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ある罪人の告白  作者: 山和平
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死者蘇生譚

死者蘇生の短編集を見て何となく書いてみた死者蘇生話。

なお、直接描写はないものの近親相姦をネタにしているので、好まない方はご遠慮ください。


 軽自動車が停まったのは、千葉県海底郡にある終末期医療を目的とした施設だった。

 そこはすでに治療の見込みのない患者が一日一日を可能な限り快適に過ごし、安らかな気持ちで最後を迎えられるように設計運用されている場所だ。

 ここでは外科内科の専門医はもちろん、十分な看護、介護も手配されている。

 破格の設備に広大な敷地。

 常識的なレベルを越えているのも当然。なぜならここは製薬グループ大手の飯綱製薬を筆頭に、日本の医療メーカーが参加する実験的プロジェクトだった。

 もちろん、地元夜刀浦の飯綱大学も全面協力している。

 唯一の問題点はコストだろう。それこそ、もう一回分の公務員平均生涯年収を支払えるくらいの予算が必要だ。残念ながら全く収入要素の無い介護部門では元を取る事はできないのだから。

 車を降りたのは、三十手前くらいの体格のいい男と、美少女だった。

 その中に用意されている部屋の一つに、二人は向かった。

 一人は百九十を越えるがっちりとした体格を窮屈そうにスーツで包んだ男。

 訪れる場所が場所なので可能な限りTPOを心掛けたのだろうが、その肉体が纏う危うさは隠せない。

 抜き身の刀を見れば切れ味を想像して身震いするように。

 大口径の拳銃を見てその威力に恐怖するように。

 男には人を威圧する危険な香りがあった。

 もう一人は、隣の男と全くそぐわない、有名お嬢様学校の制服を着た美少女だった。

 あるいは、何処かのお嬢様とそのボディガードなのでは、と言う印象を従業員に与えそうだ。

 なるほど。ここに入所している人物は十分過ぎるほどの資産家ばかり。この二人の組み合わせはそう言うイメージを喚起させる。

 二人は訪れた部屋に到着の旨を伝えた。

「どちらさまでしょうか?」

 部屋の中に居た若い女性が二人を出迎える。年齢は二十くらいだろうか。落ち着いた色合いの、清潔なワンピースで上からエプロンを着けている。

「旧図書館の紹介で来た者です」

「ああ、承っております。旦那様のお客様ですね。どうぞお入りください。うふふ、今朝からずっと待っているんですよ」

 女性に案内され、ベッドに横たわった老人の隣に向かう。

 もはやベッドから出るどころか、上体を起こす事も難しいのだろう。

 繋がれた計器やチューブの多さが、老人の身体の厳しさも物語っていた。

 可動式のベッドを動かして軽く上体を起こし、老人は二人を見た。

「ああ、よく来てくれた。座って楽にしてくれ。お客様にお茶を出したら、おまえは席を外していてくれ」

「ええ、分かりました。旦那様」

 二人は示されたように部屋の中の応接室のようなソファに腰かけ、女性はお茶を出した後部屋を出て行った。

「……孫かい。随分と献身的だ」

「失礼だが、君の身許ははっきりできるかね?」

 老人は視線を外に向けて訊ねた。

「ああ、俺は峠鏡路とうげ きょうじ。夜刀浦で探偵事務所を開いている。と言ってもやってるのは主に旧図書館の司書ちゃんからの無茶ぶりでね。今回もそう言う関係性だ」

「……そちらの少女は?」

「うちの探偵事務所で預かっている訳ありだ。あんたの依頼の件と似たような経験をしている、と言っておこうか」

