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気が付くと、太陽に照らされていた。瞼を開けた途端、強い日差しに目を細める。
今は夏なのか……?でも風は冷たい。なんだか心地良くなってきた……。
「二度寝するんじゃないわよ」
声に腹パンされた。咳込みながらまた目を開けると、太陽をバックに女の顔が映り込んだ。
後光が差してるみたいだ………こいつは女神か……?赤毛の女神………。
「――――ってミラさん?!!」
「えっ今気付くわけ?」
ガバリと起き上がった。ミラもそれに合わせて顔を引っ込める。
赤いポニーテールに黄色い目………たしかにミラだった。
あんなに起こしても起きなかったミラ。大量の睡眠薬飲まされて生死が不明だったミラ。
俺はミラの肩を掴んだ。
「ミラさん大丈夫なのか?!薬は?!」
「へっ?大丈夫よ?ていうかアンタこそ大丈夫なわけ?」
「俺?」
「すぐに解毒薬を飲ませたので大丈夫です」
ミラでもなく俺でもない第三者の声。振り向くと、茶髪の青年が立っていた。背中にはデカい剣をぶら下げている。
………誰だ?
「コイツがアンタを助けてくれたのよ」
「えっ」
「初めまして。僕は李龍明と申します」
ペコリと丁寧にお辞儀した青年『李龍明』。つられて俺もお辞儀する。
助けてくれた……?たしか俺、弓士の女子と戦ってて……で………。
あ、思い出した。殺されそうになったんだ。毒矢で。
その時に助けてくれたのか……。でもじゃあ………もうあの女子は………。
「悪い、助けてもらった時のこと全然思い出せなくて……」
「いえ。貴方も意識を失っていらしたので」
「実は私もさっき起きたのよねー」
パクリとサンドイッチをかじりながら横を通り抜けるミラ。
ミラって見る度になんか食ってる気がする。実は大食いなのかもしれない。
「ミラさん、あんた睡眠薬飲まされてたんだぞ」
「そーなの?」
「そーなのって……」
「まあまあ……。食べますか?サンドイッチ」
「あー………じゃあもらう」
龍明に勧められ、市販品のサンドイッチを受け取る。これもやっぱり、どっかの店から取ってきたのだろうか。そう思うと、少し食べ辛い。食べるけど。
「じゃあ食べ終わったら行くわよ」
「なるべく昼間のうちに稼いでおきたいですね」
「そうね。夜はちゃんと寝たいし」
サンドイッチをくわえながら辺りを見回す。あのパン屋の近くではないことだけは分かった。ここはどこなんだろうか。
どんな建物よりも高くそびえ立つ、学校。そこが俺達の目指す場所。
例え道に迷っても途方に暮れることはないが、その目的は不明だ。
そこには何があるんだろう。ベタに金銀財宝?それともかわいい彼女?
………どちらの可能性もほぼ無いだろうな。
「ほらっ!早く食べる!」
「ゴフッ!!!」
突然頭を叩かれ、サンドイッチが変なところに飲み込まれる。咳き込んだ。
やばい鼻にいった。鼻から出る。タマゴサンドが鼻から出る。
「ミラさん!ダメですよ食べてる時に!」
「アンタがもたもた食べてるからよ!」
何とか鼻からは出ずに済んだ。
よくやった俺。すげぇ鼻痛いけど。
ミラは悪びれる様子も無く、腕を組んで顔を背けた。
あいつ……少しは反省しろ……!
龍明が俺の背中をさすり始めた。気持ちは嬉しいが、全く意味が無い。
「水をくれ……」
「えっあっはいっ!どうぞ!」
俺は龍明からペットボトルを受け取ると、勢いよく水を口に流し込んだ。
☆
「そういえば二人はアレ、見たか?」
俺の問いかけに、ミラと龍明は振り向いた。だが歩みは止めない。
俺達は道路のど真ん中を堂々と歩いている。無人のこの街にそもそも、道路を整備する意味はあったのだろうか。それとも俺達ゲームの参加者の為に、つくったのだろうか。
ミラは大袈裟に首を傾げた。
「アレって何よ?」
「公園の木にぶら下がってた………首吊りだよ」
「首吊り……?」
ミラは目を見開き、龍明は顔をしかめた。その反応からすると、二人は見ていないらしい。
今になって何故そんなことを聞くのかというと、ただ思い出したから、と言うしかなかった。
だってあんなもの普通無いだろ?
………まぁ、今の状況も大分普通じゃないんだがな。
「私は見てないわね」
「僕もです」
「そうか………てっきりみんなあそこで目を覚ましたのかと思ってたが……」
「僕も公園で目を覚ましましたよ?」
「えっ?」
「私もよ」
「えっ??」
二人共同じく公園で目を覚ましたのに見ていない……。
ということは、あいつは二人がここに来たよりも後に首を吊ったということか。
よりにもよって何であそこで………。
「ていうかアンタ、そんなんでビビっててどうするのよ」
「だだって人が死んでたんだぞ?!目覚めたら目の前に……」
「ッ?!!」
突然、龍明に頭を掴まれ地面に押された。俺は思いっきりコンクリートに頭をぶつける。
直後に俺と共に倒れ込んだ龍明の背後を、何かが勢い良く風を切って通り過ぎた。
一瞬遅れて、飛んでいった先を見てみる。デカい槍が、ビルの壁に突き刺さっていた。
……刃ってコンクリートに刺さるっけ。
「外れてしまいましたね」
「相当な強者と見た」
男女の声。突き刺さった槍の隣に、一人の女子が降り立った。緑色の髪がなびく。優しそうな黒い瞳は、俺達を見据えた。
「ですが、まあ想定内ですね」
「ああ」
目線の先には女子しかいない。しかし声は二つ存在する。
振り向くと、青い髪の男が立っていた。男はくわえていたタバコを指で挟み、煙を吐き出した。男は吸い殻を地へ落とし、足で踏みつける。
「挟まれたわね……」
「ええ……まずいですね」
ミラと龍明が背中を合わせあって、戦闘態勢に入る。
俺だけ場違いだ。どうすればいいのか分からず、とりあえず双剣を取り出す。
また戦うのか……。もしかしてこの武器は、こうなることを予測して支給されたのだろうか。
だけど、戦って何の利益があるのかが分からない。報酬をがっぽり貰うためか?
そういえば、最初に会ったあの少年は、最後に何か言いかけて去っていったな……。
「では――――始めましょうか」
雲一つない空の下、静かに戦いは幕を開けた。