過去
ただ、ひたすらに 悲しかった。
私は、人に愛される才能がない。
当時、クラスのお調子者で通っていたわたしは、泣き言を言うことも出来ずに、心にそっと闇を落とした。
受験は佳境に入り、そのストレスと 失恋の悲しさで私は、食べたものを吐いてはまた食べるを繰り返した。
夜になると、布団のなかで狂ったように泣きじゃくった。
ついに耐えられなくなった私は、自分の左手首に 赤い傷を残した。
冬のセーラー服に隠れた細い左手首の叫びは、誰に聞かれることもないまま、春を迎える。
彼は、一度も私に弁解をしようともしなかった。
まだそんなに好きじゃなかったから大丈夫。そう思っても彼の姿を探す私に、私自身がうんざりしていた。
「歌音ちゃん」
卒業式の後、部活に顔を出して、みんなで校門をくぐったとき、後ろから声がした。
振り返ると、にこやかな彼の姿。
「あ、歌音…うちら先行っとくから、いつものファミレス来てね」
一緒にいた子達が気を利かせてか、その場から立ち去った。
「よかった……もう帰ったのかと思った」
「……なに?」
「そんな怖い顔、しないでよ」
困ったように眉尻を下げて、笑う彼。
どうして、今更 笑ったりするの。
「わたし……今日、卒業したんだよ」
「うん」
「わたし……もうこの学校の生徒じゃないんだよ」
「うん」
「わたし、もう毎日ここに自転車を漕いで来たりしないよ」
「うん」
春風と呼ぶには早すぎる冷たい空気が私たちの間をすり抜ける。
鼻の奥がツンとして、視界がぼやけた。
「わたし、もうあんたと一緒に帰ることもないんだよ」
「うん」
「どうして……っ……遅いよ……っ」
「……うん」
見つめていた自分の革靴にポトリと雫が落ちる。
顔を上げると、彼が俯いて 拳を震わせていた。
「ごめん、歌音ちゃん。本当にごめん。」
謝らないで、惨めになる。
謝ってしまったら、あの裏切りが本当になってしまう。
「言いたいことは、それだけ?」
「……。」
こんなときになってまで、期待してしまう自分の愚かさが嫌になる。
遠くでチャイムが鳴った。
「幸せになってほしい、歌音ちゃんには。それが言いたくて。」
わたしの中の、繋いでいた何かがプツリと切れたような気がした。
「あんたが……あんたが幸せにする覚悟であのとき私のこと好きだって!そう言ったんじゃないの!?あんたにっ……あんただけには私の幸せを祈る権利ないよ!!!!」
そこで、私の高校の恋愛は、ガラガラと音を立てて幕を閉じた。