「……そうか。ああ、私だけではないのだな。……終末期医療と言う物は、まあ厄介極まりないものでな。知っているかな?」

「モルヒネをどんどん濃くしていくって話くらいはな。……どこの戦場だよ全く」

 終末期医療では鎮痛剤としてモルヒネが使用されるが、それは詰まる所同時に麻薬中毒へとなっていく事でもある。

 廃人になるのが早いか、死神が来るのが早いか、と言うところだ。

 激しい戦場では、治療不可能になった兵士に、高濃度のモルヒネが投与される事がある。

 死の恐怖を忘れ、麻薬がもたらす快楽の中で死んで行けるからだ。

 或いは、残虐な敵の拷問にかかって死ぬ事を回避する事も可能だ。

「ここではもう少しマシな処置があるので、私はまだ頭が理性を残しておる……いや、この事実を抱えたまま死ねないと意地を張っておるのかもしれん」

「そいつを聞き取り、旧図書館に伝えるってのが依頼と言う事で構わないか?」

 老人は二人に顔を向け、ゆっくりと首を縦に振る。

「そうだ」

「懺悔は神父か牧師に牧師にするもんだと思うがな」

「天の神とやらに私が語る事実がどうこうできるのなら、この歳まで悩みはせんかった」

 老人はそう毒づくと、再び顔を外に向けた。

「あれは、そう。昭和四十年代の初頭。ある夜に、私は群馬県の国道を車で走っていた」



 私は群馬の国道を買ったばかりの車で走っていた。

 今と違ってライトも不安だったが、それでもかなりのスピードを出していた。

 満足なエアコンなど無い時代だが、冷や汗はシャツがべっとりと感じるほど出ていた。

 警察に見つからないかと思っていたが、人家の見えない場所に来るとその恐れも薄れ、ひたすらに教えられた場所へ向かった。

 私が向かっていたのは、ある場所で開業している診療所だった。

 群馬の山中。しかも周囲に患者が居そうにも見えない場所に、その診療所はあったのだ。

 『西診療所』と言う古ぼけた看板がかかっていた。

 ようやく到着した私は、ドアを何度も叩いた。

 ほどなく、ドアは開けられ、中から眼鏡をかけた若い女医が出て来た。

「……診察時間はとっくに終わってるし、わざわざこんな所に急患を連れて来たとも思えないな。一体何の御用で?」

「女性を一人、見て貰いたいんだ。すぐに」

「へえ、まあどこかでうちの話でも聞いたか。格安の診療所があるとかなんとか。まあ、折角来たのに追い返すわけにもいかない。見ようか。早く中に入れて」

「あ、ああ」

 私は後部座席に寝かせていた彼女を何とか運び出し、苦労しながら診療所に運び入れた。

 それを一目見た女医は、診断する事も無く彼女の状態を看破する。

「……やれやれ。いちいち調べなくても分かる。そいつは死人・・じゃないか」

 そう。彼女は死んでいた。

 そんな事は始めから分かっていた。

 私は彼女の亡骸を抱えてここに来たのだから。

「見た感じ、死んでから半日。死因は……ふん、服毒か。内臓を傷つける類ではないな。車で運んでいたからか、時間はちょいとずれると思うけど、まあ間違いないだろう。で、この死体をどうしたいと言うんだい?」

「生き返らせてくれ」

「……ほう」

「こ、ここでなら生き返らせれると聞いたんだ! 頼む、彼女を生き返らせてくれ! ……愛している女性なんだ!」

 私の声は震えていた。

 何と言う非常識かと笑われるかもしれないが、私は必死だった。

「……誰に聞いたんだか。死んだ人間は生き返らない、こんな当たり前の事を知らずここに来た、と言うわけでもないだろうしね。良いだろう、私に断る理由は無い。とは言え、簡単ではないよ。まだ完成した技術ではないからね」

