた。
圭二は事情を説明してご飯にありつける様にする。
「え、全然食べてくれて構わないけど、お口に合うかしら?」
「空腹だから、不味かろうと美味いと言って食えるぞ、小娘」
「あ...そうですか...」
とりあえず一人分余計にご飯を作る圭二母であった。
圭二は少し人気の無いところに壱を連れて行き、内緒話をする様に声を小さく話しかけた。
「あの、壱様。うちの母と父を、小娘とか小僧とか呼ぶのは、やめていただきたいのです」
「何故だ?あやつらは実質妾にとって小童ぞ?」
「小童だとしても、そう言われ続けるのは、やっぱり嫌なんだと思います」
「うぅむ...まぁ圭二が言うのなら従おう。あやつらの名前は何というのだ?」
「母が、華子。父が、雄二。です」
「華子、雄二、華子、雄二。覚えた」
「ありがとうございます」
ぺこっと頭を下げて、お礼をする。
次は父の書斎、というか部屋に向かう。一応報告しておかなければという圭二の考えだ。
コンコンとドアをノックして返事を待つ。
「おー入って良いぞ〜」
「お父さん、壱様がご飯を食べたいと」
「雄二、邪魔するぞ」
「い、壱様!これはこれは、こんな狭い部屋に来ていただき誠に恐縮でございます」
「楽せよ、そなたの部屋であろう?」
「いえ、そういうわけには...」
まるで王様の様な扱いだが、王様なんて比べ物にならないくらい偉いのだ。何故なら神だから。
「ほぉ、書物がたくさんあるな」
「は、はい、気になるものがあれば、お手に取っていただいて構いません」
「ほぉほぉ...、む?何だこれは」
そう言って本を本棚から漁っていく壱。
いつの間にか横にいた雄二(圭二父、以降雄二呼び)。
「壱様を無理やりお連れしたのか?」
「まさか、ご飯を食べましょうって言ったらついて来てくれた」
「大丈夫なのか?神様のお食事なんて聞いたこと...」
「でもすごいお腹空いてるみたいだし...」
「お口に合えばいいのだが」
本を読んでいた壱が話しかけて来た。
「おい、この日露戦争とやらはいつごろ始まったものじゃ?」
「1904年の2月8日とされていますが...」
「おぉ!やはり!あの時期は無駄に参拝客が多かった上、騒がしかったからな。そうかそうかそうであったか、戦時中だったか!」
「壱様は、見ていたのですか?日露戦争や他の歴史も」
「ああ、日本はすごいぞ。たった数十年でとても生きやすい国になった。1250年前はこんな国になるとは思っていなかった」
「1250年前!?一体いくつなん...」
「馬鹿っ!圭二!壱様は女性なんだぞ!年齢の話などするな!」
「ああ、大丈夫だ。気を使うで無い」
そう言いながら、壱は本を棚に戻した。
するとちょうどご飯が出来たのか、華子(圭二母以下略)が呼んでいた。
壱は一家のご飯を美味い美味いと言ってばくばく食べて、食べ終わってしばらくしてから本殿に戻って寝てしまった。
案外、普通なんだと感じた圭二であった。