 私の訴えも非常識なら、彼女の答えも非常識だった。

 人を生き返らせる技術。

 私にここを紹介した人物は、それが存在すると言っていた。

 だからこそ、私は藁にも縋る想いでここに来たのだ。

「一応、秘密厳守と言う事を約束して欲しいね。この技術を表にするには時期尚早だからね」

 女医に指示されて彼女の亡骸から服を脱がそうとしたがうまくいかない。

「死後硬直のせいだな。まああと数時間もすれば解けるんだがそれではさすがに手遅れだ。服は切り刻もう。私ので良ければ、羽織るくらいの物はあげるからね」

 女医はそう言うと、鋏で服を切り刻んで彼女を裸にしてしまった。

 亡骸となり冷たくなっても尚、その姿は綺麗だった。

「おっと、君にも協力して貰うよ。そっちの機械に座ってくれ」

 女医が示したのは、部屋の片隅に置かれた、どうにも悍ましい印象を拭えない代物だった。

 確かに機械と言えば機械なのだが、どこか生物的な曲線を描き、金属であるのにまるでそれが生きているかのような錯覚を覚えた。

「特製の輸血用採血機だ。と言っても必要なのはせいぜい100ccだから。ああ、注射針はちゃんと新しい清潔な物を使うから病気にはならない。安心してくれ」

 輸血自体はすでに確立されている技術だし、一般にも知られていた。

 昭和三十年代後半には献血制度が始まっていたからだ。

 しかし、普通なら女医が言う量では全く足りない。

 その間に女医は彼女の亡骸をどこかに運んでしまった。

 十分以上待っていると、女医は戻って来た。

「今、蘇生液の浴槽に漬け込んでいる。しばらくかかるから、そっちで休んでいるといい」

 そう言うと女医は私の血液を入れた試験管を持って、また診療所の奥に行ってしまった。

 言われた通り、私は待合用の椅子に腰かけた。

 診療所の中は、奇妙なデザインの採血機を除けば、これと言って特筆するような物は無かった。

 程なくして、女医は戻って来た。

「あんたは運が良い。成功率が上がった。やれやれだよ。しかし幾つか言っておきたい事がある」

「……なんでしょうか?」

「一つ目。人間の意識と言う物は脳が司る、これはわかるだろう?」

「ええ、まあ」

 魂などの見えない物を選択肢から外すのならそうなるだろう。

「しかし彼女は死亡してから半日以上経過し、脳に問題が出ている可能性が極めて高い。普段の生活に支障はと思うが、確実に記憶障害は出る。正直、あんたの事を覚えているかすら疑問だ」

「……いえ。それならそれで」

「生憎、愛で障害を乗り越えられるかは専門外でね。保証はしかねると言う話だよ。もう一つが蘇生液の副作用についてだ。なにぶんまだ研究中の代物で、どんな副作用が出るかは長期間見てみないと分からないんだ」

「……それは、仕方ないと」

 むしろ、良い事かもしれない。一度死んだ記憶など、無い方が良い。

 どんな事になっても私は彼女を支えていく覚悟だった。

 ずっと以前から私はそうしてきたのだから。

「最後に一つ。残念ながら子供に関しては諦めて欲しい。蘇生液の欠点でね。性交は可能だし、愛情を確認する手段としては問題無いが、子供に関しては諦める事になる」

「……はい。残念ですが」

 とにかく、私は彼女が生き返れば、その時は問題無いと思っていた。

「それでは最後に報酬の件だが、一応成功するしないに関わらず、お金は必要無い」

「え?」

 私は仕事で一山当てており、比較的金銭には余裕があった。持って来たカバンの中には、医療報酬としては破格の、かなりの札束が詰められていた。

「私にとっては貴重な人体実験の機会だった。こんな研究はなかなか進まないからね。特に最近は」

 その言葉に、微かに悍ましさを感じた。

「失礼ですが、そんな技術は一体どこから出て来たんですか。しかも東京の有名な大学や医学研究所でもなく、こんな群馬の山奥に」

「さっきも言ったが、秘密厳守と言う事を守れるなら、世間話程度の事を話そうか。彼女が目を覚ますにはまだ時間があるからね。ここは診療所だ。うろうろされても困る」

「ええ、守ります」

「結構。私の家では戦前にドイツなどと技術交流をして、人体蘇生術を研究していたんだ。当時のドイツの医学力は世界一と言っても過言じゃない。今なお、その技術はアメリカもソ連も追いついていない筈だよ。その技術がそれなりに確立したところで、終戦になった。すると、忌々しい事だが戦中にやっていた幾つかの事が戦犯に引っかかってね。こうして人の目を離れた場所で研究を続けていたと言う事さ。ああ、君も今夜の事は特別だ。絶対に他言無用で頼むよ」

 それから待つ事、おそらく二時間以上だった。

 女医は時計を確認してまた奥へ入ってしまった。

 だが、今度は一人では戻ってこなかった。

 隣には、簡素なコートを羽織った彼女が居た。

 支えられているとはいえ、彼女は自分の脚で歩いて来たのだ。

「お、おお、おお!」

 私は奇跡を見た。

 この時は医学がこれほど進歩していると言う事に感動すら覚えたのだ。

 ……この時は。

 

 その後、私は彼女を連れて新しい生活を始めた。

 事業も順調で、資産的な問題は無かった。

 女医が言った通り彼女は蘇生前の記憶を無くしていたが、私たちは愛し合い、睦まじく月日を重ねた。

 やはり言われた通り、子供は授からなかった。

 いや、それ以上に問題があった。

 私が老いる一方で、彼女は蘇生した時と同じ若々しい姿のままだったのだ。

 しかし彼女はその事を悩む事無く、私の側で世話を焼き続けている。

 そう。

 先ほどまでここに居た彼女が、そうなのだ。

 診療所は姿を消し、あの女医と出会う事は二度と無かった。

 ……今なら理解できる。

 あの女医の行った事は、医学でも無ければ奇跡でも無く、人智を超えた悪魔の仕業だったのだと。



 気力が尽きた、と言う事だろうか。

 話し終えた直後だった。老人は突然胸を押さえた。

 峠はすぐにナースコールを押したが、医者が駆けつける前に、繋がれていた心電図はあっさりと横線になった。

 医師は「この老人は何時こうなってもおかしくない状態だった。貴方たちのせいではない」と言った。

「……彼女が来ないな。所長」

「来ない、じゃなくて来れない、だと思うがな」

 二人は部屋を離れて、外に出た。

 景色を確保する庭先で、あの女性を発見する。

「……さすがに伴侶の死を悼むのか」

「さて、どうだかな」

 二人が近寄ると、女性は微笑みを向けたまま。

 身体があっさりと崩れてしまった。

 残っていたのは彼女が身に付けていた衣服のみ。

「伴侶が逝った事に、悲しみも憎しみも、そもそも感情も無い……か」

「まるで人形だな」

「……どうすんだこれ。さすがに遺留品にすると不味すぎるだろ」

「これもアフターケアじゃないのか、所長」

「……仕方ねえな」


 二人は車に戻り、報告する為に飯綱大学に向かった。

 彼らをこの件に関わらせた人物は、大学敷地内にある旧図書館に常駐する司書である。

「……そう」

 赤系と青系のオッドアイを持つ欧米系。大体二十代の外見で、顔にうっすらとΛのような傷が入っているが、美女と呼んで差し支えないだろう。

「できれば事情を説明して欲しいんだがな」

「昭和四十年頃に、新婚ホヤホヤの夫婦の家で、夫が毒殺され、婦人が行方不明になると言う事件が発生したの。毒はジュースに仕込まれていた。ただ、夫婦二人が呑んだ事が間違いなく、しかし婦人の死体は発見できなかったと言う事よ。未解決事件で、とっくに時効を迎えているんだけど」

「……ん? 夫は死んだのか?」

「ええ。ところで、婦人は結婚を反対されていたそうよ。特に実業家のお兄さんに。この人は結婚式はもちろんお葬式にも出てこなかったらしいわね。それがまさか、二十一世紀になって連絡が来るとは、思いもしなかったわ」

 思わず峠は隣りに居た少女と顔を見合わせた。

「ちなみに、この蘇生の技術は科学と魔術のハイブリッドでね。成功させるには血縁近親者の血液が必要なのよ。本人の血ではなくあくまでも親兄弟が必要なの。不老だった彼女が滅びたのは、術式で繋がっていた兄が死んだからよ。もっとも、厳密には生き返ってなんかいない。単なる都合のいいお人形に過ぎなかった、それだけよ。使った蘇生液では魂まで戻せないでしょうからね」

 そう言うと、司書は帰っていいわよと仕草で示した。

「……二つ訊いて良いか?」

「一つ。蘇生を行った女医は行方不明。でも生きているらしいわ。人の身で死者蘇生を極めようとする、医者にして魔術師。すでに本人も不老だと言われている。二つ。彼を唆し、妹夫婦を殺害して妹だけ生き返らせようと吹き込んだ存在も不明。と言うか、心当たりがあり過ぎて絞れない。他に質問は?」

「ま、こんな事に関わって無事に生を全うできただけ良かったわな」

 異常に気が付いた晩年は恐怖に憑りつかれていたかもしれないが、それでも彼は人形となった女を愛し続けた。

「全くその通りよ。ある意味奇跡だわ。喰い殺されてもおかしくないんだから。死者蘇生なんて神々の領域よ。その過程がどうであろうと、それはもう人間ではないわ」

「おお、こわいこわい」


  


死者蘇生=ハーバート・ウェストを回避したい気もしている。

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